『スリラーバーグ編 序幕』
〜ルフィ一行の新海賊船、
サウザンドサニー号─
船は順調に航海を続けている〜
その日、一味はそれぞれ思いのままに過ごしていた。
釣りを楽しむ者、優雅に茶を嗜む者、新たな風呂を楽しむ者、己の縄張りを得た者、水平線を眺める者、
そして…
「う〜ん……ここはこっちのがいいかな…」
サニー号地下防音室。
内外の音の通過を限りなく阻むこの部屋で、ウタは壁の五線譜と向き合っていた。
フランキー設計のこの部屋はまさに理想だった。
防音機能は勿論、壁にどれだけアイデアを書いても心配はない。
汚れてもすぐにまた壁は白く戻すことができる。
これまでのメリー号では汚してはナミに怒られていたが、この部屋ではそんなことはない。
思う存分己の頭の中の旋律を描くことができるのだ。
先程リフトで降りてきた紅茶とパンケーキに舌鼓を打ちつつ楽譜の続きを考えていると、
突然部屋の扉が開かれた。
「ウター!!あ、おやつ食ってる!!」
部屋に入ってきたのは船長ルフィだった。
先程まで外にいたからか、潮風の匂いがほんのりする。
「ルフィ、釣りしてたんじゃないの?」
「いやーそれがよー」
それからルフィがウタにその日の成果を話し始めた。
やれサメがどうのタコがどうのウソップがどうの、
相変わらず楽しんでいるようである。
「いやー、ほんとすげーよなサニー号!!」
「そうだね、フランキーには感謝しないと」
フランキー一家との揉め事やメリー号の件も記憶に新しいが、
全てはもう過ぎてしまったこと。
一家とは和解もメリー号との別れも済んだ。
今はこの新しい船で先の海…「新世界」に挑むのだ。
「ん?これ新曲か?」
「ん?まぁね、ほら、例の曲」
ウタが作っていた曲は、3年近く前から作曲を続けていたものだった。
フーシャ村、コルボ山での修行時代、いつかの父親との再会の日までに完成させると夢見た曲だ。
「でも、せっかくなら伴奏も欲しいなぁ…新しいインスピレーションになりそうだし」
ウタは歌に関してはかなりの手腕だが、楽器の方はほぼさっぱり、
船にあるフランキーのサービスの楽器も腐ってしまっていた。
「あとはまぁ弾き語りも考えようかなぁ、歌だけじゃやっぱり盛り上がりに欠けるし」
「そうだな…おれ達もそろそろ欲しいなぁ、おれ達の音楽家!!」
「だよね〜……ん?おれ達の?」
同意しながらのルフィの言葉に、ウタが反応した。
「だって、ウタはシャンクスの船の音楽家だろ?おれ達もこの船の音楽家欲しいよなって!!」
「あ〜まぁね…せっかくなら楽器も使える人がいいよね〜」
「だよな〜…じゃ、おれもおやつもらってくる!!」
「はいはい」
慌ただしく部屋をまた飛び出すルフィを、手を軽く振りながら見送り…
扉が閉じられるとともに、ウタは背もたれによりかかる。
ルフィは強くなった。
ウォーターセブン、エニエスロビーの件で船長としてまた一つ成長し、
大海賊に近づいている。
そしていよいよ、この船は"偉大なる航路"の後半に入ろうとしている。
幼馴染として、ウタもそれが誇らしくもあった。
…では、この思いはなんだろう。
時々、ウタは自分の心が分からなくなっていた。
空島、DBF、そしてエニエスロビー…多くの事件に巻き込まれる中で、
自分の立場を考えることが増えたように感じる。
このまま、ルフィはきっと新世界に乗り込んでいく。
そこで冒険と戦いを繰り返し、いつかはシャンクスと会う日が来る。
では自分は?
その時、きっと自分は正式にシャンクスの元に帰ることができる。
"赤髪海賊団音楽家"として、あの船に、仲間達に、父のもとに帰れる。
それはつまり、この船と、この仲間と、そしてルフィと、
……自分は、"麦わらの一味"と──
「おひウタ!!!」
「うわっ!!?」
口に何か頬張ったルフィが再び勢いよく部屋に飛び込んできた。
あまりの勢いについ後ろに椅子ごと倒れてしまう。
「いたた…何いきなり」
「ゾロがょ、樽が流れてきたって!!宝かもしんねェぞ!?」
「樽…?分かった、すぐ上行く」
「おう!!」
そう言うとまたルフィが扉の向こうに消えていく。
相変わらず慌ただしい。
「…全く、もう……」
苦笑しながらも、立ち上がろうとすると、右手に鈍い痛みを感じる。
確認すると、少し切れていた。
今ペンで切ったのかもしれない。
ほんの少し指先から血が出ている。
『─ᚷᚨᚺ ᛉ…ᚨᚲ ᚷᚨ………ᚨᛏ ᛏᚨᛏ…ᚱᚨᚲ……』
…頭を抑える。
幻聴だろうか。
…前にも、こんなのを聞いた気がする。
それがいつどこかも思い出せぬまま、ウタは部屋をあとにした。
〜このあと、彼らは再び大きな戦いに放り込まれることになる
魔の海、ゴースト島、ゾンビ、影の支配者〜
〜そして、50年の約束を目指す、
一人の骨の『音楽家』〜
〜霧の中で、再び少女を迷いと試練が襲うことになるが─今はまだ、誰も知らない物語〜
to be continued