タギングルss
「あー!落書きされてやんの!」
私と目が合った男子生徒が大声を出す。前こそ向いていたが意識を極力散らしていた私は、自分に向けられた声に大袈裟に肩を跳ねさせる。校舎前を行き交う生徒たちに迷惑な音量ではないのだろう。ただ私は人に何かしら感情を向けられるのが苦手で、声をかけられたという今の事実だけで体温が上がってきている。
「……いや、その……私のタギングルが、描くの。消すのは……」
手持ちポケモンのせいだ、と言い訳してしまっている最低の発言。違う、違う。タギングルが私の頬に描いてくれた理由は……。
「え、タギングルのアレって毒じゃん。大丈夫なのそれ?」
また違う子の目に留まってしまった。私と違ってヘアアレンジのされた髪に、化粧も綺麗な女子生徒だ。自分とは真逆の華やかさに勝手に気圧されながら私はなんとか言葉を絞り出す。
「ち、違うよ。タギングルのじゃない。顔に描く時は、別なのを使って、て……」
「ふーん?」
あ、と心の声が漏れる。気付かなければ良かった。わざわざ別のを使わせているなら、落書きを容認しているのを自白したも同然だ。なんならもう洗って落としてきてない時点で変人と言われても仕方がないのだ。今更なのだ。
身体が震える。人と違う事をしている自覚がありながら周りの目線に耐えられないなんて。頬傷を覆うようにペイントして背中を押してくれた、パートナーのせいにするような事まで言って。
「なんだ、描かせてるんじゃん」
男子生徒の声。ほら、駄目だ。笑われて言い返せなくなるんだ。傷隠しの化粧も出来ない下手くそだ、またそう言われるんだ。
「タギングルラブ勢じゃん、そう言えよな」
へ、と間抜けな声がこぼれ出た。泣きそうになったままの顔も誤魔化せずにその子の方を向く。
「俺もさー、やめろって言ってるのにイキリンコに勝手に髪弄られるんだよ。でも可愛くてやらせちゃうんだよなこれが」
男子生徒の肩に乗るイキリンコがふんす、と鼻息を荒げる。あーよしよし、と男子生徒が宥める手つきは想像よりずっと優しい。
「そ、毒じゃないなら良かった。化粧品とかペイント用のやつ?面白そだね」
女子生徒からも貶される事はなかった。緊張で固まった表情筋は未だ私に困り顔しか許してくれていない。
ありがとう、と声を絞り出した所で授業開始5分前のアナウンスが響いてきた。目の前の女子も自分同様慌て出す。
「ヤバ、流石に5分前で外はまずくね??次セイジニキのなんだけど」
あ、同じだ。思わず出た一言に女子は振り向くと、私の手を掴んで走り出す。
「ヤバいって教室こっからだと遠いんだから!で、走りながらでいいからアンタ名前教えて ?」
慣れない校舎を、出会ったばかりの子と駆ける。息を切らして教室前へと辿り着く。
一年前は重く感じて開けなかったその扉に力をかけると、思いのほか勢いよく開いた。