テロ,ライブ(2)
異変が始まった午後4時30分過ぎ。
豊島区内のバーガーショップで、一人の中年男性がクォーターポンドのチーズバーガーを頬張っていた。
ジューシーな牛肉のパティとコクのあるチェダーチーズ、酸味を添えるケチャップが男性の味覚を楽しませるが、彼は無表情だった。炭酸ジュースでバーガーを胃袋に流し込んでいると、一人の少女が声をかけてきた。
「相席、いい?」
「好きにすればいい。俺はもう食い終わった」
「今、持ち合わせがなくて…おごってくれない?トーリカ」
トーリカと呼ばれた男性は席を立つと、懐から取り出した財布から千円札を2枚取り出し、テーブルに置いた。トーリカは少女には目もくれずに、店を出て行った。
「……」
少女は置かれた2枚の千円札を懐に収めると、2000円で頼めるだけのメニューを注文した。
★
この日、出勤していたフミコとバディの牧野も文京区の現場に向かい、暴徒の鎮圧にあたる。K駅構内で隣接するショッピングモールから出てきた2名と遭遇。彼らが繰り出すしなる斬撃は、未来予知をもってしても対処が辛い。
間合いの外から襲ってくる刃と、アスリートの如き俊敏な身のこなし。決定打を与えられないまま、フミコの負傷が蓄積していく。
牧野が契約しているカビの悪魔に攻撃させると、暴徒2名は吐血、動きを止めた。膝をついた姿勢でフミコ達を睨んでいる点から、戦意を喪失したわけではないようだ。
フミコ達は拘束した2名の武装を破壊すると、近在の警察官に身柄を引き渡し、ショッピングモールの探索に向かう。建物内に入り、生存者を探す2人は1階から2階、3階に上がる。フロアのあちこちに斬り裂かれた死体が横たわっており、フミコ達の緊張は高まっていく。
3階に上がった時、フミコの耳に争う音が飛び込んできた。フロアの一角を占めるドラッグストアに、逃げてきた生存者が1名の暴徒に追い詰められていたのだ。
フミコと牧野が対応し、暴徒は左腕のブレードを破壊された上で拘束された。被っていたマスクを脱がせると、中身は若い男性だった。
「一旦連れ出しますか?」
「そ、そうですね…本部も混乱しているみたいですし……」
牧野が頷いた事で、フミコ達は拘束した暴徒と生存者を一旦外に連れ出すことに決める。階下を目指してエスカレーターを降りていく一行だったが、エスカレーターが何故か動いていない。
異変の正体はまもなく明らかになった。本来、階下に降りれば2階に着くはずだが、3階に戻ってしまうのだ。エレベーターも同様。どのボタンを押しても、3階にしか行かない。
上に上がっていく事も不可能。フミコ達はショッピングモールの3階に閉じ込められた。
「あ、あの…これって悪魔なんじゃ……」
「でしょうね〜」
ひとまず生存者達を同じフロアのスポーツ用品店に移動させると、フミコは周囲の探索を提案。フミコは二手に分かれるつもりだったのだが、牧野は二人で行動したがった。
「どこかに悪魔が潜んでいるかもしれませんし…」
「そう言われるとそうですけど…差し支えなければ、牧野先輩は皆さんを見ていてもらえませんか?私が見て回りますので」
「あ、それなら、お任せします」
フミコはフロアに入っているテナントの売り場からバックヤードまで、虱潰しに調べるが、出入口は見つからない。トイレの水回りを調べて水が流れないとわかった時、フミコの中で危機感が一気に膨れ上がった。
個室を検めようと視線を向けた時、見慣れない少女が個室の扉の前に立っていた。多数の黒子がある端正な顔立ちだが表情は薄く、まるで人形の様な印象を受ける。
「ここに、隠れていたんですか!?」
「隠れていたのはそうだけど、あれから逃げていた訳じゃない。
フミコさんは前向きにチェンソーマンを追っているけど優しい人だから、人を武器にできない」
少女の言葉にフミコは絶句した。
「そのうち武器にできるようになるかもしれないけど、今のままじゃ、その前にチェンソーマンに見つかってしまう」
「なんで、チェンソーマンの事を知っているんです…?」
「会うのは初めてだね。
私は戦争の悪魔のお姉ちゃん。飢餓の悪魔。キガちゃんって呼んで」
「飢餓…!?」
「まずい…!フミコ!こいつの話は聞いちゃダ」
戦争の悪魔が言い切るより早く、少女が指を鳴らす。飢餓の悪魔、戦争の悪魔の姿が消え、フミコは一人残される。
「戦争の悪魔は私が建物の外に連れてった。一時的にだけどね」
少女の声だけがトイレの中に響く。フミコが人間を武器にできるように舞台を整えた事、それが達成されるまで3階からは出られないと、キガは一方的に告げる。
「人間を武器にできたら、女子トイレの個室に隠しておいて」と言うと、それきりキガの声は聞こえなくなった。