セイレーンと麦わら帽子㉗

セイレーンと麦わら帽子㉗



バーンディ・ワールドの事件より数日。

"凪の海"にある女ヶ島に、ある一席の船が停泊していた。

その船の名は「ディブレーマ・ジレーネ号」。

七武海となったウタが政府より支給された人獣共同生活とウタウタの力を最大限活かす設備の整った海賊船である。


そして今、島の中心である九蛇城近くの闘技台には多くの九蛇の戦士の歓声が響き渡っていた。


「"八岐大蛇"‹ヤマタノオロチ›!!」

「"炎の炎神"‹サラマンダ›!!」


ゴルゴン三姉妹の次女サンダーソニア。

同じく三姉妹の三女マリーゴールド。

二人のうねり、燃える髪が闘技台の中央…そこに立つウタめがけて牙を向いていた。


「出たわ、お二人の切り札!」

「あの蛇姫様と同じ七武海って娘、どう凌ぐのかしら…!?」

観客達が興奮さながらに見守る中、静かに立ち尽くしていたウタが動いた。

手に持っていた槍の先を地に突き刺し、腕を黒く染め…マイクに向け、息を吸った。


「"衝撃咆哮"‹インパクトボイス›!!」


突き刺さった槍を中心に広がった衝撃波が、眼前に迫るすべての攻撃を掻き消した。

それでも止まらぬ咆哮が姉妹二人の体を捉え、耐えきれずに体勢を崩す。

それでも蛇の体を使ってすぐに立て直した二人にウタが槍を構え直したその時だった。


「そこまで!」

闘技台奥、皇帝用の玉座に腰を下ろしていたハンコックが終了を宣言した。

「ウタ、そなたの実力は皆も把握したであろう…皆この者をわらわの客人と思い、歓迎せよ…よいな!」

『ハッ!』

皇帝の言葉にその場で膝をつく戦士一同に、ウタが息を漏らす。

「…凄いね、流石大海賊」

「姉様は伝統ある九蛇の長だもの…あなたもよく学んでいくといいわ」

「ルフィの友人であり恩人でもあるあなたも既に私達の友人同然…ゆっくりしていくといいわ」

「うん、ありがとう、二人共」

そう、今日この日より、ウタのハンコックの元での修行が始まる日だった。


〜〜

「能力じゃな」

「能力ね」

「能力でしょうね」

「やっぱりそうだよね〜…」

闘技台での余興と挨拶を交えた武闘会の後。

城の中で全員に共通の課題を突きつけられたウタが唸る。


「あなたは年の割に体も覇気も悪くない…このままここで鍛錬を続ければ立派な戦士になれると思うわ」

「武器も悪くない…あの衝撃波は使いようで様々な戦いに対応できるしね」

「しかし問題は能力…そなたの悪魔の実の力、とても格上と戦うのには不向きであろうな」

「うーん…やっぱりねぇ…」


ウタウタの実。

歌を聞いたものの心を夢の中に閉じ込める超人系の悪魔の力。

有象無象の大軍を制圧するのに適したこの能力はしかし、ウタ自身もいつまでも通用するとは思ってなかった。

「…仮にハンコックさんだったら、これ防げる?」

「そうじゃな…今のわらわでは、防ぎながら万全の戦いとはいかんじゃろうが…それでも防ぐことはできよう」

「うーん……そっかぁ…」

超人系の能力の弱点。

それは強力な"覇気"によって打ち消されることもあるということだ。

それはウタウタすら例外ではなく、覇気で守られてはどれだけ歌を聞かせても意味がない。

それをウタは予めシャンクスから聞くことが出来ていた。

「シャンクスや四皇は"覇王色"も纏えるって言うし…まず聞かないんだろうなぁ…」

「そなたもたいした人脈よな…しかしその通りじゃ、今の能力では限界がある…そこで」

ハンコックが2本の指を立てる。

「そなたには二つの道がある…能力を捨て覇気を鍛えるか、能力を更に伸ば」

「伸ばす」

「………」

言葉を遮るほどの即答に、思わずハンコックが目を背けた。

「本気か?確認しておくがまず険しい道じゃぞ?」

「分かってる…上手くいくかも分からかい…でも」

ウタが強い眼差しでハンコックを見る。

「私はウタで新時代を作るって決めた…だから歌もこの能力も最大限活かす…そう決めてるの」

そのまま体勢を直し、改めてウタが頭を下げた。

「あなたの能力が、生き物を魅了するって枠から更に成長してるってことも戦争でよく分かった…だからこそ、あなたにお願いしたい…私に、あなたの元で修行させて欲しい」

まっすぐと言い切ったウタにハンコックがしばし示唆し、やがてため息を付いた。

「…面倒を見ると行った手前仕方ないの、わららも腹を括ろう」

「…ありがとう、ハンコックさん」

「…さて」

ハンコックが立ち上がり、横の妹二人に声をかけた。

「マリー、ソニア、前もって話した通りそなたらはしばしわらわの仕事の一部を代わりに頼んだぞ」

「了解しました、姉様」

「行ってまいります…がんばりなさいよ」

二人が退出していったのを確認したハンコックが、指先に小さなハートを生み出した。

「そなたも知っての通り、わらわの能力は魅了された愚かな男を石にするだけではない…自我なき砲弾や武器を石にすることもできるし」

指先を壁に構え、ハンコックがハートを撃ち出す。

弾丸のようなそれは、見事壁に穴を開けた。

「このような事もできる…ゴムであるルフィのような能力者にも効く技じゃ」

「わぁ………ん?」

感心の息を吐いたウタだったが、ここで異常に気づいた。

ハンコックが見るからに顔色を悪くしている。

「…まだそなたのことをよく知らなんだといえ…わらわはなんてことを…許してくれルフィ……」

「ちょ、ハンコックさん!?戻ってきてハンコックさーん!?」

…いきなりしょげてしまったハンコックをウタが慰めるのに、10分ほどかかってしまったのだった。




「…おほん、ともかく、同じ超人系の能力者であるそなたも十分能力を強化する見込みがあるはずじゃ」

「う、うん……もし上手く行けば、夢の中での力を現実でも…」

持ち直したハンコックに、改めてウタが意識を高める。

「夢の中のそなたはそれこそ無敵…という話じゃったか…しかしその域となると、覚醒が必要やもしれぬな」

「覚醒?…聞いたことはあるけど、なんなのそれ?」

疑問を浮かべたウタにハンコックが顎に手を添えながら答えていく。

「簡単に言えば、能力を己以外に影響するようにまですることじゃ…己の心身が能力に追いついた時に起こるらしい」

「自分以外に影響…心身が追いつくってどういうこと?」

疑問を重ねるウタにハンコックがため息を付きながら答えをつづけていく。

「簡単な話ではないであろう…きっかけがあればともかく、普通はひたすら戦いの中で能力を磨かねばならん」


「…きっかけ?」

「うむ…覚醒に限らず、そなたの能力を現実に引き出すためのきっかけ…そんなものがあれば苦労は…どうした?」

「………」



突然何かを考えるように黙り込んだウタを前にハンコックが不安を感じ始めた…その時だった。


「あ」


思わず声を漏らしたウタのその脳裏に、先日の父の言葉がよぎった。


『そうだ』



『あの日、あの島はある存在に滅ぼされた』


「…もしや、あるのか?きっかけ足りうるものが」

「……」

「……ウタ?」


『エレジアを滅ぼしたのは…ウタウタの実によって現実に目覚めた存在…その名を─』


ᚷᚨᚺ … ᚷᚨ……ᚨᛏ ᛏ…ᛒᚱᚨᚲ

脳裏に、夜空を赤く染めるあの日業火と共に…あの忌々しき旋律が耳に届く。

実際そんなはずはないというのに、ウタにはそう感じられてならなかった。


『歌の魔王、トットムジカ』

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