ストロングワールド・冒頭
「次から次へと……ほんとどうなってんだこの島は」
広場の遺跡の真ん中で胡坐をかきながら、ルフィは呆れたような感心したような声を出した。
「金獅子のシキ」なる海賊にナミを攫われ、一味全員バラバラの状態でこの空に浮かぶ島「メルヴィユ」に落とされてからというもの、ずっとこの調子だ。
最初はワニに追いかけられ、ワニがいつの間にかタコになり、タコがカマキリに切られて、カマキリがシマシマのクマにサバ折りにされ、そして——
「グルオォォ!!」
「んニャロオ、やる気か!」
今度はそのクマが、ルフィへと襲い掛かってきた。戦いやすい広場ということもあり、今度はルフィも真正面から受けて立つ。
「“ゴムゴムの銃(ピストル)”!」
「グルゥオオ!!」
「イ!?ワアアァァ!」
右腕を伸ばして攻撃するも、クマはその巨体に似合わぬ俊敏さで拳を躱し、逆にルフィを殴り飛ばした。
飛ばされた先のヤシの木をクッション代わりにし、手近な樹に左腕を巻き付け体勢を整える。
「そうだった、ここの動物はナメちゃいけねェんだよな」
伸ばしていた右腕を戻し、こちらを睨むクマを見据えながら、ルフィは右手の親指を噛みしめた。
「“ギア3(サード)”」
そして、左腕を樹から解き、しなったヤシの反動を利用して一気に飛び出す。
「“骨風船”!」
見る見るうちに巨人族のような大きさに膨らむ、ルフィの右腕。
ギリリと引き絞られたその腕は、真正面から突進してきたクマに向かい、渾身の力を込めて放たれた。
「“ゴムゴムの巨人の銃(ギガントピストル)”!!!」
クマと、その射線上にあった石像さえもたたき壊しながら伸びた巨大な拳に、クマは敢え無く崩れ落ちる。
一方、勝者であるルフィはと言うと、口から空気を吐き出しながらあらぬ方向に舞い上がっていた。
「ふぁらふぁふぁふぃふぃふ~~~!!」
グルングルンと宙を舞い、ルフィはようやく、さきほどカマキリに倒されたタコの上にボヨンと墜落した。
「ハァ~、危なかった~」
子供のような大きさまで体の縮んだルフィが、タコの上で呟く。
“ギア3”は強力な攻撃が出来る代わりに、使った後体が小さくなってしまうのだ。そしてこの状態のルフィは、戦闘力が非常に心もとないのである。
「「「ブルゥゥ……!」」」
「イ!?」
そんなルフィが乗るタコの周りを、今度は巨大な猪の群れが包囲していた。
流石にやばいと思いながら、とにかく体が戻るまで逃げ切ろうと、足に力を籠めるルフィ。
「ルフィー!!」
「!!」
聴き馴染んだ声が辺りに響いたのは、正にその瞬間だった。
緊張の表情から一転、満面の笑みを浮かべたルフィは、両手を耳にあて、タコの上に寝そべる。
そして、周囲を歌声が包み込んだ。
「“新時代はこの未来だ 世界中全部変えてしまえば……変えてしまえば……!!”♪♪」
猪たちの視線が、声のする方へと集中する。
そんな衆目を浴びながら、紅白の髪をたなびかせ、新時代の歌姫が森の中から飛び出した。
「“急速な練習曲”(プレスト・エチュード)!!」
その勢いのまま繰り出した音響槍・完成版(マイクランス・ピリオド)の一撃で、猪の一頭を打ちのめす。
倒れた猪の上に陣取り、周囲を見渡しながら、ウタは堂々と言い放った。
「あんたたちに恨みはないけど、大人しくやられてね!」
「ブルオオオオォォ!!」
怒った猪たちが殺到するも、ウタは動じない。
「大人しくしないなら、歌になってもらうよ!“ペンタグランマ”!!」
スッと動かした掌から、五線譜のような線が現れる。その不思議な五線譜に突撃してきた猪たちは絡めとられ、中空に貼り付けにされてしまった。
残った猪たちも、ことごとく五線譜に縛り上げられ、或いはウタの槍によって叩きのめされる。実に圧倒的な戦闘であった。
一方、ルフィは耳をふさいだままの格好で、タコの上で仰向けに寝転んでいる。そんなルフィの上から、見慣れた紅白髪がひょこっと覗いた。
「ルフィ、あんたその技のデメリットいい加減なんとかした方がいいんじゃない?」
「シシシ!ああ、ありがとなウタ!無事でよかった!」
「アンタもね、ルフィ!」
手を頭から放し、ルフィが起き上がる。
ひとしきり再開を喜び合った後、ウタは勝ち誇ったような表情で言った。
「ま、いざというときはあんたよりたくさん倒せる私が支えるけどさ!」
「ム!?」
その一言に、ルフィが食って掛かる。
「なんだよ、ウタだってそれ使ったら寝るじェねえか!」
「出た、負け惜しみィ!私はルフィと合流してから使ったからいいの!」
いつものポーズでそう言ってから、ウタは指をピンと動かす。その合図で、周囲の猪たちが眠ったままムクリと起き上がり、移動を始めた。それだけでなく、周囲の森からもたくさんの猛獣たちが姿を現し、猪たちに続いて移動を始めたのだ。
そう、さきほどウタが猪たちと戦っていたのは、彼女の能力によって作られる“ウタワールド”。
歌声を聞いた相手をこの精神世界に誘う彼女の能力は、「耳をふさぐ」手段を持たない猛獣相手には破格の威力を誇る。猪だけでなく、ウタの歌声が聞こえる範囲にいた猛獣全てがウタワールドへと引っ張られ、現実の肉体はウタの指示のもと離れた場所へと移動を始めたのだ。
「私が来なかったら、あんた実際ピンチだったじゃない。使いどころには気を付けないと」
お姉さんぶって腰に手を当て語るウタに、ルフィは少し不満げな表情をしながらも、大人しく感謝した。
「ンムム……分かった、気を付ける」
「よろしい!」
笑顔でそう言って、ウタはルフィを抱え上げた。
「じゃ、大きさが戻るまで私が運ぶから、そのあとは眠った私よろしくね!」
「おう!」
「早くあいつら見つけないとな!」と言うルフィを背中におぶさって、ウタは再び森の中へと駆けていった——。