スネークとホークの話

スネークとホークの話


「ずっと一緒にいられたら良いのに」


唐突に、退屈そうに座っていたスネークが呟いた。


「……」

「なんで顔を逸らすのじゃ。こっちを向けホーク」


一緒にいられたら良いのは勿論同意する。

しかしこいつはわかっているのか。自分達が兵器だと言う事を。


「……照れてるのか?……あぁ、わらわが……か、可愛いからか……」


能天気な言葉、それを否定も肯定もしない。

緑の血はどこまで感情を運んでくれるのだろうか。

聞け、スネーク。と細い肩を両手で掴む。


「な、な、なんじゃ!唐突に触るな無礼者!」

「スネーク……おれたちはきっと、大人になれない」


白くて長いまつ毛に縁取られた大きな目が見開かれる。


「……!」

「おれたちは兵器だ。その自覚を持て。ずっと一緒にいられる訳ないだろう」

「知っておる。ずっと一緒にいられぬのは人とてそうであろう。いずれその命は奪われる」

――わらわ達、これから何人屠ると思うておる。


ぽつりと呟く言葉に、無いはずの心が痛む。


「いずれ失くなるものには意味が無いだろう」


このような関係だって、執着などしないほうがマシだ。


「……ならば、わらわがそなたを今すぐ壊してやろうか?」


怒った口調のスネークが静かに呟いた。

彼女の自分の手とは違う……どこまでも少女に似せた手が、細い指が、おれの首を蛇のように這った。


「無許可の戦闘は禁じられている」

その手を取り、払う。


「ふん……」

「何を怒っているんだ。お前は少しおかしいぞ。帰ったら博士に見て貰え」

「やはり、故障か?先日も診てもらった。その前も……何度も。何度も。……しかしな、原因がわからぬ。そなたといると動作がおかしくなると、これ以上伝えてみよ。……本当に一緒にいられなくなる」


下手したら処分か。とスネークは呟き、俯き震えた。


「おれたちは、金がかかってるからそう簡単には処分されないだろう」

「……そうね、わらわたち、兵器だから」

しかし。と言葉が続く

「確かにそなたの言う通り、七武海も撤廃されたように、いずれ時が経てば、わらわたちも要らなくなるじゃろう」

「いずれはそうだろう。いつかボタン一つ押すだけで世界の反対側まで焼き尽くす兵器も出てくると思う」

「ならば、わらわたち、何のために産まれてきたのじゃ?」

「今、戦うためだ」

「この世界にそこまでの価値があると?」

「それ以上は喋るな。命令に従い、黙って戦うしかないんだ。大体、世界と言っても、おれたちが知るのは研究所の中、これから行く戦場しかないだろう」

「ホーク、知りたいとは思わぬか。この世界が戦う価値があるかどうか。まだ知らない海を、知らない土地を。知りたくはないのか」

「……願うだけ無駄だ」

「願うだけなら、良かろう」

「お前は、何が望みだ」

「大人になって、そなたと一緒に外の世界がみたい。願わくばずっと一緒にいれたら良い。……そなた、笑うか」

「……笑わんが。ほかの人の前では言うな」

「誰が言うものか、こんなこと……。わらわだって無理だと知っておる」


スネークは喋っている間、冷たい顔をしたかと思えば、笑ったり、照れたり、怒ったり、悲しそうな顔をしたりと、実にくるくるとよく表情が変わる。

おれは感情など無ければ良かったと思う。

今感じる気持ちだってきっと作られたものなのだろうかとゾッとした。

明日スネークが格納庫から出てくるとは限らない。

この顔をしたスネークは本当に昨日のスネークなのか。

次に会う時は、余計な感情をバグとして廃された、別人なのではないだろうか。

そもそも自分ですら、明日またスネークを見て同じ思いを抱くとは限らない。

意識の無い間に弄られ、抱いた感情を忘れてしまうのかも知れない。


いずれ失う感情に意味などないのならば。

いずれ失う兵器に意味などないのならば。

何故兵器に、感情なんていうモノが備わっているのだろうか。

スネークの顔を見る。

その美しさは、兵器として意味があるからだ。

薄皮1枚の下はみな同じなのに。

たぶんなんでもないことだって、意味があって存在しているのだろう。


「いずれ失う感情にも、なくてもいい感情も、搭載されているならば、きっと価値はあるのだろうな」

「当たり前じゃ。その感情とやらが、わらわたちにある以上は、利があってのこと。だからきっと、何を願おうとも、何に期待をしようとも、命令違反にはあたるまい。……そなたには無いのか。期待や願望が。“もしも”壊れることなく、大人になれたとしたならば……そなたは一体何を願う」

「考えたことすらないが……そうだな。この先も、ずっとお前と喋っていられたら退屈はしないと思う」

「……それは……噂にきく、ぷろぽーずか」


スネークは頬を赤らめて俯いた。ため息が出た。


「……違う。一体お前はどこでそういう言葉覚えてくるんだ。だいたいおれたち兵器が、結婚できる訳……」

「“もしも”の話じゃ……わかっておる。意地悪じゃ!意地悪じゃホークは!あるかもしれぬ楽しい未来くらい想像させてくれても良かろう!」


潤んだ瞳孔の星は、いつか窓の外から見た淡い光とよく似ていた。

届かない。願うだけ無駄。どう足掻いても手に入らない美しいものの象徴だ。

最初から諦めるのは楽だろう。


「……悪かったスネーク」


大人になった未来を想像した。

隣に自分がいるかはわからないが、噂に聞く花嫁となったスネークを。

着ている白い簡素なワンピースが似合うように、白いドレスはその肌に映えるだろう。

きっとスネークは今よりずっと美しくなるのだろう。オリジナルがそうであるように。

オリジナルの性格は、やはりスネークと似ているのだろうか。

わがままで、偉そうで、照れ屋で、一人でいる時は悲しい顔もするのだろうか。

ガタン、と大きく船が揺れる。

アンカーが下りた気配がした。


「……ん。ついたみたいじゃの。女ヶ島。どんな所かの」


窓がない格納庫にいるというのに、外がまるで見えるかのようにスネークは嬉しそうだ。

立ち上がり、海兵に連れられて甲板に出る。


「……」


わかっているのだろうか。ここがスネークのオリジナルの故郷だと。

知らされていないのか。知らされていない訳がない。

きっと彼女はわかっていて、割り切れるのだろう。いや、割り切ったのだろう。


「さァ、いくぞホーク。ほら、手を」


先にタラップから飛び降り、上陸したスネークが振り向いて、こちらに手を差し出して笑う。


――スネーク。

やっぱりおれたちはどうあっても兵器でしか無いんだ。

人間の子供なら、いずれ大人になれば、大人の言う事を聞かなくても済むけど。

セラフィムはずっと誰かの命令に従うだけだ。

おれたちはきっと大人になれない。

子猫が自分の立てた爪の痛みに気づかないように、おれたちも気づかない。

気づいていないフリをしなくてはならない。

いずれ忘れてしまうとしても、今感じる暖かい日差しを、頬を撫でる潮風を、差し伸べられた自分より小さな手を、ずっと覚えていられたらいいと思った。


「……いこう、スネーク」


柔らかい手を握り、頷いた。

きっといつか壊れる時が来たとしても、意識が消えるその瞬間に、思い出すのは彼女のことだろう。



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