チェンソーと犬

チェンソーと犬



寂れた一軒の小屋の戸を潜って、一人と一匹が姿を見せる。

「木ィ切って月収6万だろ〜、この間売った腎臓が…120万」

隻眼の少年デンジは何も持っていなかった。まとまった金も人との繋がりもない。あるのは数千万の借金と、たった一匹の悪魔の相棒のみ。

凍える寒さを身を寄せて凌ぐ暮らしだが、悪魔の相棒は楽しかった。デンジがもっと幸せなら、ポチタと名付けられたそれは何の不満もない。

しかし、数年続いた彼らの蜜月はあっけなく終わる。ある朝、ポチタが目を覚ますとデンジがまだ寝ていたので起こしたのだが、全く目を覚まさなかった。身体を揺らすと閉じられた唇から、濁った血が溢れてきた。吠えても揺すってもデンジは動かない。

「普通の暮らしをして、普通の死に方をしてほしい」

「俺の夢を叶えてくれよ」

悪魔の契約ではない、何の強制力もない口約束。それでも自分を抱きしめてくれたデンジとの約束を、違えることはできなかった。だからポチタはデンジの身体を乗っ取った。

「おぉぉ…おぉおぉぉっ…」

デンジの両腕で、ポチタは自分を抱きしめてみた。暖かくなかった。その日の晩、何者かが小屋の扉がノックされる。

「デンジ 悪魔が出た。仕事だぞ」

ヤクザの老人に呼び出され、ポチタは彼の車に乗って何処かへ移動する。廃工場へ到着するとポチタは車を降り、老人の案内に従って歩く。その間、ポチタは飽きるほど嗅いだ匂いを感じていた。

「こんなトコに悪魔が出たんすか?」

ポチタは既にこの後の展開を察していた。しかしデンジの喪失がポチタから能動的に抵抗する気力を奪ってしまっている。

「でも俺ぁ犬ぁ臭くて嫌ぇだ」

老人の一言が合図となり、後方から手下が襲いかかってきた。チンピラに後ろ蹴りを打ち込んだポチタは間合いをとり、胸のスターターロープを引いた。ポチタが乗っ取ったデンジの姿が変わる。怪獣のように剥き出した牙を持つ、堂々たる体躯の異形。

「おいおい僕言ったよねぇ!デビルハンターを連れてこいって!…こいつ悪魔じゃん!」

「いや…こいつは」

様子を見ていたゾンビの悪魔が姿を見せて、老人を叱責する。老人は異形と化したデンジが悪魔を連れていなかった事にこの時点で気づいた。

「死んじまったのか…デンジのやつ。父子揃って、借りた金返さねぇで逝きやがるとは…」

心臓が動くのを感じる。

老人の些細な一言が、ポチタに一線を超えさせた。

「私達の…邪魔だから死ね!」

ゾンビの悪魔が恐怖の叫びを上げる。たまらず眷属のゾンビの大群をけしかけるが、彼らは温められたバターのように倒されていく。

(デンジ…私は……デンジの夢の話を聞くのが好きだった)

明日から、約束を果たすために頑張るから。今日だけは"私"でいさせてね。

廃工場を悪魔もろとも更地に変えたポチタは街を目指して歩くが、やがてそれにも飽きて、近くの雑木林に身を隠して眠った。夜が明けた頃、目を覚ましたポチタは何者かが近づいてくるのに気づいた。まもなく、のっそりと木陰から顔を出したポチタの前に、スーツ姿の若い女が2人の男を伴って現れる。

「なぜここに…」

「市民の通報を受けてきました。私は公安のデビルハンター」

ポチタがスターターロープを引く。警戒態勢をとった男達を、女が手振りで制する。

「危険です。応援を…」

「少し待って…人の身体を乗っ取ったんですね。私はあなたを倒しにきたのでは無く、ゾンビの悪魔を狩りに来たんです」

しかし、潜伏場所とされて工場は更地となっていた。悪魔の匂いを頼りに周辺を捜索し、ポチタを発見した…と女は説明する。

「貴方には2つの選択肢を用意できます。悪魔として我々と戦うか、人外職員として公安で働くか」

「食事…朝食は出んのかよ?」

デンジの胃が空腹を訴えていた。

「食パンにバターとジャム塗って…サラダ コーヒー 後…デザートが付けられます」

「あぁ…最高だ」

デンジは変身を解くと、マキマ達が乗って来た車へ共に向かった。

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