ディレクターズカット

ディレクターズカット

閲覧注意の本編未満

 さて、後片付けの時間です。

 ステージを解体して運んで積んで撤収作業している中、ヒョーカちゃんはずっと苦しんでいました。

 五月蝿い。ずっとずっと五月蝿い。ヒョーカちゃんの頭の中で喧しいのです。さっき殺さなかった不完全燃焼も身を焦がします。

(殺シタイ)

 思います、思います。あの人はなんなのでしょうか。ヒョーカちゃんはホントのホントに善意でやったのに、なんででしょうか。なんであんな事を言うのでしょうか。

(殺シタイ、貫キタイ、刺シテ穿ッテ開イテシマイタイ。何ガ何ダカ分カラナイ程切リ裂キタイ)

「……そーでした、ヒョーカちゃんは言いました。「後で殺してやる」と。口の端に上らせた言葉を引っ込めるのは良く無い事です、嘘吐きです」

 ヒョーカは大義名分が見つかったと思った、本人の中では。

「すいません、ちょっと出かけてくるのです」

 近くに置いてあったガジェットをいくつか服の中に忍ばせ、後片付け現場を出ていくヒョーカ。

「………またか」「だね」

 それを見送る2人は顔を見合わせ、これから1人欠けた状態で足場の解体等しなければならないと理解し、溜息を吐いた。



 走ります、走って走って血眼になって探します。ええ、ええ、ええ。あの人が去っていく時に念の為GPSを付けておいて良かったです。さもなければ遊園地の人混みから探し出すことなんてできません。

「……いた」

 間違いありません。顔、髪型、服装間違いなし。隣で手を繋ぐ女の子も確かに間違いありません。

 どうやら深夜までは残らないらしく、入退場ゲートの方へと歩いています。

「…っと、そうでした。変装しなきゃですね」

 近くの店で売っていたキャラクターのお面を購入して装着。別に欲しかったわけでは……いえ、欲しかったので買ったのです。一石二鳥です、ぶい。

 入退場ゲートを超えて駅へ、ある程度はGPSがあるとは言え付かず離れずをキープしたいものです。

 ホームで電車を待ち、向こうが乗った隣の車両に入ります。

 GPSを見ながら駅ごとに降りるか気をつけ……一時間後、私は見知らぬ駅で降りました。

 どうも2人とも気を抜いています。間違いなくここが地元なのでしょう。つけ込みましょう。

 地図アプリを起動して近くの地形と道を頭に叩き込みます。住宅街、路地、大通り、ついでに見回して監視カメラの位置を確認。これで準備オッケーです。

 向こうが向かう方向から見て、少し行けば寂しい通りになります。と言うわけで、監視カメラの死角で私はあれを取り出します。

「[ジャイアンリサイタル]」

 右ポケットから飛び出した小さな球体。それの内側から音波が迸り………ぱりん、とあちこちで音が鳴りました。

 監視カメラのレンズが共鳴により破壊された音…だそうです。詳しい原理はヒョーカちゃんもよく知らないのですが。

 周囲の監視カメラが無力化されたと言えど、人目はあります。

「[タケコプター]」

 次に取り出したるはグラップリングフック。これを近くの街灯に引っ掛けて登り、相手を上から監視します。

「………今だ」

 はしゃぐ女の子が少しだけ先走り、クソ野郎から離れました。その瞬間私は街灯から飛び、まずあのクソ野郎の首元にナイフを突き立て「アぇグ」動かなくなったところを近くの路地に引きずり込み、お仕事完了です。

「…でね!…………お母さん?ねえお母さん、どこ?」

 どうやらバレなかったようです。いぇーい。

「[音のない世界]」

 このガジェットは宙に浮かぶミラーボールのような物。これは近辺で発生した音に逆位相をぶつける……とにかくあらゆる音を一定範囲内にしか聞こえなくするガジェット。

 これで悲鳴を上げられても安心です。

 口をパクパクとさせていたクソ野郎にアビリティを使い治し、声を出せるようにします。

「……誰……」

「じゃあやりますか」

「何……」

「ずばーん」

 腕をまずは。

「いやぁぁああああッ!わ…私の腕……!腕…………が……!」

「ずばずばーん」

 足、腹、顔を少し。

「私、何か……」

「嫌なこと言ってきたからです。もっとすぱーんです」

「……………」

「ありゃ?おーい……あ、気絶してる。えいっアビリティ」

「や……やめて……お願い………いや…こんな………」

 刺すたびにビクンと震えるのも、悲鳴がどんどん弱くなるのも、気を失って体だけが悲鳴を上げるようになるのも、堪りません。悲鳴が消えそうになるたびアビリティを使い、少しずつ削って削って縮ませて、ずっとずっと切り裂きます。

 ビチャビチャするので身体中真っ赤です。うー、お気に入りの服なんて作るものではありません。帰ったらゴシゴシタイム確定です。

 まあ元が無地なので、帰るまではアバンギャルドなTシャツと誤魔化せるでしょう。多分。

 そうして切り裂いて切り裂いて最後に残ったのは、不揃いのパーツだけでした。

「……あぁ……スッキリした」

 だいぶ時間を使ってしまいました、楽しい時間はあっという間です。

 全部終わった後立ち上がり、伸びをしてから呟きます。さて、あとは後片付けですね。

 路地に広がったアカイロを掃除するべく、私は最後のガジェットを取り出します。

「[おそうじロボット]」

 小さなクリーナーが路地裏を走り回り、ヒョーカちゃんの頭髪からクソ野郎の汚いアレコレまで全部綺麗に吸い取ります。

 …さて、さっき四衣さんから新しく貰った携帯を取り出すと何件か着信が。

『片付け終わり、みんなで帰りにカラオケ寄ろう』

 亜六さんからでした。

「ば…しょ…決め……おねがい…し…ま…す……っと」

 そこで忘れていたことに気がつき、ヒョーカちゃんは#9110番をしました。

『はい、警察相談センターです。何かお困りごとでしょうか?』

「えっと、さっきどうも迷子らしい小さな子が一人で歩いてて……その、見捨てたと言うか放置しちゃったんですけど」

『成程、どのあたりで見かけましたか?』

「えーっと……〇〇の、なんか人気の少ない住宅街で……」

『でしたらちょうど近くに別件から帰りのヒーローがいますね。対応してもらいます』

 それは良かったとヒョーカちゃんは電話を切ります。その僅か十秒後でした。

 ヒョーカちゃんの脇をすり抜けるように、目にも止まらぬ速さで地面を凍らせながら一つの人影が路地を滑り抜けていきました。

 あっぶなー。そんな近くにプロヒーローだなんて、バレるところでした。さしものヒョーカちゃんも心臓バクバクです。

『こちらアヴェンジャー、付近に到着。件の児童を捜索開始』

「………?」

 暗くて顔はよく見えないし、遠くて雑音混じりだからよく分かりませんが、何故でしょうか。声に聞き覚えがあるような。

 なんだかとても懐かしいような。

「……まあいっか。知ってる人なら尚更逃げなきゃ」

 ヒョーカちゃんは駅へと足を向けました。




「それじゃあ次行きますっ!」

「いえーい」「頑張れよ」

 カラオケルームの中には三人が揃っていた。

 ヒョーカがマイクを握り、他の二人は気のない声援を送る。

「[人は見かけによらぬもの]……」

「次は僕と君どっちだっけ」

「お前のボクノートの後が俺のWe All Lift Togetherだ」

「[嘘を嘘だと見抜けない]…」

 三人でどこか気怠げに、されど心底楽しそうにカラオケルームの夜は更けていく。

「…あ、速報出てるな。『〇〇で行方不明者 ヴィランの犯行か?』」

「怖いねぇ。どくさいスイッチでも使ったのかな?」

 白々しい冗談が交わされる。

「と言うかヒョーカ、お前は殺しすぎだ。もう少し節度を持ってやれ。俺はバックレ野郎を殺しはしなかったぞ」

「いやです、なんで我慢しなきゃならないんですか。亜六さんみたいなベジタリアンと一緒にしないでください」

「僕としては生かして連れ帰って欲しいんだけどな………資源の損失だよ」

 ハルエイガ、彼らは一般人であり悪人である。

 人の命の大切さを知り、人の命が戻らない事を知り、それでもなお殺さずにはいられない。そんな人で無し達の組織である。

 代表、四衣銅鐸。罪状、人体実験多数。

 副代表、亜六得倉。罪状、拉致監禁及び監禁致死。

 そして職員、神谷氷菓。罪状、連続殺人。

 今日も今日とて互いが互いに、死んだほうがいいやつだと思いながら息をする。自分は比較的まともだと、そう思いながら互助関係を続ける。

 正しく生きられないから、せめて真っ直ぐ生きていく。

 それが彼らのたった一つの目標だった。

「それじゃあ行くよ![ボクノート]!」

「あ、ヒョーカちゃんドリンクバー取りに行ってきます」

「俺はトイレだ」

「…………行ってらっしゃい」

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