スノーフィールドの2人

スノーフィールドの2人


「エリス、署長が呼んでいます。そうですね……お昼終わったらで構いません、来てくれますか?」

あぁ、これクビだ。

乙女の直感である、昨日は一般人の分際で見ちゃいけないものを見たから多分それでクビ。

なんかピカってするやつで記憶とか消されるんだ、絶対そうだ。

聖杯戦争が始まってから2日、颯爽と現れたカリュー・シュバインオーグというお姉さんの助力もあって、一日目は色々なことがあったもののどうにか乗り切って今に至る。

「……ごめんジョン君、私クビになったかも……」

昨日右腕を失って今日義手を得た親友に話しかける。

「!?げほっ、な、なんで急に!?」

受付で無料配布されてたコーヒーを吹き出しかけて咳をする、驚かせてしまったらしい。

「ほら、見ちゃいけないものを色々見たからさ。署長から呼び出し食らっちゃった」

「あぁ……署長はそんなに気にしてないと思うぞ。でも、もしクビになって寮追い出されたら俺の所に転がり込んできても……」

「……それは、その」

言い淀む。

……別に、学生時代からの親友を意識してるとか言う訳でもないけど、でもやっぱり、それは。

「あ、いや!全然変な意味じゃなくて……女の子なんだから、野宿とかしちゃ不味いし!」

「そ、そうかな、あ、ありがと!心配してくれて……」 

慌てて場の空気を取り繕う。

警察署内の雰囲気はいつもに比べて張りつめているものの、今は少し和らいでいる。

「……仲睦まじい用で何よりだ」

この、声は。

和らいだ場の空気がまた糸を張るように張り詰める。

「あ、署長。お疲れ様です!」

「ひぇっ……お、お疲れ様です……すみません、私呼ばれてたのに……」

ビシッと敬礼を決めて見せるジョン君に、慌てて私も遅れつつ敬礼のポーズをとる。

「いや、構わん。後ででいいと言ったのはこちらだしな。……すまない、事情が変わった、協力者の魔術師が君と出掛けることをお望みでな」

「はぁ……わ、私と?」

「あぁ。悪いがすぐに準備をしてくれ」

眉間に皺を寄せながらいつもの調子で言う署長。

「りょ、了解です!」

慌てて制服を正して指定された場所に駆け出す。

指定された駅前ではつい先日警察署を訪れた……確か、署長の言っていた協力者の魔術師、カリュー・シュバインオーグさんが立っていた。

「……ええと、その、私に、何か用で……?」

「用って程でも無いがな、忙しくなる前に一緒に出掛けたくて」

言うが早いが私の腕を引っ掴んで歩き出すカリューさん。……強引……私の周りの人ってこんなのばっかりだなぁ……

「で、実際どうなんだ?あのジョンとかいう警官とは」

街中を歩いていると唐突にそんな事を聞かれる。

「!?!?い、いや、な、なんでもないし、ただの友達で同僚ですから!」

「そうなのか?その辺にいた警察官を捕まえて聞いたらあの二人はもうとっくに出来てると周知の事実だったが」

「誤解!大いなる誤解です!や、やめてください、ジョン君に迷惑かかっちゃいますから……」

「おぉ、すごいな。さっきジョンにも全く同じこと言われたぞ」

……この人、なんで私のこと連れ出したんだろう。まさかただ恋バナしたかっただけなんじゃ。

「む、なんで連れ回されてるのか分からないって顔だな。何、ただ恋バナしたかっただけだよ」

恋バナしたかっただけだった。

「……あの、カリューさんって、すごく強い魔術師なんですよね。署長から聞きました」

「そうだな」

「……その、クランカラティンのみんなのこと、お願いします。……ごめんなさい、私のわがままなんですけど」

「あぁ。もちろんだ、お姉さんだからな。君の恋路の応援くらいはしてやる」

かっこよく笑って、私の手を握ってくれるカリューさん。……この人も、クランカラティンの皆みたいに、いいひとなんだろうな。

「ありがとうございます。私も、頑張りますね」

「それは良かった。……そうだ、代わりにと言ってはなんだが、君の話、もっと聞かせてくれないか?」

自販機で買ったジュースを飲みながら、2人で木陰のベンチに座って話す。

「わ、私の?聞いても楽しくないですよ、どうせなら署長さんとかの話の方が面白そうです。あの額の傷とか、きっとすごい秘密があるんだと思うんです」

「む……それはそれで面白そうだが、お姉さんはほら、若人の恋路をからかいたい気分というか……」

「うう……からかわないでください。それに、恋なんてそんな大層なものじゃなくて……」

「……?」

首を傾げるカリューさん、……可愛い人。

「私、ジョン君にずっと笑ってて欲しいだけなんです。……出来れば、私も隣にいたいけど、不必要ならいなくてもいいと思うし、」

「……」

返事は無いけど聞いてくれてるみたいだ。

「……ジョン君が死んじゃうくらいなら、スノーフィールドの街が丸ごと消えちゃう方がずっとマシだって思うくらい。ごめんなさい、私、悪い人ですね。戦う力もないくせに、本当、馬鹿みたい」

泣きそうになる、目頭が熱くて、どうしようもない生理現象に屈しそうになるのを必死にこらえる。

「……戦う力がなくても、君はあの警官の力になっているさ」

「そう、でしょうか。……そうだったらいいなぁ」

微かに笑うと、カリューさんも笑い返してくれる。

魔術師って大抵は危ない人だから近づいちゃダメって署長に言われてたけど、案外いい人もいるのかもしれない。

「……さてと、少し涼しくなってきたな。時間はまだ大丈夫か?」

「あ、はい。夜までは空いてますけど……」

「それなら良かった!私とデートしよう」

「なっ、で、デート?」

「そうそう、デート。……あぁ、でもそうだな、初デートは愛しの彼との方がいいか、じゃあ……まあ呼び方なんて何でもいいや、服買いに行こう」

「え、えっと……?」

今度は手を握られて歩き出す……この人、人との距離近いなぁ……。

___

「ってことで、大事な部下を一日連れ回して悪かったな。返す」

「……いや、危害を加えていないなら構わないが……」

怪訝な目でこちらを見ている署長といつものようにすまし顔で署長の1歩後ろにたっているヴェラさん。

……の前に突き出される私。

「え、ええっと……ただいま帰りました……?」

「はい、おかえりなさいエリス」

署長は忙しいらしい、そうそうと署長室へ帰って行った。

「……その、これ、変じゃないですかね」

カリューさんに半ば無理矢理着せられた花柄のワンピース、私服で職場に行くってなんだか変な気分だ。

「……そうですね、私は似合っていると思いますが。私に言われても嬉しくないでしょう、ジョンなら外の花壇に水やりに行っていますよ」

いつも通りの口調で、手元の資料を読みながら片手間に告げられる。

「……い、いや、別にジョン君に見せるためって訳でもないし……」

「相変わらず奥手なんですね。……とにかく、早く行ってきてください。カリューさんがウキウキしながら見てるので」

チラリとヴェラさんが物陰に視線を向ける。

……チラチラ見えてるあのオレンジの髪の毛、確かにカリューさんだろうなぁ。

「な、なんで見てるんですか、あの人……まあ、そこまで言うなら……」

しょうがない、覚悟を決めて外に出る。

「……あの、ジョン君」

「あれ、エリス?」

お花に水をやっていたジョン君がふと顔を上げてこちらを見る。

「……うん、その、ど、どうかな……服、カリューさんに選んでもらったんだ」

……うわ、どうしよ、思ってたより緊張する。

「……すっごく可愛い!」

「え、あっ、えっ」

ストレートに褒められて不意打ちを食らう。もっと、こう、「いいんじゃない?」とか「ふーん」みたいな反応を想像してたのに。

「似合ってると思うぞ、きっと……その、エリスの好きな人も喜ぶと思う」

複雑そうに笑うジョン君。

「む……私、彼氏はおろか好きな人も居ないんだけど」

「えっ」

「……というか、好き、って言うなら、他の人より、ジョン君の方が……な、なんでもない」

「……それって」

「あ、ごめん!ヴェラさんに呼ばれてるからもう行くね!」

何となく恥ずかしくなって逃げ出す。

向こうでワイワイしてる同僚のところへ帰って受付から貰ったコーヒーを飲む。

__

「私、呼んでませんけど」

ヴェラ・リヴェットが呟く。

「そうだな。……なぁ、あの二人いつくっつくと思う?」

カリュー・シュバインオーグはそれに返す形で話す。

「そうですね。強いて言うなら5年後くらいには手を繋げるのでは?」

「遠いな」

「……えぇ、まずはこの聖杯戦争を生き残ることですね」

「あぁ、全くだ。君たちみたいな若人が頑張ってるのにお姉さんがボーッとしている訳にも行かないからな。さてと、私も恋人に無茶振りでも吹っかけてから作業に戻るとしよう」

「……貴方の恋人、ですか。大変そうですね、色々と」

「なんだとヴェラちゃん。それじゃまるで私がアレな人みたいじゃないか」

「……」

「黙らないでくれ、自信なくなってくるから」


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