テロ,ライブ(3)
関東圏内の某所。
飾り気のない部屋の中で、整然と並べられた机の前に若い男女の集団が座っている。正面の床は一段高くなっており、壇の上に立つ机の前には、男が立って厚いカバーの本を開いている。
「見よ。天から星が落ちた。山の9分の一が崩れ、世界は暗くなってしまう」
どこかの予備校のような風景だが、教卓の後ろにあるのは、黒板やホワイトボードではない。
「見よ。獣と人の間に立つ者が、地の上に現れる」
壁にかかっているのは、頭からチェンソーを生やした怪物の頭を象ったレリーフである。ここは礼拝堂なのだ。
★
無為な時間が過ぎ、3階に閉じ込められたフミコ達の心労が溜まる。脱出の手掛かりが無いこともそうだが、キガの言葉がフミコに重くのしかかっている。
人間を武器にしない限り、外には出られない。戦争の悪魔が側にいない為、フミコ一人で決断しなくてはいけない。
「あの…」
「なんでしょう?」
「そ、その人…遠くにやってくれませんか?」
生存者の一人が拘束した暴徒を指差して、フミコ達に訴える。この閉鎖空間に自分達を殺そうとしていた相手といるのが不安なのだ。
「いえ、私達で見張っていないと…」
「この人が暴れて誰か死んだら、責任取ってくれるんですか!」
「で、ですから…」
「…殺して!!」
それが合図となり、殺せの大合唱が始まる。牧野は狼狽え、フミコに期待の視線を向ける。内心うんざりしてきたフミコの脳裏に、一つの考えが明確な形をとった。
「わかりました…」
「三船さん、いけません!そんな…」
「…私が一人でやりますから、牧野先輩は皆さんについていてあげてください」
フミコが手を触れると、拘束した暴徒が暴れ始めた。生存者の中にいた男が立ち上がり、暴徒の腹に蹴りを数発見舞う。彼に手伝ってもらいながら、フミコは拘束した暴徒をトイレの前に運んだ。
「万が一の事があるといけませんので、皆さんと一緒にいてください」
フミコに言われるがまま、男は牧野達の元へ戻った。人の目がなくなった事を確かめると、フミコはそっと刀を抜く。
キガの言葉通りなら、武器にする能力は自分にも使える。彼とは初対面だから、生きていては"自分のもの"とは言えないのではないか。
フミコは男の首に、刀を突き立てる。声を出されたら、牧野達が見にくるかもしれない。とても恐ろしい事をしている気がするが、それ以上に早く悩みを取り除きたかった。
「スパインブレード」
フミコが手を触れた暴徒の身体が変形し、武器となった。戦争の悪魔がフミコの身体を得て作り出した脊髄剣と酷似しているが、異なる点もある。
鞘に収まった細身の刀なのだ。さらに暴徒の首は付属しておらず、切り離されて床に転がっている。ぱっと見、紅白鞘の仕込み杖に見えないこともない。
フミコは出来上がったスパインブレードを個室トイレに隠すと、牧野達の元へ戻る。その途中、エスカレーターが動き出している事に気づいた。これを報告すると、フミコを待っていた牧野達はとても喜んだ。
無事にショッピングモールを脱出できた時、時刻は午後6時45分を回ろうとしていた。
「出られたあ…」
フミコ達は生存者達を最寄りの警察署まで送ると、次の現場に向かった。
「人間を武器にしたか…」
(戻りましたか)
「犯罪者だから大した武器にはならないだろうが、大きな一歩だ」
これで、人間を武器にする選択肢がフミコの中に生まれた。今までより効率よく武器を集められるだろう。戦争の悪魔はフミコの働きに満足した。
暴徒達が暴れている間、魔人出現の通報が数件入ってその対処にも公安は追われたが、午後9時には暴徒達による無差別殺人の鎮圧が完了。
フミコ達は報告と休息を兼ねて、一度東京本部に帰還。フミコ達が戻った時には、警察と公安は合同で大量殺人の対策本部を設立しており、スーツ姿の刑事が東京本部の建物内を行き来している姿が見られた。
午後10時30分、現時点での報告が本部に上げられた。部屋の奥に指揮をとる対策本部長達が並んで座り、フミコ達職員は部屋の大部分を占める大量の長机の前に肩を並べて座っている。
暴徒の数は90名に上り、そのうち67名がその場で殺害された。
拘束された23名のうち、17名は搬送先の病院で死亡が確認された。実際に聴取できたのは僅かに6名のみであった。
確認された被害者の数はこの時点で400名に迫っており、そのうちの半分以上の死亡が確認された。
また、トーリカと呼ばれるデビルハンターが日本に入ったらしい。
「これで一通りの報告は聞いたな…」
対策本部長が公安デビルハンター10組に夜勤を指示して、この日は解散となった。職員達は一斉に席を立ち、部屋を出ていく。
フミコと牧野は退勤できる組。本部のエントランスで別れ、それぞれ帰路に就いた。