②セイレーン今昔

②セイレーン今昔


大海賊時代。それは幾多の海賊たちが夢と野望を持って海を目指す時代。

 

――そうと言えば聞こえは良いかもしれないが、それは海賊側から見た一側面でしかない。大半の一般市民から見れば、数限りないほどの海賊たちがひしめき合う恐ろしい時代でしかないのだ。

その猛威は、いついかなる場所で襲い来たとしても不思議ではなく、それはこの偉大なる航路の島においては廃墟となった国であっても例外は無いはずであった。

 

「~~~♪♪~~~♪♬。はーい。みんな真っ直ぐにこっちに来てねー。……ほらっそこ列を乱さないでっ!」

 

ボロボロの街並みを抜けて港へと続く道を異様な集団が歩いていく。その先頭を後ろ向きで歩く少女・ウタは時折前を見つつも自身の後に続く集団に時折歌を聞かせながら船着き場へと向かっていく。

その後ろを目を瞑りフラフラとしながらもついて行くのはこの時代において最もあり触れた存在。

 

「ムニャムニャ……お宝……は全て俺の……もの…」

「zzZZ……zzZ……」

「ぐがー……ぐごっ……」

「まったく。こんな島にまでやって来ては、墓暴きみたいな真似までしようだなんてっ……本当に海賊ってやつは!!」

 

彼らは既にウタの能力により、既に全員が夢の住人と化しているこの島を襲おうとした“海賊”たちであった。

 

ヤツらは廃墟を漁り金目の物を探し回っており、ついにはゴードンとウタが滅びたエレジアの民の鎮魂のために数少ない資材で作った慰霊碑にまで手を掛けようとしていたところで

 

――そこまでよっ海賊たち!!

 

間一髪で、歌のレッスンを中断したウタが駆け付けたのであった。

 

 

♪■♪■♪■

 

即座にその場で一曲披露したウタは海賊たちを眠らせたまま操り、海賊たち自身の船に乗せていくと互いを拘束させ合い船倉へと寝かせていく。

 

8人が4人、4人が2人と段々と拘束されて半分ずつ減っていく海賊たち。最後の一人にウタ自身が縄をかけると船倉に外から厳重に鍵をかけて閉じ込めておく。これで海賊たちが目を覚まさなければ、半日程度は持つだろう。

 

 

「ふぅ、――これで、一安心……かな? ウタワールド内でも海賊たちは寝た状態にし続けてるから、万が一、私が眠って能力が切れたあとでも、あいつらの意識が戻るまで暫くは時間が稼げるだろうし……。あとは……」

 

海賊たちを穏便に閉じ込めることに成功したウタは、海賊船の上陸用タラップに腰を掛けて足を遊ばせながら、時折ワールド内の様子に意識を割きつつ、能力の過剰使用による眠気をかみ殺しながら待っていた。

 

何故ならもうじきに……

 

「ウタッ! 大丈夫かいっ!?」

「やっほー、ゴードン」

「ハァ、ハァ……すまないっ! 説明に時間がかかってしまった! ゼェ、ハァ……

君が一人で、向かうたび、ハァっ! ……もしもが、あったらと……気が気で……。」

「あー……ごめん。前々から思ってたけど、何か無事の合図でもあれば良かったよね……」

「ゼェ……そういうっ……事ではっ! ハァ、……無いのだがっ!!」

 

つぎはぎのような傷跡が残る頭が特徴的な貴族服に身を包んだ男――エレジアの元国王ゴードンは、年齢と日頃の運動不足もあり、ウタと二人で住居として使用している城から、ここまで全力疾走したことで肩で息をしながらもそのズレた意見にツッコんだ。

 

 

「あははは…… ま、まぁこれが初めてってわけでもないし、鳥とかを操って、ちゃんと数を把握してから捕まえてるから。……それよりもどう? 連絡は取れた?」

「はぁ、ふぅー…… ……ああ、ちょうどこの近辺を巡回している軍艦がいるという事だった。三時間もすればこちらに回してくれるらしい」

 

そう、ウタはレッスンを途中で切り上げて飛び出していく直前にゴードンに“海軍”への連絡を頼んでおいたのであった。

この島は“何故か”海軍の巡回ルートからさほど、離れていない位置にあるため、海路に余程の悪天候が起きない限りは軍艦船が1日以内に来てくれる可能性が高いのだ。

 

「それなら良かった! 流石に数日かかるとか言われたらどうしようかと思ったよ」

「相手の“海軍”はいつもの担当では無かったようで、こちらの話をなかなか信じてはくれなくてね。なんとか説得することが出来たが……」

「さっすが、ゴードン!」

 

そこでゴードンは一度、言葉を切り、ウタの後ろにある海賊船に目を向ける。海軍が疑うのも無理はないと思ったのだ。

元国王としての手腕を発揮しこれまでのウタの実績から、海軍をエレジアまで来てくれるように説得したが、大きさからして3~40人は乗っていそうな海賊船。それを制圧したのが目の前の細腕の少女一人であるなど。

 

「こんな廃墟しか残らぬような島にまで、略奪や宝を求めて来るなんて世も末だな……」

「ふわぁ……一応この島には何もお宝はないし……最後通牒もしたんだけどね……。逆に『女だ!』 って襲い掛かって来られちゃったし……。交渉の余地は無かったよ」

「ウタ……」

「……大丈夫。わかってるよ。海賊が”ああいう”ものだっていうのは。“アイツら”もそうだったんだろうし……」

「……………」

 

思わず無言でこちらを見遣る育ての親の視線を感じたのか、ウタは海賊船に向けていた視線をゴードンに戻しながらそう告げると自分の覚悟を口にする。

 

「大丈夫、安心して。ゴードン」

 

 

 

「エレジアは必ず私が守ってみせるからっ!」

 

♪■♪■♪■

 

「そういえば、船に貼ってあったけど、今回の海賊は結構な額の懸賞金が掛かってるみたいだしこれでまた復興に一歩近づいたよ」

 

そういって無理に作った笑顔を見せたウタに対しゴードンは思わず力無く顔を伏せてしまう。

 

「(……違う、違うんだ。ウタ)」

 

ウタの決意を耳にしたゴードンの胸には去来するのは悲しみと強い罪悪感。――そして一抹の嬉しさ。悲しみはこのいまだ自分の半分にも満たぬ年若い少女にここまでの覚悟を背負わせてしまったこと。罪悪感はそれを止めること代わっててやる事も出来ぬ己の弱さと彼女の父への申し訳なさから。最後はこんな寂れてしまった国を彼女が大切に思ってくれていることから。

 

「(ウタは自分を捨てたと思っているシャンクス達を憎み、それと同じ海賊全てを嫌悪している…… そしてそれは……元赤髪の仲間でありこの国に来るのに利用された自身すらもそうであると自らを追い込んでいる……! だがそれはっ! その“真実”はッ!!)」

 

ウタが預かり知らぬことではあるが、この国を真に滅ぼしたのはエレジアの地下に眠る古の歌そのものである魔王によるものだ。数年前にウタウタの能力者であるウタに自身を歌わせるために近づいた魔王の楽譜の策略によりウタはこの地に魔王を呼び起こしてしまったのだ。

 

そして、それを止めたのがその時、ウタが所属していた赤髪海賊団なのだ。彼等は娘を取り戻すため、そしてこの国を守るために戦ってくれたのだ。

 

――――例え、それが力及ばずこの国が滅ぶ事になったのだとしてもゴードンは彼らの勇姿を忘れた事は一度たりとて無かった。

 

「(……本当は言ってやりたい。彼等は君を捨てたりなどしてはいないのだとっ!! この国を滅ぼしたのは魔王で彼等は救おうとしてくれたのだとっ!! 恨む必要など無いのだとッッ………!…だがっ! それはっ……!!)」

 

しかし、亡国の真実を告げることは、全ての責を負ってくれた彼女の父親――シャンクスとの約束を破ることになってしまう。

それだけではない。亡国の真実はウタをさらなる地獄へと叩き落すことだろう。魔王を呼び起こしたものが自分の歌声であるという事実は確実に彼女に今以上の絶望を齎す。

 

勿論、それはシャンクスも養父であるゴードンも望むところではない。

結果、真実も告げられず。

さりとて海賊と戦う力も持たず守られているゴードンには海軍への引き取り手数料を差し引いて、幾ら残るか計算しているウタに力無く制止の言葉をかける事しかできなかった。

 

「ウタ…… 君がそこまで気負う必要は無いんだ……」

「…………ありがとう、ゴードン。けどこれが私なりのケジメだから。これが終わって初めて私はアイツらと区切りがつけられるんだと思うんだ……!」

「ウタ……(すまない……シャンクス。だが……、君は、……私達は、本当にこれで良かったのか?)」

 

今ここにいない彼女の父親へ届かぬ謝罪をしながら、彼女に真実を告げる事も、この国を守らなくても良いとも言えぬ無力さにゴードンは拳を強く握ることしか出来ない己を恨んだ。

 

 

♪■♪■♪■

 

自分が危険に飛び込んでいく事に心を痛めているのだろう養父の姿にウタはズキリと心が痛んだ。

 

「(ごめんね。ゴードンさん……)」

 

実のところ、ゴードンが危惧しているようにウタはそこまで赤髪海賊団を心の底から憎

いというわけでは無い。

 

何故ならば、――ゴードンがウタに隠し事をしているようにウタにも秘め事があったからだ。

 

――それは2つの確信。

 

一つはゴードンが自分に何かを隠しているという事実に気づいているということ。

 

5年以上2人だけで過ごしているのだ。純粋な幼馴染と違ってウタにだって彼の嘘の一つや二くらいは分かる。何よりもゴードンは誠実な人物だ。国王という職務についていた以上、腹芸も出来るのだろうが、身内とみなした人にはどうも甘くなる傾向があった。

 

その隠している中身までは分からないが、養父の顔色から十中八九”あの夜”絡みだと言うことは推測できていた。あの日、自分が意識を失っていた時間にはまだ自分の知らない”謎”が眠っているのだと。

 

それは浅ましくもウタにまだ僅かな希望を抱かせてしまっていた。

 

――自分は『”捨てられた”のではなく何かやむを得ない事情があったのではないか?』という希望を――

 

物心ついてから7年も苦楽の時を共にしていたのだ。出会ったばかりのゴードンに聞かされたとしても、そう簡単に恨み憎しとなるにはウタは余りにもシャンクスを、赤髪海賊団の皆を知り過ぎていた。

 

 

――そしてもう一つ。それこそがウタをエレジア復興に走らせ、海賊達の魔の手からこの島を守り続ける、最たる理由であった。

 

「(初めの頃は、……私が赤髪海賊団の音楽家だったていう自責の念から来る贖罪だと思ってた。勿論それもあるけど…… 多分違う)」

 

ウタには無意識ではあるが、確信があった。

 

それがゴードンの言う通りシャンクスたちが己を利用したという事なのか、自身の能力に関係があるのか、はたまた全く別の要因によるものなのかは分からない。

 

何故なのかは分からないがそれが真実なのだと自分の中の何かが訴えてくるのだ。

 

 

即ち――、

 

 

――“この国を滅ぼした原因は正真正銘、自分なのだ”――と。

 

 

――何処からか悍ましくも悲しく美しい旋律が聞こえたような気がした――

 

♪■♪■♪■

 

 

「みんな…… 暫く来れなくてごめんね。その分、今日は目いっぱい歌うからねっ!」

 

――エレジア奥地。城と町の間に位置するここには数年間に起きた悲劇で亡くなった国民たちを祭る石碑で出来た慰霊碑がある。

元はあの日にやって来た海軍が国民たちを弔ってくれた後に善意で作ってくれた共同墓地だ。そこにウタとゴードンが残った資材で作り上げたもの。少しばかり不格好だが一生懸命作り上げたものだ。

 

「~~♪♪~~~~」

 

“亡びた日”から数年――。ウタは数日おきにここに来ては鎮魂歌を欠かさずに捧げている。

 

 

この数年間、ウタの生活は大きく変わらずに続いていった。ゴードンから音楽の知識と歌唱技術を学び、万が一にも海賊に後れを取らぬようにウタウタの能力を磨き、海軍に海賊を引き渡しエレジアのための資金を貯めては、補給船や商船の人たちにエレジアの復興の協力を願い出た。

 

自身の技術を鍛え上げることは苦では無かった。ゴードンは音楽大国の元国王だけあり、その音楽と指導の腕は国一であったし、ウタには天性の才能があったからだ。

 

悪魔の実の能力に関してもウタワールドで出来ることは多くなったし、体力が付いたことで以前よりも長時間の展開も可能となっていた。

――娯楽の少ない島では自身の能力(ウタワールド)を鍛えるのも一種の楽しみであった。

 

「~~~~~♪~~~~♪♪」

 

だが、エレジアの復興だけは遅々としてしか進むことは無かった。

 

『なんで!?』

『お嬢さん、アンタの歌は素晴らしいけどよ。この島はかの大海賊が滅ぼしたっていうんだろ? 流石にそんな島には……』

 

考えてみれば当たり前だ。例え政府の援助があったとしても、生き残りが二名だけの国の復興など現実的なものではないし、海賊が滅ぼした島に移民したいと思う奇特な人間はなかなかいないのだから。

 

『いつもありがとね。海軍さん………で割引についてなんだけど』

『いえっ! 此方こそッ、ご協力感謝いたしますッ! ……それについては、本部に問い合わせてみますので……』

 

それが徐々にでも進んだのはウタが海軍に引き渡した海賊たちの懸賞金による資金があったからだ。このご時世、賞金首の海賊たちはごまんといたし、例え懸賞金がかかっておらずとも海賊の引き渡しはそれだけである程度の報奨金が出る。(引き取りは別途割引制である。)

 

――皮肉なことにも、海賊によって滅ぼされたとする国は海賊の首に懸けられた金によって僅かなりとも形を取り戻しつつあった。

 

『何コレッ! 幾ら何でも高すぎじゃないっ!?』

『流石にこれは…………相場と比べても違い過ぎじゃないか?』

『へっへっへ。勘弁してくださいよ。お二方。こんな遠方くんだりまで来てんですから、少しは色を付けて貰わないとねぇ?』

 

しかし、ツテの少なくなってしまったゴードンやウタでは足元を見られることもあり、交渉が難航することも数多くあった。

 

『ヒャアァッ! 金目の物を寄越せぇ!』

『……ッ 本ッ当ッに懲りない連中だねッ!!』

 

そして、少しは島が綺麗になったと思えば無数に襲い来る海賊たち。――まぁ、これは見ようによってはエレジアの復興資金が来たとも解釈できたが……。

 

その頑張りの甲斐もあり、業者による廃墟の撤去や建物の修復は進み、ウタたちが住んでる城だって壊れた壁もほぼ修繕が終わっている。

 

『なんで……みんな来てくれないんだろうね……。』

『ウタ…… 私も過去の伝手を使って近隣諸国に呼び込んでみよう』

『ゴードン……!』

 

しかし、やはり最大の問題は移住してくれる人――国民がいないという事であった。

しかしこの問題はそんなにすぐに解決するようなものではない。

 

勿論、そんなことはウタもわかっている。ゴードンも最近は積極的に手伝ってくれているし、時折開いている青空音楽教室は好評だし。近々補給船に乗って近隣諸国でも開催する予定だしその時はウタも路上ライブを披露する予定だった。

 

「~~♪♪~~~~ッ! ~~~♪ッ!!」

 『…………………』


それでも、思ったよりも進まない現実と復興と比例すかのように多くなる海賊たちの襲撃はウタの心を荒ませていた。

おかげで、最近はエレジアのみんなへの鎮魂にもなかなか来れていなかった。思わず歌い方に力が入るとノイズのような音と何かが目につく。

 

『…………………――――………』

「~~♪♪~~~~♪♪♪~~…………?」

 

いつの間にか歌唱に熱中し過ぎていたのか、無意識に能力を発動していたようだった。誰も取り込んで自身しかいない筈の世界で“ソレ”は鎮座していた。

 

柱に浮かぶソレは見た目は古びた紙片だがその気配は独特。元は楽譜の一部だったのか音楽記号が見えるが、それは焦げたような跡で題名も読み取る事が出来ない。


『………――――………』

 

「また……ある」

 

ウタが一人で歌っている時にウタワールドの中に時折、現れる黒い紙片。ウタの意識が負の方向へと向いた時や不安定な時に現れる紙片はウタに近づくでも何かするわけでもなく、ただただそこで佇むだけだ。

 

「ねぇ……、貴方は何なの?」

『――――ッ………』

 

気配からして良くは無いものである事は理解している。だから今までは極力、無視をしていた。恐らくは海賊たちや無意識のうちに取り込んでしまった生物の意識の残滓だと思っていた。


――ウタワールドは広大だ。その能力で作り出される世界は現実と遜色がないくらい精巧であり、その全貌は能力者であるウタ自身にもそのすべては把握できていない。そして、他者の意識を取り込むという能力の性質上、こういった強い思念が残るバグ染みた事が発生する事もある。だが――、

 

「(今までにも還った筈の意識が幽霊のように朧気に残る事はあったけど、それは私の世界が閉じる度に必ずリセットされる。)……けど、貴方は違う。私一人しかいない筈のウタワールドに単独で存在している……。それに……私、その感じ…… 何処かで?」

 

『――――ッ……ジ…』

 

紙片は当たり前だがウタの疑問に答えることはない。時折、ノイズ混じりの音を立てているがそれが意味のある言葉を為すことはない。

 

「……いい加減にしてよ」

 

業を煮やしたウタが紙片へと近づいていく。昔、不注意で残留思念に触れたせいで痛い目を見たこともあり、普段ならば絶対にしない筈の行動だが、ここ暫くの間、思うようにいかない復興や海賊たちの襲撃もあり不安定だったウタは魅入られたようにフラフラと紙片に近寄っていた。

 

『――――トット……カ…』

 

今まさに、その黒い紙片をつかみ取ろうとしたその時――――、

 

「ッ!!」

 

ギャアギャアギャアッ! と、現実の方で島の鳥獣たちが警戒の声を一斉に挙げだし、思わずウタの意識は現実んの方へと引っ張られる。この声は外来のものに対しての威嚇によく使われる鳴き方だ。つまりは望まれぬ来訪者を意味していた。 

 

「また海賊かな。……あれ……?」

 

意識をまた夢の世界に戻せば、現実に戻した僅かな間に掴もうとしたはずの紙片は跡形もなく姿を消していた。

 

「……何だったんだろ?」

 

あと少しで解明できたかもしれない謎は気にはなるものの、今は島に来たであろう推定――海賊たちの捕縛が最優先だと考えたウタはウタワールドの展開を閉じると港町に向けて慰霊碑から踵を返して走り出した。

 

 

 

後に残るエレジアの民を奉る石碑だけが意味ありげに陽光を反射していた。

 

 

♪■♪■♪■

 

「クソッ! なんだこの五線譜はっ! 剝がれんっ!!」

「無駄だよ。私の拘束は絶対に外れない! ……にしても、」

 

鳥獣の声を頼りにいつの間にか鋭く感じるようになった気配に向かい上陸直後の来訪者たちを発見したウタは案の定、髑髏を掲げていたことを確認し、いつも通りにウタワールドに彼らを誘い、捉えたのだが

 

「なんか……アンタたち、すんごく弱くない?」

 

彼らは今までこの島を襲おうとして来た海賊たちと比べても、見るからにも実際にも装いが違っていた。いつもよりも乗組員に女性も多い上にほぼ全員が痩せ憔悴した様子だった。

 

だが、油断してはならない。髑髏を掲げていたのならば海賊であり、中には子供やシスターなどの弱者を装って襲ってくる海賊や女性だけで構成された屈強な海賊団だって世の中には存在しているのだ。ここは腐っても偉大なる航路、一瞬の油断が命取りとなる海だ。

 

――しかし、

 

「武器は鍬や銛ばかりで、剣は数振りだけ……銃もほぼ無し。罠かと思えば、呆気なく全員捕まえられちゃったし……おまけに子供までいる……」

 

見敵必殺・先手必勝とばかりに、ウタワールドに落とした後でいつもの如く捉えてみれば余りに拍子抜けであった。戦いの心得も無いのか抵抗らしい抵抗も出来ずに捕まる船員たち。女性や子供は捕虜なのかと思えば船員たちを助けようと向かってきたので拘束して眠らせている。

 

彼らは、何とも奇妙でちぐはぐな海賊たちであったのだ。まだ漁師たちと言われた方が納得できる。

 

 

 

「……ねぇ、アンタ達の船長は誰?」

「…………まとめ役はおれだ」

「貴方が……? 余りそうは見えないけど……」

「余計なお世話だ………… 嬢ちゃんこそ、コイツは悪魔の実か? いきなり全員拘束とはやってくれるじゃねぇか」

「海賊に手心を加える必要があると思うの?」

「……はっ! ……違いない」

 

 船長は誰かと聞けば、声を挙げたのは中でも拘束されている男たちの中でも大きな男ではあったが。ウタが普段相手していた海賊たちと比べれば、全くと言っていいほどに覇気がなかった。偉大なる航路の海賊であるのにも関わらずに、である。

 

項垂れている男の頭を見下ろしながらウタは困惑していた。

 

「(これは……もう諦めている? でもこれは捕まったことにじゃなくて、それ以前にこの人たちは気力が無かった。まるで、あの日の私みたいに“心が折れている”)」

 




「……ねぇ、なんでアンタたちは海賊なんかになったの?」

 



 気づけば、ポロリと言葉がウタの口から飛び出していた。

 

言われた本人も驚いていたが言った本人であるウタの方がビックリしていた。海賊になった理由を捕まえた海賊本人に聞くなんて今までした事が無かったのだから。

 

「あ、いや、やっぱ……今のは」

「…………ははっ!」

 

 思わず取り消そうとするが、その言葉を聞いた船長(推定)がくっくっくと忍び笑いをすると、『面白い嬢ちゃんだ』という言葉を皮切りにポツポツとこの海賊団の成り立ちを話し始めてくれた。

 

 自分たちは元々は政府の加盟国の国民であり、只の漁師や農民であったこと。国は貧乏だったが、平和であったこと。

しかしここ数年において異常気象により作物が取れず、国に飢えが広がり始め、国政は緩やかに傾き始める。

そしてついには、天上金の支払いが怪しくなり加盟国の地位剝奪まで追い詰められてしまったこと。そのうえ、ここぞとばかりに豊かだった水産資源は近隣諸国の最新型の漁船に荒らされ漁業でも生活が苦しくなり始めた。

自分たちの生活や国を守ろうと加盟国の漁船を追い返せば、通報で来た海軍に海賊として扱われる。国の王にその非情を訴えるも無情にもこれ幸いにと口減らしとして村丸ごと売られそうになり、命からがら海へと逃げ出した事。

 

「食物が手に入らず、住めるところさえ奪われた! こんなおれたちにゃもう海賊になる道しかなかったんだ!!」

「リーダーの言う通りだっ! 天上金が払えなきゃおれ達にゃ人権が無いってのか!」

「海軍も国もおれたちの事を救ってくれやしない!!」

「そんな…………」

 

一息にそう咆えた男の声を皮切りに、周りの船員たちも涙ながらに国や海軍への不満を叫ぶ。

 

男たちの悲痛な叫びを聞いたウタには衝撃であった。

 

国民を守ろうとしない王が居ることも、民衆の味方である海軍が民衆を海賊として扱ったなど到底信じられるものでは無かった。

 

「……いや、でもまだ本当って決まったわけじゃ……(そうだっ! 現実の方でも話をすり合わせてみれば……! そうすれば本当の事が分かるはずっ)」

 

男たちが出まかせを言っている事に一縷の望みをかけて、現実で寝ている女性を起こして話を聞く。しかし、遜色がない答えが返ってきてこれが真実なのだと更にショックを受けた。

 

「中にはこうやって海賊になる人達もいるの……?」

 

 

「(この人たちは……、災害や食べ物が無くなって苦しんで、そこに漬け込む別の国の人から自分達の居場所を守ろうと戦えば海軍に罪とされて……、ついには、国にも見捨てられて、海賊に……? いや、それでも海賊は海賊………… けど、なら、居場所のない、この人たちに、救いは……)」

 

 

―― 一体、世界のどこに行けばいいのだろうか?

 

 

 

 

「なぁ、嬢ちゃん……。おれたちはこれからどうなる?」

 

 衝撃的な答えを聞き答えの無い問題をぐるぐると考えるウタにリーダーと呼ばれた男が自分たちのこれからを問いかける。

 

 働かない頭で、いつものように機械的に海軍へと引き渡す事を告げれば、男は『……だろうな』と返すと、拘束された状態で出来得る限りの範囲で頭を下げてウタにこう懇願した。

 

――自分以外のやつは見逃してはくれないかと。

 

 咄嗟にウタが何を馬鹿なと返せば、自分たちは海賊旗を掲げているものの、これは他の船や海賊への威嚇の意味合いが強く略奪はほぼ海賊からしかしたことが無い。

また、元漁師なのを活かして、離れた海中から攻撃するために船員たちは、まだ海軍に顔がバレていないのだという。

 

「懸賞金が懸けられているおれ以外はな。……だからどうか、このおれの首だけで他の奴はこの島から出してやっちゃくれねぇか……? …………こんなもん言えた義理じゃないのは分かっているが、……後生の頼みだ」

 

 そういって精一杯首を伸ばして頭を下げる男の姿と言葉に“嘘”は無い事がウタには何故かわかった。――わかってしまった。

 

他の船員たちはリーダーのその姿に異を唱えようして涙を流して口をつぐんでいた。

 

……わかっているのだろう。自分たちにはもう他に選択肢が無い事に。

それほどまでに彼らにはもう後が無いのだ。ここで口をはさんで見逃して貰えなければ、お縄に付くのは自分達だけでなく妻や子も罪に問われるのかもしれないのだから。

 

 

「(こんな……こんな人が、ひとたちが海賊なの?)」

 

対するウタであったがその心は困惑の極致にあった。

 

 海賊はズルくて汚くて、平気で嘘をついて騙して裏切る。この世で最も嫌悪される人種の筈だ。

 

――本当に?

 

……海賊は宝と金の事だけを考えて、街を襲い略奪を繰り返しては人に害を与えるクズばかりの筈だ。

 

――本当に?

 

…………海賊は、この世の平和を脅やかす愚かな悪しき存在の筈だ。……だって、そうじゃなきゃ……

 

――本当に?

 

……自分は知っていたじゃないか? こんな弱い人たちの味方をしていた優しい自由な海賊たちを。

 

――なぁ、ウタ

 

「ッ……!」

 

――なぁウタ、この世に平和や平等なんてものは存在しない。だけど――

 

「(今更……なんでっ!!)」

 

 脳裏を過ったのは“最後の夜”の記憶。あの日あの時、自分よりも赤い髪を持つ男は自分になんと続けたのだったか。それに自分はなんと返したのだったか。

 

 きっと困惑しきりでろくな答えなど返せなかったのだろう。

 

 だが、今なら彼の言葉の意味が一端であっても理解できた。


 できてしまった。

 

――この世界における平和や平等は余りにも無情が過ぎる。故郷を失い、明日への希望も見出せない彼等の居場所は.救いは何処にあるというのか――

 

 そんな彼等を海軍に突き出すことなど、もはやウタには出来る筈もなかった。

 

そして代わりに浮かんだのは一つの考え。

 

「……けどおかげで、……うん。良い事思いついた。ゴードンにも相談しなきゃだし、元海賊だけど……。私自身さうなんだから、今更だよね……?」

 

 これが突拍子も無いような考えである事は理解していた。

けれど思ったのだ。

国から世界から見放された彼等を見捨てたく無いと。

かつての自分と同じように居場所を失った彼等を救いたいと。

 

 その想いと共にウタは決意を持って彼等に告げた。

 



 

「――ねぇ、アンタ達――」







――海賊辞めなよ。

 

 




――これが後に『王下七武海・セイレーン』と呼ばれる女賞金稼ぎとその第一の部下で在り親衛隊隊長と呼ばれる男。そしてエレジアの新しい民となる移民たちのファーストコンタクト。

 

 

――ここからの数年、亡びたエレジア王国はかつての国王と若き七武海の下、失われた音楽の都の名を取り戻すかの如く破竹の勢いで世界に名乗りを上げることとなるのであった。

 

 

♪■♪■♪■

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