チームクインシー共同作戦〜ポテト奪還編〜

チームクインシー共同作戦〜ポテト奪還編〜



成績優秀、品行方正、眉目秀麗。完璧な優等生の理想を形にしたようなヴァンデンライヒ学園の生徒会長ユーグラム・ハッシュヴァルト。

その彼は今、日付も変わる頃の埠頭の倉庫内という、汚れ一つ無い白い学生服が余りに似つかわしくない場所にいた。


「いやぁ、俺たちも困ってたんだよ。君の叔父さんがどうしても借金返せないって言うもんだからさ」


スーツ姿の男は軽い口調で喋りつつ、椅子に座らされたハッシュヴァルトが立ち上がれないよう両足を縛りつけていく。さらに両腕を伸ばして肘掛けに置くとキツく拘束した。

その様子を見ながら、隣に立つ別の男がニヤニヤと笑みを浮かべて懐から一枚の写真を取り出す。


「甥っ子の昔の写真を大事に持ってるなんて家族思いの叔父さんじゃねぇか。それにしても、生徒会長サマのこんな『かわいい』写真がばら撒かれたら生徒はさぞ驚くだろうなぁ。理事長もどう思うか」


それを見るたびに吐きそうになる。幼く無力だった過去、ただ怯えながら搾取をやりすごしていた忌まわしい経験。

あの頃からは身体も心も随分と成長したはずなのに、未だに傷は癒えていないのかとハッシュヴァルトは心中で自嘲する。


「…頼む。今の養父には…ユーハバッハ理事長にだけは知らせないでくれ。あの人に、失望されるわけには」

「君が大人しく協力してくれる限りは保証するとも生徒会長。こっちも仕事なんでね」


手足を縛り終えた男は、三脚に設置されたカメラを確認する。控えていた若い男衆がペンチを差し出すのを見て、ハッシュヴァルトの喉が僅かに鳴った。


「世の中には金持ちの変態ってやつが割といて、そういう連中も俺たちの大事なお客さんだったりするわけだ。例えば今回君の映像を高値で買うと言ってるお客は、綺麗な男の子が上げる苦痛の悲鳴を聴くのが何より好きなんだと」


ガチリ、とペンチを動かしながら男は淡々と説明する。ハッシュヴァルトの白い肌を冷たい汗が伝う。


「顔に傷は残さないよう言われてるから、最初は爪からだな。早めにいい映像が撮れたら左手だけで済むかもしれんぞ。後は焼きごてとかも用意してあるが……ん、何だ。どうした」

「あ、アニキ。緊急の連絡があると、あの男が」


倉庫の外にいた見張り役が焦った表情で駆け込んでくる。

その後ろから現れた長身の青年は、オールバックの髪に薄い色のサングラス、派手な紫色のシャツという出立ちだった。誰がどう見ても立派なヤクザである──目を丸くしているハッシュヴァルト以外にとっては。


「そいつの拷問は中止だ。サツが嗅ぎつけてるぜ、さっさと帰った方がアンタらのためだ」

「……貴様、何者だ?我々の組で見たことのない顔だな」

「…あ〜、やっぱ無理があるか。だから言ったんだよな、いくら近くにいたからって俺1人で先行しろとか致命的に無茶な作戦だって…」


ぶつぶつと呟きながら青年──アスキン・ナックルヴァールは頭を掻く。異変に気づいた十数人の男たちが凶器を手にしてどよめき始める。


「だが、俺はきちんと忠告したぜ。さっさと帰った方がアンタらのためだってな」


次の瞬間、轟音を立てて倉庫のドアと近くに居た不幸な数人が吹き飛んだ。白いミニバンは猛スピードで倉庫の中心近くまで突進すると、ガコンと不吉な音を立てて停止する。


「あぁクソ、ガス欠かよ!ふざけんじゃねぇ!!」

「…アレだけノ速度デぶッ飛ばしたラ当然ダ。ムシロここマデよく持ッタ方じゃナヰカ?」

「当たり前だろ、普段は往診用に使う車だぞ!?何があっても弁償はしてもらうからなバズビー!!」


喚きながら車から降りてきたモヒカン、長髪、眼鏡の青年の三人組に、流石のヤクザ者たちも暫く呆気にとられていた。だがすぐに状況を察して額に青筋を立てる。


「…子供が何の用だ。こんな舐めた真似をして生きて帰れると思うなよ」

「生きて帰れる、だと?そいつはこっちの台詞だ。──俺の親友に手を出した連中を、無事で済ませるわけねぇだろうが」


低い声と共に、モヒカン頭の青年──バズビーが動く。最も近い場所でナイフを手にしていた男は構える暇もなく側頭部に蹴りをくらい昏倒した。


「なっ、テメェよくも!」

「…駄目ダヨ、そんナ怖イものヲ人ニ向けたラ」

「がっ!?」


叫びながら拳銃を構えかけた男に、影のようにエス・ノトが近づく。腕の関節に触れるとゴキリ、と嫌な音が響き、男は悲鳴と共に銃を取り落とした。


「イヤだね〜、結局力技になるのか。全くもってオシャレじゃないぜ」


アスキンはそうぼやきつつも、殴りかかってきた男の拳をひらりと避け美しいカウンターパンチを顔面に決めた。


「ぐ…ガキの分際で、調子に乗るなよ…!」

「君たちが言うところの『ガキ』を先に巻き込んだのはそちらだろう。…まぁ僕の場合は本当に巻き込まれただけだから文句を言う権利はあると思うが」


この場の5人の中で唯一別の高校に通う眼鏡の青年──石田雨竜は、言葉の冷静さと裏腹に豪快なアッパーカットを顎に叩き込み相手を沈黙させた。

そのまま唖然としているハッシュヴァルトに近づくと、手足の拘束を器用に解き始める。


「今は不意打ちで何とかなっているが、急いで逃げた方がいい。僕の車はモヒカンバカが急かすせいで盛大に壊れたが、君のところの生徒会の…ウルキオラだったか。彼が倉庫街の前まで車を回してくれているはずだ。そこまで走れるか」

「それは、構わないが…どうして、ここに」

「話すと長くなる…とにかく僕が居る理由は、『テメェ車の運転できたよな!』とバズビーに叩き起こされたせいだよ」


というか、彼は君からメッセージを受け取ったと言っていたが、違うのか?


「……あ」


一人暮らしのマンションの前で待ち伏せに遭い、車中に連れ込まれた数時間前。携帯電話を取り上げられる寸前で何とか送ることができた『港、B』とだけ記したショートメール。


『──そっか。ケータイの内容も叔父さんに監視されてんのか。

なら、俺たちだけの暗号を作ろうぜ。待ち合わせ場所と、名前の頭文字。

そのメールが届いたら、必ず俺が助けにいってやるよ』


「……なんだ。あんな昔の約束、まだ君も覚えていたのか、バズ……」

「おら石田、ユーゴー!こっちは粗方片付いたぜ、さっさと行くぞ!」

「眠イ、早ク帰りたヰ…」

「つーか思いっきりヤクザに喧嘩売ったけど大丈夫なのかねェ俺たち」



※この後ハッシュヴァルトを拐った組は謎の白服集団のカチコミによって壊滅し、ハッシュは何故か普段あまり交流の無い養父から心身の不調が無いか念入りに尋ねられて困惑したとか何とか。

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