スレッタがエランの看病をする話
何となく、エランの様子がいつもと違う気がした。
今受けている講義はパイロット科の選択必修であり、エランも受講していることは知っていた。大体の定位置も把握しているので、その席からやや後ろに座り、講義を聞きながら時折エランを見ることがスレッタの癖になっていた。
いつもは端末でメモをとりながらスライドを見ている彼が、今日はこくりこくりと頭を動かしている。船を漕いでいるようだが居眠りするタイプではないし、タッチペンは握っている。ただ、首筋の血色は青白い。
「では、今日はここまで。」
講師の合図とともにチャイムが鳴る。大体の学生は、荷物を纏めるとさっさと退室した。しかし、エランは3分くらい経っても動こうとしなかった。
「エランさん、どうかしましたか?」
「……スレッタ・マーキュリー。」
声を掛けると、エランが顔をあげた。その表情はぼんやりとしていて覇気がない。よく見ると、首筋から汗が流れていた。
「ちょっと失礼しますね。」
エランの前髪を上げて額に手を当てると、予想してた以上に熱い。
「エランさん、体調悪くないですか?」
「大丈夫…ッ。」
エランは立ちあがろうとしたが、バランスを崩してよろけた。スレッタがすぐに反応して支えたから倒れなかったが、どうみても大丈夫ではない。
「エランさん、医務室に行きませんか?」
「…ほんとに、大丈夫だから…。」
「そんなことないです。今のエランさんは寝てるべきです。」
「それなら、寮の自室に戻るよ。」
「なら、私にエランさんの看病をさせてください。」
水星ではレスキュー活動をしていたから慣れているんですよ、とスレッタは安心させるために微笑んでみせた。
部屋に着き、エランをベットの淵に座らせた。
「制服の襟首、少し広げますね。あと、着替え用の部屋着と汗拭き用のタオルも準備します。」
「……両方ともあそこのキャビネットにある。」
はい、と答えてスレッタはエランが指差したところにあるキャビネットから服とタオルを取り出した。エランに部屋着を渡してから、スレッタは部屋の外の洗面所でタオルを湿らせた。戻ると、部屋着に着替えたエランが顔を赤くさせながらベットの上で丸まっていた。
「汗、拭きますよ。」
額やほほ、首筋をタオルで拭うと苦しそうな表情が和らいだ。いつもはキリッとした表情をしているが、今はあどけない同年代の少年の顔をしている。
そっと布団をかけて軽くトントンと背中をさすると、荒い呼吸が少しずつ規則正しいものになった。この様子では、しばらくは目を覚まさないだろう。
「買い出しに行ってきます。」
薬や冷却シート、スポーツドリンクなどの必要そうなものを生徒手帳にメモをする。書き終えてからベットの側に置いた椅子から立ちあがろうとすると、ハーフパンツの裾を引っ張られる感覚がした。
「……ありがとう、スレッタ・マーキュリーィ…。」
おそらく無意識なのだろう。エランの手がスレッタのハーフパンツを軽くつまんでいた。エランの瞳は閉ざされたままで、スゥスゥと寝息をたてている。
「そんなことないです。私の方こそ、いつもエランさんに助けられています。」
いつもありがとうございます。スレッタは屈みながらエランの寝顔の前で囁いた。途端に照れ臭くなり、いつもより早歩きで売店へ向かった。