ティガーのクリスマスプレゼント

ティガーのクリスマスプレゼント


その日は雪が降っていた

この世界の人間が見る雪の種類は大きく分けて2つある。空から降ってくる自然の雪と、人工氷雪機によって作られた偽物の雪だ

前者は地球で、後者はフロントで見られる。どちらも原理上雪であることは変わらないが、一部の人間の中では偽物の雪と本物の雪では質感が違うらしく、未だに地球の降雪地で観光業が成り立つのはこういった物好きがスペーシアンにも多いというのが理由の一つである

鉄筋コンクリートで作られた集合住宅から見えるのは、上空の水分の凝固によってできた天然モノ、つまりは本物の雪である

その家族は今年のクリスマスはどこにも遠出せず、家で過ごすことに決めていた

時刻は早朝

台所で朝食の支度をする妻、リビングでクリスマスの再放送特番を見る夫。穏やかな雰囲気にとてとてと床を蹴る足音が聞こえてくる

「おとーさん!おかーさん!サンタさんからプレゼントきてた!」

両手で大きな箱を抱えて大喜びでリビングへ飛び込んできた少年─ティガーは、サンタからプレゼントを貰ったのだと大興奮していた

「おー!よかったなティガー。ちなみにサンタさんには何をお願いしたんだ?」

嬉しそうなティガーに父親が反応する

「ふふん、それはね……」

梱包のリボンを解き、しっかりした作りの箱の上蓋を開け、中からプレゼントを取り出す

「じゃじゃーん!」

「ヘルメットか!カッコいいな!」

それはMSのパイロットが身につけるヘルメットであった。

ティガーは早速このヘルメットを被ってみせた。大人用サイズのためブカブカだが、すぐにフィッティング機能が働き適正の大きさに中の詰め物を膨らませる

「滅茶苦茶似合ってるぞティガー!お母さん、こっち来てくれティガーがサンタさんからヘルメットを貰ったんだ」

父親に呼ばれ、台所仕事中の母親がエプロンの裾で手を拭きながらやって来た

「あらホント、とっても似合ってるわ。パイロットさん今日はどこへいくのかしら」

「えーとね、今日は…あ!」

何か思いついたように部屋へと走り出す

数分後、彼の手には緑色で塗られたハイングラのフィギュアが握られていた

「今日はね、相棒と一緒に悪い奴らを倒しにいくんだ!」

びゅーんと擬音と共にティガーの手でハイングラが部屋の中を飛び回る

「よぉし!それならお父さんはサブフライトシステムだ!」

父親がティガーを肩車すると、ハイングラは速度を増して空を飛ぶ

「足元に気をつけてね」

母親も注意しつつもカメラを回して、子供の成長と家族の団欒を記録に収めていた


100人に聞けば100人がこの家族が幸せの中にいることを疑いはしないだろう。そんな幸福だった家族の10年前のクリスマスの一風景であった


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けたけましいアラームで眠りから覚めた

騒音の元である生徒手帳を見ればアラームは既に3回もループしており、いつもの起きる時間から少しばかり過ぎた時間の起床となった

未だ重い瞼を擦りながらつい先程まで見ていた夢を思い出す。もう戻ることはできない幸せだった頃の記憶

部屋を見渡せどクリスマスらしい飾り付けや、プレゼントの置いてありそうな靴下やツリーの存在はない。目につくものといえば、教科書やコミックをギチギチに詰め込んだ棚の上に置かれた少し埃を被ったヘルメットくらいだろう

今でも十分使えるだろうそれは、使われることなく10年の月日を経ても傷の一つもついていなかった

自分にはそれが大切なものを大事にしている証ではなく、夢や憧れから逃げて堕ちぶれて何もなくなった、外側だけが整えられて、その実ただの臆病者の今の自分のように感じられて、ヘルメットを手に取ることすら億劫になる

きっとあのヘルメットをつける時は永遠に来ないだろう

何も救えず、何も成さない自分がいつか父親の分まで誰かを救える人間になる、永遠にやってこないその瞬間、その瞬間こそヘルメットを被ってもいいような気がするのだ


枕元に置かれた棚の上からハイングラのフィギュアを手に取る

傷だらけで塗装も掠れたその姿は、ティガーの手の中で何度も世界を守ってきた、まさしく歴戦の勇者である

そんな誇りある傷だらけの相棒にレザー生地から作ったマントを被せてやる。自作であるがなかなか上手くできたと少し嬉しくなる

親元を離れての初めてのクリスマス。今年のクリスマスプレゼントはコレだけで十分だ

親には今年のクリスマスにプレゼントはいらないと伝えてある。彼の手にこれ以上贈り物が来ることはない

窓を見れば人口降雪の偽物の雪がクリスマスを白く彩っていた

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