スリラーバーク編inウタPart10

スリラーバーク編inウタPart10


ブルックが仲間入りを果たした宴から2日後、ルンバー海賊団の遺骨と目を覚ましたゾロの死んだ刀"雪走"の供養が済んだ麦わらの一味は次の冒険へ行く為に船を出そうとしていた。


「別れ難いなァお前ら、もう2・3日宴やってこうぜ!!」

「だめだ!!次"魚人島"なんだ!!おれ楽しみなんだ!!面白ェ奴いるんだろうな〜〜!!!」

「魚人島といえば"海底一のディーバ" マリア・ナポレさんがいるんだよね!!早く行きたいなァ〜〜!!!」

「美しい人魚達と!!おれは戯れるんだゥン♡」

「人魚さんのパンツ、見せて頂いてもよろしいんでしょうか…」


魚人島へ思いを馳せる面々の中でも特に人魚に惹かれるサンジとブルックにリスキー兄弟の片割れはバカ言ってんじゃねェと忠告する。


「人魚は………パンツなんかはかねェよ……♡


マーメイDO♪と騒ぐ3人を放っておいてウソップはリスキー兄弟のもう片方になぜ詳しいのか聞くと、どうやら彼らは3年前に魚人島を通ってきたというのだ。


「ローラ、あんた達"新世界"へ行ってたの?」

「行ってたんじゃなくて新世界の生まれなのよ!私のママが海賊やっててね………!!あ、そうだわ…!!」


そう言い取り出した一枚の紙を半分に破いたローラはそれを"ビブルカード"と呼んでナミに渡す。

どうやら相当貴重なものらしいのだが、ビブルカードという初めて聞く単語にクエスチョンマークを浮かべるナミにローラはその紙の説明をし始める。

自分の爪の切れ端を混ぜて出来る濡らしても燃やしても平気な一枚の特殊な紙、それが別名"命の紙"と呼ばれるビブルカード。それを離れていく親しい者に渡しておくと、離れたカード同士が世界中どこにあっても引き合う為いつでも元のカードの持ち主のいる方角が分かるという便利なアイテムだ。

自身のサインを入れてママに会ったら元気でやってたって伝えてねと言われ渡されたビブルカードを見てルフィはあることを思い出す。


「おれ、それ一枚持ってるかもな。もしかして…」

「今私もそう思った……前に私達がエースに貰った紙…ナミが貰ったやつと同じじゃない?」


かつて兄であるエースからおれとお前達を引き合わせると投げ渡された一枚の紙切れ。大事な物なのかと思い自分の宝物である麦わら帽子に忍ばせておいたそれを、ルフィはそういう意味だったのかと取り出す。

が、それを見たローラ達は少し青ざめた表情をしていた。


「あれ?ルフィ、なんかコゲて小さくなってない?」

「ちょっとアンタ!それ見せて…これは確かに"命の紙"……でも、まだ言ってなかったけどこの紙は持ち主の"生命力"も啓示するのよ!!これ……あんた達の大事な人でしょ?」

「ああ、おれの兄ちゃんだ」


「気の毒だけど



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ローラ達と別れ、怪奇の海を抜け出した強運を持つ麦わらの一味の船はひき続き指針の示す海底への楽園へとひた走る。

新しく仲間になった音楽家のブルックの陽気な音楽に彩られながら進む航海の中でナミはルフィとウタへ本当にいいのかと問いかける。


「ん?ああ…エースの紙か?いいんだ、気にすんな」

「ありがとうナミ。でも大丈夫だよエースなら」

「お二人とも、私構いませんよ!?寄り道しても!!今さら私とラブーンに時間などさしたる問題じゃありません。"生きて"!!"会う"!!!これが大事!!」

「うおお〜〜っ!!!会いに行こうぜ兄弟クジラ!!」

「ルフィ、ウタ!おれ達ァ全員寄り道上等だぞ」


船長の一声さえあれば全員エースの無事を確かめようと船の進路をビブルカードの指し示す先へと切り替える事に文句はないという雰囲気の中、ルフィは切り出す。


「いやいいんだ本当に!!万が一本当にピンチでもいちいちおれ達に心配されたくねェだろうし、エースは弱ェとこ見せんの大っ嫌いだしな」

「そうそう!行ったって私達がどやされるだけだし、私達は出会えば敵の海賊だもん」

「エースにはエースの冒険があるからな」


そこへ厨房から酒の入った樽型のグラスを10個持って出てきたサンジがそれを全員に渡して回りながらローラから聞いたビブルカードの特徴を口にする。


「…………その"ビブルカード"ってのは本人が弱ると縮むだけで、また元気になったら元の大きさに戻るそうだな」

「うん、会うならそん時だ!!その為にエースはこの紙をおれ達にくれたんだ!!な!!」

「フフ…!!その時が楽しみだね!!」

「そういやゾロ、おめェずっと寝てたからまだやってねェよな〜」

「ん?」


全員にグラスが行き渡ったのを確認したウソップが改めましてと号令をかける。


「新しい仲間"音楽家"ブルックの乗船を祝してェ」

『乾盃〜〜〜イ!!!』

「お世話になりまーーす!!!」


改めて全員でブルックの乗船を祝った一行は引き続き偉大なる航路を突き進む。雨の如くふりかかる飴玉を躱し、化けて出る海タヌキから逃げ出し丸虹を追いかけ、遊蛇海流の海を1曲歌いながら乗り越えていく。

そんな偉大なる航路での航海を続けてから数日後、彼らはようやく辿り着く。


「…………来た……とうとう来たんだここまで!!!」

「何だか"懐かしい"様な……感慨深いわね……」

「​────あの日は…ひどい嵐だったっけなァ」

「あれからちったァ成長したのかね…おれ達は」

「………………私!!50年もかかりました…ヨホホホ」

「しししし!!とにかくこれで"半分"だ!!ラブーンに会った双子岬は海の反対でこの壁とつながってる!!​───誰一人欠けずにここへ来れて良かった!!」

「てっぺんが見えねェ………!!でっっっけ〜〜〜〜!!!これが!!」


「何だか泣けてくらァ、色んな事あったなァ…………!!」

「大冒険に次ぐ大冒険…とうとうここまで来たんだね……!!」

「おれは物心つく前に"南の海"からリヴァース・マウンテンを超えたらしいが、30年以上前の話か…」

「私は"西の海"から5年前…この海に入った…」


皆が思い思いのことを口にする中、ルフィは船首に立ち麦わら帽子を抑えながら赤い大陸を見上げる。


「世界をもう半周した場所でこの壁はもう一度見る事になる…………その時は

おれは海賊王だ!!!しししし!!」


海賊王になる為の道筋のおおよそ半分の航路を進んだ事を実感しながらも、次の海 "新世界"へと足を踏み入れる為に指針の示す海底"魚人島"への航路をルフィ・ロビン・ブルックの3人がシャークサブマージで潜水し探る中、ウタは防音完備の作詞・作曲部屋で新しい曲作りのためにペンを走らせていた。


「おどろおどろしいスリラーバーク……!!ホラーテイストな曲が作れそう……それに凄いねブルックは!!ここにある楽器全部演奏出来ちゃうんだもん!!」


そう言い視線を送る先にあったのは、フランキーが気を利かせて作曲用にと用意してくれた各種楽器の数々。だがウタはあくまでも歌うことが専門で作詞作曲は出来るものの、楽器の演奏までお手の物というわけにはいかなかった。

長らく宝の持ち腐れとなっていた楽器達はようやく自分達の真価を発揮してくれる音楽家が表れたとブルックが手入れしたことで艶が出て光り輝き、喜んでいるようであった。


「あれからブルックと色々話したけど…凄かったなァ〜……古今東西色んな曲を知ってるし、楽器の演奏だけじゃなくて歌も上手いし即興で曲も作れるし……!!でも歌と曲作りに関しては負けてないからね!!!」


誰かに言うでもないその宣言は高性能な防音壁に吸われ消えていく。

ふと、頭の中に湧くインスピレーションのままに壁中に走らせるペンを止めたウタはブルックが仲間になるに至った経緯を思い起こしていた。


「……まさかブルックがあのラブーンの待ち続けていた海賊団の生き残りで、アフロでヨホホな音楽家だっただなんてね……!!初めて見た時はそんな事微塵も思わなかったよ。相変わらずルフィは先見の明を持ってるね〜」


過去にルフィがサンジやチョッパーといった優秀なコックや船医を仲間に加え入れたのは、彼らの能力を見込んだのではなく腹を空かした奴に食わせてやる気前の良さや七段変形面白トナカイであることを見込んでの事だった。

そして今回も同じく、ブルックを仲間に誘ったのは音楽家としての一面ではなく喋るガイコツアフロであることを見込んでのもの。

それがラブーンの仲間で音楽家で…その先見の明っぷりはルフィが未来の海賊王である事をより補強する材料だとウタは微笑んでいた。


「でもほんと良かったァ〜!!この船に正式に"音楽家"が乗ってくれて…あいつ船出してからずーっと欲しがってたもんね……!!

………………あいつはこの赤い大陸も超えて新世界に名乗りを上げて、勢いそのままにラフテルまで辿り着いて海賊王になるのかな……………でも」


そこに自分の居場所はない。私は"赤髪海賊団の音楽家"だから……喉元まで出かかっていたその台詞を言葉にすることなくウタは呑み込んだ。

新世界で名を揚げ、立派な海賊になればルフィはいずれ約束を果たす為にシャンクスから預かった麦わら帽子を返しに行く。その時には自分も麦わら帽子と共にルフィの元からシャンクス達のいる赤髪海賊団へと帰ることになる。

それはウタ自身が望んでやまなかった事であり、今もその気持ちに偽りはない。だがどうしてだろう。心の奥底のどこかでそれを望まない自分がいるようにも感じる。


「………ッ!!………またこれだ…チョッパーにはどこも異常はないって言われたのにな〜」


ウタは近頃、突発的に来る頭痛に悩まされている。何かに悩んだり迷ったり、それにより心の中に暗い影を落とした時にだけキーンと走る頭痛。幸いその痛みが長期化することはなく、ほんの一瞬であるために航海や生活に支障をきたすほどではないからさほど気にはならないが。

とはいえそれは決して心地の良いものではない。そもそも発生する要因である心の中に暗い影を落とした時というのがウタにとっては頭の痛み以上の苦痛なのだ。


「………一番楽しい場所はいつだって自分の中にある……はずなのに…最近全然楽しくないや……………ああ〜もう!ウジウジしてたってしょうがない!!気分転換に私もびっくりプール入ろうかなー!!部屋から水着と浮き輪持ってこっ!!」


ウソップとチョッパーが泳いで楽しんでいるびっくりプールに自分も入ろうと思い立ち、作曲作業を中止し芝生甲板に上がり女部屋へと足を運ぶウタ。

そこでどの水着を着ていこうかと吟味している最中に、先程考えていた事が頭を過ぎる。


この船と先代であるメリー号での冒険の数々はウタの心を大きく震わしていった。

行く先や島々で出会う人々や新たな仲間達、初めて手に入れた自分達の海賊船、偉大なる航海へと入る前の進水式、砂の国を巡る強大な敵との激突と今は目に見えない仲間の印、上空1万mまで飛び神を名乗る者達と戦い、世界政府へ宣戦布告し仲間を取り返して、大事な仲間との涙の別れを経験し、巨大なお化け屋敷での激しい攻防。

これまでの全ての冒険はウタの身と心に刻まれている。そしてこれからやってくる冒険もまた彼女の心身を豊かにしてくれるだろう。

だというのに、これから訪れるであろう冒険に少し尻込みしている自分がいる。今までは自分達はまだ駆け出しだと、ただ目の前の出来事に驚き感心し楽しんでいただけだったが、もうすぐ新世界入りを果たし偉大なる航路での航海も後半戦と差し掛かってきた事で冒険の終わりを、ルフィ達"麦わらの一味"との別れを実感を伴ってウタは感じてしまったのだ。

ふとウタは周囲を見回す。女部屋にはナミとロビンの物以外にも当然、自分の私物も多く置かれている。目の前のタンスに収納されている私服の数々、ナミ達と互いにつけ合ったりもする化粧品や小物、壁に立てかけられているウソップに作ってもらった音響槍・完成版、他にも挙げればキリがない程のウタの私物が女部屋はもちろん、この船には積まれている。

赤髪海賊団の、そして憧れの父の元に帰ることになればそれらの私物をまとめて引っ越すようにして行くことになるのだろうか。そうした後に、この船には自分が居たという痕跡は残るのだろうか。…それとも最初からなかったかのように、この船から自分の存在は消えてしまうのだろうか。

そうしてマイナスな思考に陥ってしまった事で再び例の頭痛がウタを襲う。キーンと響くその痛みによりウタはいけないいけないと思い直す。


「あーもう!ダメダメこんなんじゃ!!せっかく気分転換しようと思ってたんだからちゃんとそうしないと!!!………あ、そういえば」


そういえば、とこれまでの冒険の中からある一つの出来事を思い出す。2人の巨人と出会い、その2人の決闘を邪魔しようとした者達と戦い勝利した後で、次の島まで向かう為のログが貯まるのに一年もかかると言われ絶望していた所へサンジが砂の国・アラバスタへの永久指針を持ってきてくれた事で危機を逃れた時の記憶。

とてつもない強運によりそうはならなかったが、本来ならばログが貯まるまでの一年はあの恐竜ひしめく島・リトルガーデンで過ごすはずだったのだ。

そして今後の海、新世界ではこれまでとは比較にならないような苦難が待ち受けているはず。その中にはリトルガーデンのような自分達の力ではどうにもならない自然の摂理ともいうべき事象により阻まれる事があるかもしれない。

そう思い至ったウタは暗い影を落としていた心が軽くなったように感じていた。


「……そもそもここまで一年足らずで来てるのが早いんだよ!!それにシャンクス達だってそんな早く会いに行ったらびっくりしちゃうよ!!」


そうして考え始めるとむしろそうならなければおかしいだろうとさえウタは思い始める。あのゴールド・ロジャーも何十年の航海の果てに海賊王になったのだとシャンクスからは聞いているし、そのシャンクスでさえロジャーの船に見習いとして乗り込み、ロジャー処刑後もベックマンを初めとした赤髪海賊団の古参メンバー達と十年以上航海して海賊王へは至らずに、四皇という大海賊の地位に収まっている。

それはつまり、海賊王という称号を得るのがどれだけ困難かを如実に表している上に、大海賊であるシャンクスから立派な海賊だと認められるには相応な時間を要するであろう事も示していた。

麦わら帽子を返せる程の立派な海賊になるまでルフィはシャンクスに会うつもりはない。そうなれば必然的に自分がシャンクスに会い、赤髪海賊団へ帰る日はそこまで近い未来でもないのではないかとウタは結論付ける。


「うん……そうだよね!!これから何年にも渡って航海する事になるしれないもんね………!!それならまだ…もうしばらくはこの船にいられるよね……?……よしっ!!さァ泳ご〜!!!」


水着に着替え浮き輪を脇に抱えて女部屋の扉を勢いよく開けると、ほぼ同じタイミングで出てきたサンジが持ってきたホラー梨のタルトに興味が移り変わり、プールへ向かわずに甘くて美味しいデザートにウタは飛びつき、芝生甲板で潜水中のルフィ達の様子を見守るみんなと一緒に食べ、その味に舌鼓を打つ。

麦わらの一味のみんなと一緒に楽しく過ごすこの時間がもうしばらくは続くことを願いながら………

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