スレッタ・マーキュリーを地上に降りた最後の処女(めがみ)と信じていた男子生徒の脳が破壊される話
──スレッタ・マーキュリーはこの世に降り立った最後の処女(ヴァルキリー)なのである。
アスティカシア学園に通うとある男子生徒は、至極真剣にそう思っていた。
見目が良く家柄も良かったその男子生徒は、それを目当てに女から媚を売られることが多く、半分程女性不信に陥りかけていた。そんな男子生徒を救ったのが、地上に降りた最後の処女ことスレッタ・マーキュリーなのである。
あの無垢なる笑顔、純粋な眼差し、分け隔てのない優しさ、そして圧倒的な強さ。最初は水星なんて田舎からの転入生などと馬鹿にしていた男子生徒だったが、とあるきっかけでスレッタ・マーキュリーと知り合ってからというもの、彼女に夢中になっていた。
しかし男子生徒の想いは決して邪なものでなかった。彼女と触れ合うなど恐れ多いと思っていたし、本心から彼女を純粋無垢なる処女だと信じていたので、彼女と性的な接触を持つなどもっての外だという信念すらあった。
その日、男子生徒は人気のない森を散歩していた。木々の木立からがさがさと怪しい物音がした時、男子生徒はすぐにピンときた。──さてはここでしけ込んでいるやつらがいるな。
閉鎖的な学園内では、そういうことができる場所は限られている。人気もなく暗い森林ゾーンは、そんな奴らの格好の餌場なのだ。男子生徒はひどくげんなりした気分になった。なんと穢らわしいやつらなのだろうか。少しはあの無垢なる処女、スレッタ・マーキュリーを見習ってほしい。
ああ女神よ、どうかこの穢されてしまった自分をお救いください、と念じながら踵を返そうとした瞬間、男子生徒の耳に信じられないものが飛び込んできた。
それはスレッタ・マーキュリーの喘ぎ声だった。
(……っ!?!?)
男子生徒は真っ青になって咄嗟に身を隠した。何故か分からない頭痛がして、胃の中のものが逆流しそうになっている。嘘だ嘘だ嘘だ、彼女がそんなわけ、そんなことありえるはずがないんだ。
そう呟きながらそっと目を開くと、そこには紛れもなくスレッタ・マーキュリーの美しい赤色の髪があった。
正確には、白い手袋をした手にがしりと後頭部を掴まれ固定され、びくびくと震える身体に沿って揺れる赤毛が。
「ん、ぁ、ふぁ…♡あン、えらんしゃ……♡♡」
「ん、んん…」
それはエラン・ケレスとスレッタ・マーキュリーだった。
二人はお互いしか世界に存在しないとでも思っているかのように、まるで一つのそういう生き物であるかのように身体を絡ませ合いながら口付けを交わしていた。
しかし男子生徒はそれが口付けだと理解するのに暫くかかった。それは口付け、キスと表現するにはあまりにも生々しく、淫らで、卑猥なものだった。
舌を突き出してお互いに絡ませ合い、じゅると音を立てて相手の唾液を啜り合っている。だらりと溢れた銀の雫は王子様のそれのように整えられたエランの制服に垂れかかっているというのに、二人はまるで気付いた様子もなく、或いはそんなことは知ったことではないという風にぐちぐちと淫らに唇を貪り合っている。こんなものは口付けと言えるものか。これはキスなどという生優しいものではなく、セックスの延長だ。この二人は今性交をしているのだ。男子生徒は自分でも気付かぬうちに涙を溢していた。
スレッタはもうほとんど腰が砕けてしまっているようで、くたりと弛緩した身体でエランにしなだれかかっている。そこに男子生徒の知っている無垢で勇敢な彼女の姿はなく、あるのは圧倒的な雄に従属し媚びて誘惑している、発情した雌の姿であった。
やがて永遠のような交わりが終わった瞬間、スレッタはくたりとエランの腕の中に崩れ落ちた。エランはまるで予見していたかのようにそれを事も無げに抱き止めると、スレッタに何事か囁いてその腰を抱いた。ふらふらとした足取りで、エランにしがみつくようにして立っているスレッタを我が物のように抱きながら、エランは悠然と去っていった。
男子生徒は、それから二度とスレッタ・マーキュリーの顔を見ることができなかった。