セミナーとして

セミナーとして


「っ、いい加減にして!ちゃんと規定された条件を満たしてない奴にあげる予算なんてこっちにはないの!ちょっとは実績でも挙げたらどう!?」


「っ……そっちだって酷すぎない!?そんな風に怒らなくてもいいじゃん!そんな化け物みたいな顔で怒られてもさ!」


「っ、何ですって……!」



モモイも、私も、気づけば互いに銃に手を伸ばしていた。慌てて手を離して、そのまま逃げるようにゲーム開発部の部室から踵を返したけれど、何だか不快感が消えない。何より怖いのは、あれほどの激怒は良くないと自分を諌めながらも、でも仕方ないじゃない、ムカついてるんだからとなっている自分がいたこと。つまり、当たり散らすかのようなあの態度を、正当化する自分がいたということで。



「……………でも、暗算だけは普通に出来るのよね…………」


「あの、先輩?」


「なに、コユキ」


「えっとぉ……お金についてなんですがぁ……」


「アンタにやれるお金なんて何一つないわよ!!何、またぶち込まれたいの!?!?」


「ひぃっ!!!そうですよねごめんなさいっ!!!!」



ウサギのように跳ねて消えていったコユキにイライラする。どうせまたギャンブルに使うお金の催促か何かだろう。本当にイライラする。そんなものやれるわけがない。確かに私は個人資産を築いているけど、それはそんなくだらない浪費のためにあるものじゃない。セミナーの一員のくせにそんなことすらわからないコユキにどうしようもなく腹が立って……



「はむっ……あー……落ち着くわ……」


「………ユウカちゃん。最近ずっとそのお菓子と飲み物ばっかり摂ってますね」


「え?………そうかしら。流石に夕食とか朝食とか、普通の食べてるわよ。たまに一緒に食べたりするからわかるでしょ?」


「気づいてないんですか?ここ数週間の朝食とか、夕食とか、調味料やジャムは全部同じメーカーですよ。気味が悪いくらいに。というか、気味が悪いです」



ノアがそういうのなら、多分確かなのだろう。ノアの記憶力は絶対だ。というか、そんなに気味が悪いと連呼しなくてもいいんじゃないか。私はそうやって思うけど、なんだか不満にはならない。どうでもいいような気さえしてくる。これを飲むと頭がふわふわしてきて、気持ちよくなるからお気に入りだ。それでいてこっちのお菓子は妙に頭が冴えながらも気持ちよくなれるからまたそれがいい。ああ、あとでモモイとコユキに謝らなきゃ。



「………ユウカちゃん。最近話題になってる麻薬事件、知ってます?」


「麻薬?聞いたことないけど、なにそれ。山海経の連中?」


「いいえ。なんでも摩訶不思議なもので、アビドス砂漠から取れる砂を加工した砂糖や塩らしいですよ?」


「へぇ………本当に奇妙なものもあるもんね………」


「ええ。………その砂糖、そっちのエナジードリンクに、塩はそっちのお菓子に使われてるんです、ユウカちゃん」


「………は?」



周りには、いつのまにかC&C。アカネ、カリン、アスナ先輩が私を取り囲んでいる。ノアは悲しそうな顔でこちらを見つめているし、他の三人は銃口をこちらに向けている。少しでも変な動きをしたら撃つ、そう言われているようだった。



「先程、該当する麻薬を服用したと見られるミレニアム生の殆どがミレニアムから出奔、失踪しました。おそらく私たちの動きを察したのでしょうね」


「ちょ、ちょっと待ってよ。何が何だかよくわかんないんだけど……」


「ユウカちゃん、大人しく拘束されてください。大丈夫、悪いようにはしません。ただ薬物検査をするだけです。……ゲーム開発部のみんなと一緒に」



───────私が、中毒者??










「…………あの、ユウカ」


「アリス?………あなたは大丈夫なの?」


「はい。アリスが名もなき神々の王女、だからでしょうか。砂漠の麻薬成分はアリスには効かないみたいです。……アリスだけでしたが」



麻薬を摂取しない生活を隔離室で続けて三日目、私は今は落ち着いていた。というか、絶望感で暴れる気力すら失せているというのが事実だ。今日に至るまで、たくさん泣いたしたくさん暴れた。こんな惨めな自分が許せなくて、この状態を解決するために麻薬を求めて、拒否されて、また暴れた。本当に愚かしい行為だし、何よりそれをノアに見せてしまったのが辛い。ノアの記憶力なら、アレをしっかりと焼き付けてしまっただろう。ノアは優しいから、あんな姿が焼き付いてしまえばひどく苦しむだろうに。

そしてアリスが語ってくれるゲーム開発部の様子もまた、悲惨なものだった。モモイはあの時の私との会話からかなり酷い状態にあるのがわかっていたけど、モモイ以外も大変だったみたいだ。締め切りが近いってことでみんながエナジードリンクを服用していたのが仇になったみたい。



「やめなよアリス!!!キヴォトスでは勝手にお菓子やエナドリを取り上げるなんて恥ずかしいことなんだよ!!!返して!返してったら!!!返せ!!!」


「アリスちゃん酷いよ……!私たち、こんなに欲しくてたまらないのに!!アリスちゃん、私たちのこと嫌いになったの??ねぇ、嫌いじゃないならちょうだい!お願いだから、ねぇ!!」


「あ、アリスちゃん………ダメ、ダメなのはわかってるんだよ?でもね、私たち、もう、あれがないと、生きていけないの……!!!」



そうやって懇願した次の日は、泣き崩れながらひたすらアリスに謝っていたという。あんなこと言ってごめんなさい、食べちゃいけないのはわかってるのに食べたくなっちゃう、私たちのせいでアリスを傷つけた、そうやって口々に言いながら、泣いてばかりいたという。

今はその涙すら枯れ果て、ずっと眠っている。あまりの過剰摂取からの禁断症状で、激しく体調が悪化した結果、眠って意識不明なのだとか。命に別状はないが……それでもだ。



「………ユウカは大丈夫、なのですか?」


「ええ。私は、いや、本当は辛いけど……でも……っ、あはは。忘れて。ね、ゲーム開発部のみんなのところに行ってあげてよ。少し、一人にさせて」


「はい。……また来ます」



アリスは強い子だ。仲間に酷いことを言われたのに、仲間がみんな苦しんでいるのに、前を見ている。前を向いて、やるべきことを探している。きっと頭に怒りはない。憎悪はないのだ。今のミレニアムとは全く違った空気。逆に今のミレニアムは、怒りに燃える生徒がたくさんいる。報復だと、ミレニアムを穢した報いを受けさせろと、吠える生徒がたくさんいる。ノアもその一人。私が、そうさせてしまった。きっともうミレニアムは止まらない。



「全部、私のせいじゃない。……私、セミナーなのに。ミレニアムを守って、ミレニアムを運営しないといけないのに。私のせいで、ミレニアムが傷ついちゃう」



私がこんなものに手を出したせいで。私がこんなものの中毒になったせいで、みんなを止められない。私の立場なら止めようはいくらでもあるはずなんだ。でも今の私はできない。だって私は今、薬の中毒者になってて、何をやろうにしても何もできないんだから。壊れてしまって、もう何もできないの。何かやらなきゃいけないのに、何もできないの。それが本当に辛くて、悲しくて。私の存在理由がわからなくなる。



「ごめんね。私、いない方がいいわよね……」


“そんなこと言わないで、ユウカ”


「………先生……」



ボロボロの私を労るように、先生は隔離室の中に入ってきていた。危険だから離れてって言おうとしたのに、上手く言えない。先生に頭を撫でてもらってるのが、とても気分が良くなるからだ。



「先生……私、最低なんです。私がこうなっちゃったせいで、ミレニアムが戦争しちゃう。私が正気ならいくらでも止めようがあったのに、止まらなくなっちゃった。私が、壊しちゃいました」


“まだそうと決まったわけじゃないよ。それに、戦争が起きたからって被害が出るわけじゃ”


「出るんです!……私、色々計算するのは得意なんですよ?ミレニアムの兵力とか、ここから仕入れられるアビドスの情報とかを考えると……多かれ少なかれ、犠牲者は出ます。最悪死人も出るかも。でもみんな止めない。怒ってるから。止められる人がいない。………私って、なんのためにここにいるんですかね。みんなに迷惑かけちゃうなら、みんなを、ノアを不幸にしちゃうなら、最初からミレニアムになんて来なければ」


“ユウカ”



先生が、私にしっかりと瞳を合わせてくれる。真剣だけど、柔らかい。こちらを何処までも慈しんでくれる、大人の瞳。さっきまで荒れに荒れていた私の心が、なんだかそっと凪いだ気がして、少し痛みが消えていく。



“私はね、ユウカのことが大好きだよ”


「なっ、せ、先生っ!?いきなり何をっ」


“私だけじゃないよ。ノアも、コユキも、リオも、アリスも、他にもたくさん。ミレニアムのみんなは、ユウカのことが大好きだよ”


「……冷酷な算術妖怪って」


“本気で言ってる人なんていないよ。ユウカほどミレニアムのことを思ってくれる優しい子はいないってみんな知ってる。……だからね。ユウカ。自分を悪く言わないで。みんなが好きなユウカのことを悪いだなんて言わないで。ユウカが悪いわけじゃない。ユウカは悪くない。この事態に気づけなかった大人の責任だ。悪く言うなら、私の方を罵って”


「………そんなの、できるわけないじゃないですか………」



先生が本気で私のことを好きなのを、痛いほどわかるのに。そんなこと、できるわけない。だからといって私が私のことを悪く言うのも、できない。みんなが私を好きでいてくれるという言葉が何よりも嬉しくて。そんな私を下げたら、みんなの信頼も下げちゃうから。そんなの、できない。



「………先生、私どうしたらいいですか」


“ユウカはどうしたいの”


「みんなのこと、手伝いたい。ここにいて私ができることをしたいです」


“………治療薬の開発を、ミレニアムがしているらしい。連邦生徒会からも支援金が出てるんだって”



その言葉だけで、私が何をするかは決まった。先生があえて言わなかったのは、あまり危険なことを生徒に勧めたくはなかったからだろう。でも私はそれでわかる。私がやるべきことがわかったから、もう次の言葉は決まった。



「私、志願します。私の体を検体にして治療薬開発を進めてください」


“本当にいいの?”


「今の私に会計の仕事はさせられないでしょう?だからこれで活躍します」


“………ティーパーティーのミカって子も一緒だけど”


「大丈夫です。むしろ協力して頑張りますから」







おまけ



「ねぇ、ヒマリ先輩が内緒で教えてくれてたんだけどさ」


「なぁに、お姉ちゃん」


「アリス、私たちを助けるためにシャーレの先生のところに行ったんだって。一人で」


「ひ、ひとりで……?アリスちゃん、そんなの、だ、ダメ……」


「…………アリスが私たちに言わなかったのってさ、なんでだろう」


「アリスちゃんは優しいから。私たちと話して私たちに心配させたくなかったんだと思う」


「そうだよね。……ミドリ、ユズ。私頑張る。頑張って治す」


「わ、私も治す。治して……アリスちゃんの応援に行く」


「そうだね。そうしよう。三人で、アリスちゃんのパーティーに途中参加しよう」



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