セイレーンと麦わら帽子⑱

「……嘘でしょ…あいつ…」
広場後方、海軍と海賊の群れの中でウタが呟く。
視線の先では、落下してきた軍艦の残骸の上に並び立つ海賊、革命軍、その他数多の犯罪者。
そしてその中心に立っているのは、ウタもよく知る顔…ルフィだった。
「何…なんであのメンツが…?」
困惑するウタの近くので、二人の若い海兵が驚愕の声を上げていた。
「麦わら〜!!?」
「インペルダウンに捕まったって聞いてたのに…やっぱりあの人凄い…!!」
「…ん!?」
その会話を耳にしたウタがその二人の元に飛び込む。
突如現れた若い海兵の顔が驚愕に染まる中、気にせずウタが続けた。
「ルフィがインペルダウン?どういうこと?」
「せ、セイレーン…!?」
「いやその…ルフィさんが火拳のエース奪還のためにインペルダウンに潜入したとの話が本部で…まさかあれほどの囚人と共に出てくるとは」
「…はー…なるほどねぇ」
クロコダイル、ジンベエ、イワンコフ…確かにウタからしても衝撃的なメンツだ。
それも一度会議で見たことのあるクロコダイル、そして初対面の七武海、海峡のジンベエがまさかルフィの味方に着くとは思いもしなかった。
「…つまりルフィが死にかけてたのはインペルダウンか…ありがと」
「あ…いえ…それよりあなた…っ!」
海兵の反応にウタが振り向けば、そこにはクロコダイルを退けたルフィが白ひげと並び立つ姿があった。

「…あいつ、どこまで馬鹿なの…?」
よりによってその男に並んで海賊王を豪語するとは。
度胸だのなんだのの話ではないだろうとウタが呆れ声を漏らす。
「…まぁ、その方がルフィらしいか」
飛び出していくルフィに笑み浮かべながら、ウタも武器を構え直した。
ひとまずルフィに聞きたいことは山ほどある、そのためには…まず、目の前のごろつき共を蹴散らしながら進む必要がありそうだ。
〜〜

ルフィは今、戦場を駆け抜けていた。
イワンコフに黄猿とくまから庇われ、立ちはだかるモリアはジンベエが足止めをしてくれ、そして先程相対したスモーカーはハンコックが手助けしてくれた。
更にはハンコックの手で兄、エースの手錠の鍵も得ることができた。
現状はかなりことがうまく運んでくれている。
「ハァ…ハァ…ほんと…あいつには助けてもらってばっかだな…!!ハァ…」
息を切らしながらも走り続けるルフィに、一人の将校が刀を振りながら迫る。
「そこまでだ"麦わら"ァ!」
「この…"ゴムゴムの"…ん!?」
ルフィが拳を構えたとき、目の前でその将校が横腹に何かを食らったかのように吹き飛んだ。
それに困惑する間もなく、ルフィに休息で近づく人影がある。
人影が振るった…そのあまりに遅い槍を、ルフィは両手で軽々と受け止めた。
「あ、ウタ!!」
「久しぶり…どころじゃないよね、この前ぶりだねルフィ」
笑みを浮かべながら名を呼んでくるルフィに、ウタが遠目で分からぬ程度に小さく笑みを返す。
「悪ィ、会えたのは嬉しいけど、おれ今急いでんだ!!」
「あっそう、でもとりあえず私の質問にも答えてもらう…よっ!」
槍を振り抜きながら、ウタがマイクを構えた。
「やべっ!」
辺り一帯への衝撃波を避けつつ下がろうとするルフィに、尚も追撃を仕掛けながらウタが問いかけた。
「まず一つ!あの処刑台の上の彼がお兄ちゃんってほんと!?」
「ほんとだ!エースはおれの兄ちゃんだ!」
「二つ!あんたの父さんほんとに革命家ドラゴンなの!?」
「そうらしい!おれもじいちゃんに聞いただけだ!」
「あんたらしいかもね…三つ!インペルダウンで死にかけた!?」
「マゼランに毒でやられかけた!イワちゃんとボンちゃんいなかったら死んでた!」
「やっぱりね…無茶して…」
問答を繰り返しながら槍と拳で鍔迫り合いを繰り返す二人の中、ウタが小声で呟いたあと再び向き合った。
「おい、もういいだろ!?お前も戦う気ねェなら行かせてくれ!」
「これが最後!あんたに一つどうしても聞きたかったこと!」
戦場の中、二人にとっては鈍すぎる槍を受け止められながらウタがルフィに迫る。
「……あんた、海賊女帝とどういう関係?」
「…?ハンコックか?」
「うん」
先程の"鯖折り"の瞬間は、ウタもはっきりと視認していた。
そしてその聴力が、悲しいかな二人の会話もしっかり捉えてしまっていた。
「ん〜…あいつ、色々助けてくれたんだよ、おれの恩人だ」
「…恩人?それ以上でもそれ以下でも?」
「ん?おう、多分」
「…そっか」
なまじハンコックの"愛しき人"発言も聞いていたウタにとっては拍子抜けだったが、まぁそれならいいだろうと力の抜けた槍からルフィの手が離れようとしたとき、二人の上空に影が差し掛かった。
「魚人空手…!!」
「ま、待ってくれジンベエ!」
ルフィの静止にジンベエの拳が止まる。
ルフィの隣に着地したその男をウタは見つめていた。
「…はじめましてだね、"海峡のジンベエ"…七武海のときは結局一回も会わなかったね」
「お前さんが"セイレーン"か…悪いがわしらの邪魔は」
「あー、もう行っていいよ」
「…は?」
呆れるジンベエを余所にルフィが前に駆けていく。
「それじゃ悪い、おれそろそろ行くよ!」
「あんま無茶しないでよ、あんたボロボロなんだから」
「おう、ありがとうウタ!」
笑顔を残して去っていくルフィにウタが苦笑する。
「…もう、少しは隠してほしいんだけど…ほら、あんたも行きなよ」
「…いいのか?お前さん、彼と知り合いか何か…」
「ほらほら、はやく行かないと…たしかあっち鷹の目のおじさんがいたほうだよ?」
「何じゃと!?急がねば…!!」
そう言ってルフィを追いかけるジンベエを見送りながらウタは考える。
果たして大丈夫だろうか。利敵行為と見ぬかれはしないだろうか。
「…ま、大丈夫でしょ」
億超えルーキーと七武海を同時に相手はできないとでもいえばなんとかなるだろう。
「それに…ふん」
「がっ…」
背中から剣を振り上げていた囚人服の海賊を一突きで仕留める。
「…他のやつには遠慮する気にもならないしね」
そう言いながら、ウタが再び槍を構え直す。
「…少しはお膳立てしてあげたから、あとは頑張りなよ」
ウタとて、考えなしにルフィと相対したわけではない。
"鷹の目"の好奇がルフィに向いていると分かった瞬間、ウタは海兵を飛ばしてでもルフィと対面した。
その後は槍と衝撃波でルフィを追い詰める…ように見せながら、こっそりと港に近づかせた。
ルフィの味方であるジンベエとの合流も誘導できた。
我ながら完璧と呼べるだろう。
「今は、あとはルフィの無事を祈るのみ…私も張り切って生き残らないとね」
そう言いながら、ウタは海兵たちに注目していた。
海兵たちの動きに違和感があったが、少しずつ港に上がるものが増え始めていた。
「…さて…ここからどうなるのか…そろそろ、本気で能力も考えないとね」
己の手札を考えながら、ウタは槍を一閃させた。
その後、戦争は一気に加速することになる。

海軍の新兵器投入。

謀略による白ひげの手傷、そして参戦。

秘策、包囲壁作動。
海軍有利の中の戦局で、尚も折れることなく進むルフィ。
そして敵対の立場ながらもそれを遠目で見守るウタ。
彼女のもう一つの『再会』の時は、着々と迫ってた。
