スター・ファイターズ

  スター・ファイターズ


 どこまでも続く砂の海。じりじりと肌を焼くような光の下をバイクに似た乗り物、ブートに乗った青年が砂煙をあげながら砂漠を疾駆している。青年はちらとゴーグル越しに光の位置を確認すると、さらに速度を上げるべくアクセルを入れた。その瞬間、軽快に飛ばしていたブートが突如白煙をあげ勢い良く止まる。乗っていた青年は前に投げ出され、頭から砂に突っ込んだ。

「っぶっ、壊れやがったこのポンコツ‼︎ 」

 青年は砂から頭を抜き、口の中に入った砂を悪態と共に吐き出しながら、白煙をあげつづけるブートのそばにしゃがみ込んだ。背負っていた頭陀袋から工具を取り出すと、白煙をあげ続けるブートをいじり出した。


「っダァ〜。だめだ、なおんねぇ」

 青年は数十分ほどブートを修理しようと格闘していたがついに諦め、頭を乱暴に掻いて工具とつけていたゴーグルを投げ捨てた。そのままあぐらをかいて座り込み、何処までも続く目の前の砂漠をぼうっと見つめる。もう少し行けばそれなりに大きなマーケットがある。行商人が集まるそこに行ければ、直せる部品が手に入れられるかも知れないが歩いて行くには遠すぎる。八方塞がりだった。

 青年の生まれたこの惑星は宇宙に数ある銀河系の中でも、辺鄙な惑星だった。ここにあるのは砂ばかりで碌な資源も無く、軍事的な価値も無い。この宇宙を支配する宇宙統一連邦にすら見捨てられた不毛の惑星。この星にやってくるのは行商人か他の星に居られなくなった犯罪者くらいだった。皆この星に点在する小さなオアシスにしがみ付くように生きている。嫌気が差すくらいに貧しくて、慎ましやかな生活。

 まだ若く、力に満ち溢れた青年はこの暮らしに嫌気が差していた。同じ行動を繰り返す日々には飽き飽きだった。青年は今日こそ生まれ育った村を、引いてはこの惑星を出て行き、そしてスペースアーマーのパイロットになるつもりだった。

 スペースアーマー。それはヒト型をした乗り込み式戦闘用ロボット。昔たった一度見たことがあるそれを、青年は忘れたことが無かった。それは持ち主共々壊され、もう動くことはないスクラップだったが、それでも異様な雰囲気を纏って幼い頃の彼を圧倒し魅了した。以来彼の心には一つの思いが熾火のように燻っている。

……あれに乗って、自分の身体のように自在に動かせたら、どれほど気持ちがいいだろう。年を重ねるごとに彼のそんな気持ちは大きくなっていった。そして昨日、ついに育ての親である男に心の内を明かした。

ーおれ、スペースアーマーのパイロットになりたい。

ーオメェ、自分が何言ってっか分かってるか。

ーオウ。

ー本気か。

ーオウ。

ー…ダメだ。絶対にダメだ。オメェはなんも分かってねェ。

ーなんでだよ、いいじゃねえかよ。パイロットになったら、いっぱい金が貰えるし、そしたらこン村の奴だって、今より一等良い暮らしができるじゃねェか。

ーなんでもダメだ。少なくとも俺の目が黒いうちはぜってェにダメだ。

 そう言うと、話は終わりだとばかりに男は背を向けた。その後も青年は必死に言い募ったが、取り付く島もなかった。夢を否定されたことが悲しくて、悔しかった。そのうち腹が立ってきて、分かってくれないなら勝手に出てってやろうと思った。ちゃんと結果を出して帰ってくれば、きっと分かってくれる。そう思い、朝日がのぼると同時に村を飛び出したが、このざまである。出ていってやると飛び出した手前、このまま戻るのも気が引けた。そもそも村に帰れるかも分からないが。


「…今日は野宿かァ」

 少しずつ傾いていく日を見つめながら呟く。青年はのろのろと壊れたブートに乗ると、器用に寝転んだ。ここら一帯は夜になるとサンドワームが出る。気休めにしかならないが、砂の上に直で寝るよりはマシだろう。

 ぼうっと平らな砂の砂漠を見つめていた時だった。遠くからエンジン音が聞こえてくる。身を起こし、音のする方を見つめると黒い粒の様なものが見えた。ヒトだ。黒い影は音を鳴らして瞬く間に青年に近づいた。緩やかに速度を落とすと、正体不明のブートは青年の前に止まる。

 ブートに乗っていたのは青年と同じ年頃だろう男だった。額から黒い2本の角が伸びていて、砂漠に不釣り合いな革のジャケットを着ていた。


「ああ、助かった。ここまで誰にも会わなくてな、危うく迷い死にするところだった。ここら辺りに一晩泊めてもらえるところはないだろうか。コイツももうすぐ燃料が切れそうでな」

ヒトに会えて嬉しかったのか、弾んだ声をあげながら皮膚の薄い肌を上気させ、汗を手の甲で拭いながらこちらに歩いてくる。

「アンタこの星の外から来ただろ」

「ン? なんでそう思うんだ? 」

「そりゃアンタ、肌が砂埃にさらされて生きてきたようにゃ見えねェよ。あとココに住んでるやつならそんな服着ねェ。マーケット近いし、大方そっから来たろ」

「あたりだ、良くわかったな」

「マァな、それくらいなら分かるぜ、おれでも。なあアンタ、こんなとこまで何しに来たんだ? 」

「ヒト探しだ。ちょっと事情があってな。…まあその前に、今日の寝床を見つけなきゃならないんだがな」

 男は眉間に皺を寄せて疲れたように笑う。男の額には玉のような汗が滲んでいた。

「…なあ、おれんとこに泊まるか? 実はおれのブート壊れちまって動かねェんだわ。乗せてくれるってんならうちン村泊まれる様にしてやっても良いぜ」

「本当か、そりゃありがたいな」

 青年の提案に男は表情を明るくさせた。

「ぜひ頼む」

「オウ! そうと決まりゃ早速出発するぞ、暗くなるとサンドワームが出て危険だからな。アンタのブートの後ろにおれの奴括りつけてくれ」

「引きずることになるぞ。良いのか」

「構いやしねェよ、どうせ一回全部バラさなきゃならねェだろうし」

 そう言って青年は額を掻いた。男はそれを聞いて少し考えると、自分の着ていたジャケットを青年のブートに巻いた。

「これでちょっとはましだろう」

 そう言って笑うと、4本ある腕で男は器用にジャケットごとブートを括りつけた。その光景を見て青年はぽかんとした顔をしていたが、すぐにおかしそうに笑い出した。

「いいって言ってんのによ。アンタお人好しだなァ」

「はは、感謝してるんだ、これくらいさせてくれ」

 男は片目を閉じてカッコつけて言った。

「オウ、受け取っとくわ。んじゃ、行くか」


 二人でブートに跨り、走り出す。砂塵が舞い轟音が響く中、青年が声を張り上げた。

「あっちにでけェ岩あるのが見えるかっ‼︎ それ目指してまっすぐ進んでくれっ‼︎ 」

「分かった‼︎ あの岩だな‼︎ 」

「オウ‼︎ そういや名前言ってなかったなっ‼︎ グンだっ、グン・ウェイ・ルワン‼︎」

「俺はハヤトだ、よろしくな‼︎」

「覚えとくぜっ‼︎」

 二人は笑うと、村を目指して赤く燃える砂の海を走った。


 日が沈みかけ薄赤く染まりはじめた頃、二人はようやく村にたどり着いた。村はオアシスを中心に造られており、村を囲むように木が等間隔で生えていた。

「この木はサンドワーム除けなんだよ。この木が生えてるとこには近づいてこねェんだ。何でかはしらねェけどよ」

 ブートから降りながら物珍しそうにあたりを見回すハヤトに、グンは説明してやった。 ブートから降りると村の男達が次々と集まってくる。口々に心配したとか、無事で良かったなどと言っている。その人波をかき分けて一人の初老の男がグンに近づいてきた。

「こんのバカもんが! どこ言ってやがった‼︎ 」

「げっ、ジジイ! 」

 間髪入れずゲンコツがグンの頭に飛んできた。グンはあまりの痛みに涙目になりながら頭を押さえる。

「痛ってえ…。 クソジジイ、頭へこんだらどうしてくれんだよ! 」

「黙れ! 心配させおってからに! 」

 もう一発頭にゲンコツを浴びせられ、グンはぎゃ、と声を上げて頭を押さえた。

そして男は目を細めると、ハヤトに向き直った。

「お前さんは…。見たことねェ顔だが、行商じゃねェな、何モンだ」

「お初にお目にかかります、俺はハヤトと言う者です。人を探してこの惑星まで来たんですが、砂漠で迷ってしまいまして。そこを彼に助けてもらったのです」

「…その探し人ってのは」

「ダニエル・クロッカーという男です」

「ダニエル? ジジイとおんなじ名前だな」

 かちりと二人の雰囲気が変わる。それを感じ取った周囲が不安そうにざわめいた。

「……」

「なぁ、んなことより、まずコイツのこと泊めてやってくれ、おれこいつに泊めてやるって約束したからよ」

「勝手に約束してんじゃねェバカ野郎。……マ、そうだな。おい、コイツの世話ァ俺がする。俺の家に泊めろ。それでいいな」

「ええ、村長」

「そうだなァ、それが一番良え」

 周りにいた男たちが一斉にうなずく。

「ん、なんだ? なんかあんのか? 」

 一拍遅れて異様な雰囲気に気づいたグンが周囲の人間を見回した。

「グン坊は少し反省せェ」

「何でだよ」

「疑いもせンでよそもん連れてきおうて」

「困ってたんだから疑うも何もねェだろ」

「そうだな、助けてもらっておいて言いにくいが、少し人を疑った方がいいかもな」

 苦笑しながらハヤトにもそう言われ、グンはますます意味がわからないと言った顔をした。

「ハヤトはおれのこと騙したのか? 」

「いや、騙してないが」

「じゃ、問題ねェだろ」

「……良く今まで騙されずにいたな…」

 ハヤトが呆れたように呟くと、周りの人達はうんうんと同意するように首を縦に振っていた。

「無駄話はそれぐれぇにして、オメェはそれ直してこい。まったくこン村に一台しかねェってのに、ぶっ壊しやがって」

「壊そうと思ってやったんじゃねェ! 勝手に壊れたんだよっ!」

「どっちでもええがや、早よ行け」

「わぁったよ、やっから殴んな! ハヤト、アンタのもついでに整備しとくわ」

「ああ、頼む」

 他の男衆に手伝ってもらいながら、2台のブートを運んでいくグンを見送ると、男はハヤトに向き直った。

「…ハヤトと言ったな、来い、家に案内する」

「はい」

 ハヤトと男は村の中心にある大きな家に向かった。



「ったくよ、ほんっとにクソジジイだぜ。すうぐぶちやがるし、おまけにデカイ声で怒鳴りやがる」

 村の外れで壊れたブートを修理しながらグンは愚痴をこぼしていた。

「まあそう言わないで、心配してるんだ、村長も」

「でもよぉジジさん」

 ぐちぐちと不満をこぼすグンに、ついて来てくれた男が苦笑する。

「この村にたった一人の若者だから、みんなグン坊がかわいくて、心配なんだ」

「ジジさんも若ェだろ」

「はは、ありがとう」

「…ん、これで良いんじゃねェの」

「おお、さすがグン坊、早いね! 」

 軽くエンジンをかけると、今度はしっかりと音を立てて動き出した。

「へっ、もっと褒めてくれても構わねェぜ」

 わしわしと頭を撫でられまんざらでもない顔をして、グンは胸を張った。

「んじゃ帰るか」

 散々褒められ満足すると、グンはブートの修理道具一式を背負って立ち上がった。

「ああ待って、その前に体を綺麗にしてからのほうがいい。砂まみれで気持ち悪いでしょ」

「ンー…確かに」

 男の提案にグンは自分の体を眺めた。体は土埃で薄汚れていて、汗で体がべとついている。

「んじゃ行ってくる」

「ん、行ってきな」

 男に見送られ、グンは村の端にある水場へ向かった。


「……。みんなおれに何隠してんだろうな」

 水場で汲んだ水で濡らした晒し布で体を拭いながら、グンはつぶやいた。最初は初めて見るオーガ族の男に警戒しているのだと思っていた。だが、そうでもないような気がした。ジジにそれとなく聞いてみても、はぐらかされるばかりでまともな答えは返ってこなかった。さっきだって家に帰ろうとした途端、それを阻止するように水浴びを勧められた。まるで、家の中でハヤトとジジイが自分に聞かれたくない話でもしているかのようだ。なにか言い表しようの無い不安がグンの心を曇らせる。もしかしたら、何かとても恐ろしいことにジジイや村のみんなが巻き込まれているんじゃ無いだろうか…。

「んなわけねェか」

 自分の考えを振り払うかのように小さく首を振って頬を軽く両手で叩くと、桶の水を近くの木に掛けた。

「っし、帰るか! 」

 そう誰に言うでもなく宣言すると、家に向かって歩き出した。

 家につき、入ろうとした時だった。中から静かで重い雰囲気を纏う二人の声が聞こえてきた。咄嗟に入り口横の土壁に隠れ、ドア代わりの垂れ布の隙間からそっと薄暗い家の中を覗いた。

「…ですから、ご協力いただきたいのです。今、我々は苦難の時を迎えています。ここを凌げば必ず機はあるはず。この苦難を乗り越えるためにはあなたの、あなた方の力が必要なのです」

 どうか、力を。そう言って正座をしたハヤトが床に額をつけんばかりに深く頭を下げる。しばらくその様子を見ていたダニエルは、ため息をついて首を横に振った。

「だめだ、それは出来ん」

 勢いよく頭を上げ、ハヤトはダニエルに食ってかかる。

「なぜです! あなただって間違っていると思ったから反旗を翻したのでしょう⁈ どうして…」

「もう過ぎたことだ。それにな、グンは何も知らん、ただの子どもだ。あんたたちに手を貸せば、いやでもあの子を巻き込むことになる」

「……ッ‼︎ 」

「悪いが他を当たってくれ」

「……わかりました。残念です」

 正座の状態から立ち上がると、ハヤトは踵を返し、そのまま部屋から出て行った。グンは気づかれたかと一瞬焦ったが、ハヤトこちらに気づく様子もなく、俯いたまま出て行った。

 しばらくグンは動くことが出来なかった。ハヤトは一体何に協力しろって言ってるんだ、みんな昔何やってたんだよ、反旗を翻すって何なんだよ。頭の中に疑問が浮かんでは消えていく。ハヤトが出て行ってからも、グンはその場を動かず、しばらく立ち尽くしていた。

「……グン坊、帰ったのか」

「……オウ」

「ほれ、メシだ」

「……ハヤトは」

「アイツの分もちゃんと取ってある、気にすンじゃねェ」

「……わかった」

 聞きたかった。さっきの話は何なんだと、問い詰めたかった。だけどそれをやってしまったら、何かが壊れてしまいそうで怖かった。

「……なぁジジイ」

「どうした」

「やっぱ何でもねェ」

「そうか」

 言いかけて止めたグンにダニエルは何も言わなかった。

 その夜、グンはなかなか寝付けず、眠気が来たのも夜がだいぶ経った頃だった。それに身を任せるまま、うとうとと微睡んでいると、突如外から轟音が響き、続いて何かが壊される音がした。

「何だ⁈ 」

 慌てて飛び起き、外に飛び出す。

「なっ…」

 外の光景に、グンは動けなくなった。村が燃えている。轟々と音を立て、赤い炎が家々を燃やしていた。

「伏せろ‼︎」

 その声で我に帰る。いつの間にか背後にいたハヤトがグンを引き寄せ、地面に伏せた。次の瞬間、グンの頭があった場所を何かが通り抜け、ガガガと硬質な音を立て壁に穴を開けた。

「何してるんだ、逃げるぞ! 」

「えっ、あっ」

 訳がわからずにいると、ハヤトに怒鳴られ、グンは強く引っ張られた。

「ま、待ってくれ、みんなは、村のみんなは! 」

「今は自分の命を考えろ! 」

 グンの問いかけを遮るようにハヤトは叫ぶと、再びグンを引っ張り、走り出した。グンが空を見上げると、そこには黒く大きな船が見えた。

「何だよ、あれ…」

「宇宙統一連邦の軍艦だ! 奴ら、最悪のタイミングでここを見つけやがった‼︎ 」

 突如目の前に武装した獣人が飛び出してくる。こちらを確認するや否や、飛びかかってきた。

「っくそ! 」

 ハヤトはグンを突き飛ばすと、腰の短刀を引き抜いて相手のナイフを弾いた。そして、相手が怯む隙に足払いをかけ、転ばせると、その上に馬乗りになって首に刃を押し込んだ。

「ゲッ」

 潰れたような声をあげ、しばらくばたばたと手足を動かしていた相手は徐々に動かなくなる。ハヤトは完全に絶命したのを見届けてから立ち上がり、グンのもとに駆け寄った。

「大丈夫か」

「あ、ああ」

 ハヤトは手を差し伸べ、グンを立たせた。

「グン! 」

「っ! ジジイ! 」

 声のする方を見ると、ダニエルとジジが立っていた。二人は顔が煤け、服が血で汚れていた。

「そっちはダメだ、もう奴らに制圧されてる。私たち以外はもう殺された。ブートも破壊済みだろう」

 ジジが聞いたことがないほど険しい声でハヤトに告げる。

「ならほかにここから脱出できるものは…」

「村の広場に石が置いてある。それを退けると下に船がある。それで脱出しろ」

 ハヤトの言葉にかぶせるようにダニエルが言った。

「…ジジイっ、親父はどうすんだよ。ジジさんはっ」

「俺はここに残る。あいつらを足止めする役が必要だからな」

「私もここに残るよ、一人でこの人数は捌ききれないからね」

「おれも……ッ」

 おれも残る、そう言いたかったが言えなかった。自分の非力さは自分が一番わかっていた。

「…グン、スペースアーマーは、好きか」

グンは唐突な質問に驚きながらも答えた。

「好きだ、好きだよ」

「そうか……」

 ダニエルはどこか満足げに笑みを浮かべた。

「グン、お前はやっぱり俺の子だ。血が繋がってなくても」

「っ、なに言ってんだよ、当たり前だろっ」

 グンの返事を聞いて、ダニエルはもう一度微笑んで見せた

 四人の背後で爆発音がなった。振り返ると、炎の中を大勢の兵士たちがこちらにやって来るのが見えた。

「早く行け、行くんだ‼︎ 」

 ダニエルの叫び声で二人は走り出す。走り去る二つの背中にダニエルが叫ぶ。

「グン、お前は生きろ、生きて幸せになれ! 」

 グンは必死に走った。後ろを振り向かず、ただ前だけを見て。


「っ、これだっ」

 しばらくグンの先導で走ると、石が見えた。ハヤトの胸まである大きな石で、とてもグンに退かせるようには見えなかった。

「どいてろ‼︎ 」

 ハヤトはグンを後ろに下げ、石を押しどかす。石の下からはハヤトがぎりぎり通れるサイズの扉が現れた。ハヤトは素早く中に入る。扉の中には階段があり下へと続いていた。

「急ぐぞ」

 長い螺旋状の階段を降りていくと、突如広い空間に出た。ヴンという音を立て灯がともり、空間の全貌が浮き出る。壁は岩で覆われ、天井は高く、その真ん中に一隻の船が鎮座していた。

「これは……」

「連邦軍の旧型の小型軍用スペースシップだ。これに乗って脱出するぞ」

ハヤトはそう言うと、素早く船に乗り込む。船内を進むとコックピット室に辿り着く。

「ハヤト、操縦できんのか? 」

「わからん。ここまで古いと操縦方法が違う可能性が出てくる。それに俺はスペースアーマー以外は操縦したことがないからな」

「はあ⁈ 大丈夫かそれ‼︎ てかアンタスペースアーマーのパイロットだったのかよ⁈ 」

「うるさいぞ、今集中してるんだから黙ってろ‼︎ 多分これがエンジンスイッチの筈…っし点いた! 」

 ハヤトが手元の操縦桿を握り動かすと、船体が振動し始める。

「よし、このまま一気に加速して外に飛び出すぞ。登録されてるこの地下基地の地図によれば、あの滑走路を行けば外に出られる」

「オ、オウ」

「ちゃんとシートベルトしめとけよ、恐らくかなり揺れる」

 ハヤトは操縦桿の横にあるレバーを前へ倒した。船は轟音を鳴らしながらスピードに乗って道を進み始める。

「なあ、本当にこっちであってんのか…ずっと道が暗いんだが…」

「わからん! 」

「はあ⁈ アンタっ、ふっざけんなよ! まだおれはここで死ぬわけには行かねんだぞ! 」

「俺だって死にたいわけあるか! しょうがないだろう本当にわからなかったんだから! 」

「しょうがないじゃねえよ! 」

グンとハヤトがぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた時、暗闇がにわかに明るくなる。出口だった。

「掴まってろよ! 」

 ハヤトは操縦桿を強く握り、エンジンを全開にする。船体は勢いよく滑走路を飛び出した。ハヤトが操縦桿を引くと一瞬の間を置いて船首は上を向き、スピードを上げて上昇をはじめた。

「っゔ」

 大きな掌で押されている様な感覚が体にかかる。グンは歯を食い縛り、Gに耐えた。機体が大きく揺れる。二人を乗せたスペースシップは止まることなく宇宙を目指す。グンは、コックピットの窓から下を見た。遠く、小さく見える地上の光景に、村が映る。炎に包まれ、燃えている村に動く影は見当たらなかった。

「……」

 グンは無言で目を閉じた。

「そろそろ宇宙空間に出るぞ」

 ハヤトはグンに声をかけた。グンは目を開き、ハヤトの方を見る。ハヤトの目は真っ直ぐ前を向いていた。

「ハヤト、ありがとな」

「感謝にはまだ早いかも知れんぞ、後ろから奴らが追ってきてやがる。しつこい連中だ」

 グンがモニターを見ると、無数の黒い点がこちらに向かってくるのが見える。

「あれは……」

「連邦の新型スペースアーマーと母艦だな。見たことがない」

「あんな数相手にできるわけねェだろ……」

「そうか? 」

 そう言ってハヤトは不敵に笑う。

「宇宙空間に着いたら一度停止して電磁シールドを展開する。迎え撃つぞ」

「なっ、本気でいってんのか⁈ どうやって勝つつもりなんだよ、あの数だぞ⁈ しかもこっちにはスペースアーマーなんてねェし… 」

「あるぞ」

 そう言うと、艦内表示パネルの一点を指す。そこには人型のマークがともっていた。

「ここに、一機だけ統一連邦製スペースアーマーがある。旧型だがな。捨てられなかったんだろう」

「捨てられなかった……? 」

「ああ、パイロットにとって、スペースアーマーは親友だからな。命すらもかけられる親友だ」

「だから捨てられなかった…」

「そうだ。そのおかげで俺たちは戦える。感謝しなくては」

 グンは少し黙った後、口を開いた。

「……勝てるのかよ」

 グンの質問に、ハヤト大笑いする。

「勝つに決まっているだろう。誰が乗ると思っている」

 自信に満ち溢れた顔でグンを見ると、にやりと笑った。

「この俺が乗るんだからな」

 船がゆっくりと停止する。

【電磁シールドを展開します】

 無機質な声が響くと同時に薄青い光が船を覆う。

「さあ、行くぞ。反撃開始だ」

 ハヤトの声にグンは覚悟を決めた。

「オウ」

 ハヤトは操縦席から立つと近くにあったヘルメットを掴む。

「無線で俺が合図をしたらここのボタンを押せ。それで出撃ゲートが開く。お前はここで俺の戦いを見ておけ」

 コックピット室の扉に手を掛けたハヤトは、思い出したように立ち止まる。

「…お前の親父さんは、昔スペースアーマーのパイロットだった。それも宇宙で1番のな。…俺の憧れだ」

 それだけ言うと、今度こそハヤトは部屋を出て行った。

「……」

 一人になったグンは何も言えず外を見た。星々が瞬き、目の前には広大な空間が広がっている。船体の背後を写すモニターには、迫りくる敵が映し出されていた。親父もこの光景を見ていたのだろうか。目を閉じ込み上げる何かを押しとどめた。

 しばらくすると通信機がザザ、と音を立てた。

『…グン、準備ができた! ゲートを開いてくれ! 』

「っオウ! …勝てよ!」

『ははっ、そういやお前スペースアーマーのパイロットになりたいって言ってたな。よく見ておけ、一流の戦い方を見せてやる』

 ハヤトの返事に湿った笑いを返し、ボタンを押した。

【出撃ゲートを開きます】

 無機質な声と共にパネルの一点が点滅する。背後モニターに一筋の光の様に飛び出す一機のスペースアーマーが写った。

「頼んだぜ……! 」

グンは祈る様に呟いた。



ー宇宙統一連邦軍第一師団遊撃第一部隊ー

「敵艦から飛翔体の射出確認。…スペースアーマーです! 目標は一機、型は…旧ルチェルトラ機、ポラーレ号⁈ 」

「パイロットは誰だ‼︎ 」

「ふ、不明です。艦長どうしますか、もしダニエル・クロッカーだったら…」

「ええい、狼狽えるな! 相手が誰であろうと撃ち落とすまでだ! アルミロ隊、艦砲の準備が整うまでにそのスペースアーマーを撃ち落とせ! 」

『了解』

 狼狽える部下を一つ叱責し、指示を出す。遊撃艦艦長サリオ・カヴァルカンテは脂汗を流しながら、モニターに映る赤い機体を睨み付ける。

(頼んだぞ…アルミロ)


「さて諸君、仕事だ。あのスペースアーマーを撃ち落とすぞ。」

 アルミロは通信を隊員に繋いだ。

『はい! 』

『了解』

『わ、わかりました! 』

 次々と応答が返ってくる。

「いつも通り、俺が前に出る。お前たちは隙を見て撃ってくれればいい」

 そう言うと、アルミロは敵機へ接近した。

『……全く、二本腕用の機体は狭くて敵わん…ん、繋がってるな、あー、敵の諸君、このまま撤退してくれるならこちらは攻撃しない。連邦軍とは違うからな。だが、戦闘すると言うのなら、撃ち落とす』

 敵機からの通信がコックピット内に響く。

「それはこちらの台詞だよ。君が無駄な抵抗をせず投降するなら、このアルミロ・カヴァルカンテの名において身の安全を保証しよう」

『お優しいことだな、涙が出る。だが遠慮しておこう、どうせこのまま当たれば勝つのは俺だからなあ? なにせ乗っているパイロットが違う』

 挑発とも取れる言葉にアルミロは眉間にしわを寄せた。

「忠告はしたぞ」

 アルミロは操縦桿を強く握り、敵機へ突撃した。一瞬のうちに肉薄し、赤熱ブレードを振り下ろす。しかし、その斬撃は空を切る。すかさず振り下ろされる敵のブレードを足のスラスターを噴射し素早く避けると、ライフルを構える。

「落ちろ! 」

 トリガーを引き、発砲するが、その弾丸は全て避けられる。

「クソッ! 」

 更に二発、三発と連射するも残像に当たるばかりだった。

「速い……! 」

 アルミロが焦りを感じ気が逸れた瞬間、目の前にブレードを構えた敵が肉薄する。

「しまっ…」

 避けられない、そう思った瞬間、敵は突如現れたシールドにより弾き飛ばされる。

『隊長、大丈夫ですか! 』

「アドリーナ、ああ……助かった」

『オレたちも忘れてもらっちゃ困るなぁ! 』

「ガイオ…」

 2機のスペースアーマーがアルミロを庇うように前に出る。盾を構えたアドリーナが叫んだ。

『どんな逸話があろうと今はただの時代遅れの機体よ! 負けないわ! 』

『ああそうだ、旧式ごときにオレたちが負けるか』

 そう叫ぶと、2機は武器を構え、敵に接近する。

『くらえ…』

『…ああ、そうだな。旧型機が新型機を超えることはないとも。ー乗っているパイロットが俺でなければ、な』

 敵がそう呟いた瞬間、2機はそれぞれの武器を持った腕ごと斬り飛ばされた。

『くっ…』

『まだ…』

 まずい、アルミロは本能的にそう感じる。損傷しながらも、追撃を行おうとする二人に呼びかける。

「ふたりとも、いったん下がるんだ! 機体が損傷した状態では」

 危ない、そう言いかけたとき、アドリーナの乗っていた機体のコックピット部分が串刺しにされる。

『た、い、ちょ…』

「アドリーナ‼︎ 」

『な…! 』

「ガイオ‼︎ 」

 次の瞬間にはガイオの乗った機体もコックピット部分を貫かれていた。

「くそっ……」

『言っただろう? パイロットが違うと』

 爆散する2機を背に不気味にモノアイを光らせた敵は静かに呟いた。

『…さて、次はどちらだ? 』

 通信越しにジーノが息を呑む音がする。あの二人は遊撃隊の隊員として長年パイロットをしてきたのだ。簡単にやられるような二人ではない。

「まずい…」

『た、隊長、ふ、ふたりが…』

 恐怖に上擦った声が通信機の向こうから響く。ジーノはパイロットとしてまだ日が浅い。この相手と十分に戦えるとは思えなかった。それにアルミロとて経験の浅いジーノを庇いながら戦える相手では無いのは明白だ。

「落ち着けジーノ、まだ私とお前で2機残っている。数の利はまだある。お前は絶対に近づくな、遠くから射撃で援護しろ」

『は、はい! 』

「いい返事だ、行くぞ! 」

 アルミロは深呼吸すると、再び敵機を見据える。右腕に格納されていた盾を展開し、構えた。

「来い! 」

アルミロの声と同時に敵機は一気に加速し、距離を詰めてきた。

「っ早い! 」

 突き出されたブレードをなんとか盾でいなす。ぶつかったブレードが火花を散らした。アルミロはすかさず左の赤熱ブレードで切り掛かるが、難なく避けられてしまう。続けざまに振るわれる攻撃をなんとか避けながら、アルミロは反撃の機会を伺っていた。

「今だジーノ、撃て! 」

 アルミロは敵機の攻撃を避けながら、背後にいるであろう部下に通信を繋いだ。

『は、はいっ』

 敵がスラスターを噴射させ距離を取る。寸分違わず先程まで敵がいた所を弾が通った。

『外れた…』

ジーノが小さく呟きながら、次々と打っていく。それを敵は避けながら何かを取り出した。

『遠距離には、これだな』

 敵は銃弾を避けながらジーノへ接近する。

「させるか…っ」

 アルミロは突進するが、難なく躱される。

「やめろ! 」

 アルミロは思わず叫ぶ。だが敵は止まることなく何かを投擲した。

『ふむ、銃がなくても槍があれば充分いけるな。今後の参考にするか』

 ジーノは咄嗟に回避しようとしたが間に合わず、投げられた槍は寸分の狂いなく胸部のコックピット部分に突き刺さった。

「ジーノォ‼︎ 」

 アルミロは叫ぶ。だが、もう遅い。

『あ……れ?……うご……かない……? 』

 モニターに映るジーノの機体は動きを止め、やがて爆発した。

「貴様ァッ! 」

 アルミロは怒りに任せ、斬りかかる。それを難なく受け止めながら、呆れた声で敵は言った。

『だから言っただろう、退避するなら今のうちだと。逃げなかった時点でお前達は死んだんだよ』

「黙れぇ! 」

 更に攻撃を続けるが、ことごとく避けられる。まるで、何処を狙っているのかわかってるかのように。

「何故当たらない! 」

 アルミロが叫んだその時、敵のブレードが一文字に薙ぎ払われた。

「しまッ……」

 反応が遅れた。その瞬間アルミロの機体は胴から真っ二つにされていた。

「あ…」

 口から鮮血が溢れ、ヘルメットの内部に血の玉がいくつも浮かぶ。

『…まあ、お前は強かった。他の奴らよりはな』

それがアルミロの聞いた最後の言葉だった。


「アルミロ隊、全滅です…艦長、どうしましょう、このままではこちらにあのスペースアーマーが来ます! 」

 息子の乗ったスペースアーマーが爆発するのをサリオは呆然と見つめた。

「アル、ミロ…。っクソ、艦砲、準備はまだか! 」

 サリオの怒鳴り声に悲鳴の様な声で砲撃手が答える。

「だめです間に合いません! このままでは我々も落とされます! 」

「艦長、撤退の命令を! 艦長! 」

 横の副艦長が叫ぶ。

「っ、艦砲のチャージを停止! シールドとブーストにエネルギーを回せ! 撤退する! 」

「りょ、了解」

 船体を電磁シールドが覆っていく。それを見つめながら、サリオは息子が死んだことを受け止められずにいた。

「弾幕発射します」

「ああ……」

 スピードを上げて離れていく戦場を見つめながら、サリオはただ祈ることしかできなかった。


「すげェ…」

 グンは思わず呟いた。ハヤトの乗ったスペースアーマーはまるで踊っているかのように軽やかに敵の攻撃を避けていく。突撃した敵2機が武器を振り下ろす前に素早く八の字に切り捨て、そのままコックピット部を刺し貫く。遠くから射撃してくる敵にはある程度近づき、相手が撃った反動で動けない僅かな隙をついて槍を投げて対処する。投げられた槍は寸分違わずコックピット部に突き刺さった。残る最後の一機も難なく撃破してしまう。機体の古さも武器の少なさもまるでハンデになっていなかった。

「すっげえな、アンタ! 一瞬だった! しかも一回も攻撃に当たってねェ! 」

『…当たり前だろう、むしろ遅いくらいだ』

「あれでも遅いのかよ…っうお、なんだアレ⁈ 」

 突然敵スペースシップから発射されたものに、グンは驚き椅子から立ち上がる。発射されたそれは途中で炸裂し、視界を奪うように煙幕が張られる。

「おい、おいハヤト! 大丈夫か⁈ なんか撃たれてっけどよ」

 通信機のボタンを押しながらハヤトに話しかける。

『安心しろ、弾幕砲だ。攻撃力はない』

「だんまく? 」

『逃げる時に使うんだ。それより帰還するから出撃ゲートを開けてくれ』

「ん、ちょっと待ってろ」

 グンは通信を切るとさっきと同じボタンを押し、ゲートを開ける。しばらくしてコックピットの扉が開き、ハヤトが入ってくる。

「どうだった、俺の戦いは? 凄かっただろう」

「オウ、すげェかっこよかったぜ」

「そうだろうそうだろう、もっと誉めてくれても良いんだぞ」

 ハヤトは脇に抱えたヘルメットを壁へ適当に引っ掛けると、グンの方を向いて足を組むと席へ座った。前の2本で腕組みをして操縦パネルに肘をついた。

「グン、お前スペースアーマーのパイロットになりたいんだってな。どうだ、銀河連合軍に入らないか。ウチは万年人手不足でな、いくら俺がいるとはいえ流石にもう少し人手が欲しい」

「え」

「こんな状況だ、正式な入隊はもっと後になるとは思うが、ウチに入ってくれればお前の身の安全は確保しよう。勿論今断ったからと宇宙に放り出しはしないし、ちゃんと安全地帯まで送っていってはやるさ」

 どうする? こちらを見つめそう訊ねるハヤトの目を、グンはじっと見つめた。願ってもいないチャンスだった。ずっと願っていた夢が叶おうとしている。だが。

「…なあ、なんでおれのこと勧誘してんだよ。おれはなんも知らねェし、経験だってないんだぞ」

 その言葉にハヤトはニヤリと笑ってグンを見た。

「お前、さっきの俺の戦闘が見えてたんだろう」

「オウ、それがどうしたよ」

「あの機体はな、古いがかなりの速度が出る。あれだ、スピード重視の小型スペースアーマーだ。俺個人は大型の重量級の方が好きなんだがまあそれはいい。そしてあの新型はおそらく系統的にスピードを重視した作りになっている。つまり俺が言いたいのはだな…」

 一度言葉を区切り、たっぷりと間を置いてハヤトは言った。

「お前はかなり目が良いんだよ」

「はァ? 」

「普通はな、あのスピードを肉眼で追えない。俺だって無理だ」

 そう言って頭の後ろで手を組んだハヤトは片目を瞑って言った。

「つまり、お前には才能があるんだ。それがお前をこうやってスカウトしてる理由だ」

「才能…」

「そうだ。お前なら、俺すら超えるパイロットになれる」

 そう言うハヤトの目は真剣だった。腕組みを解き、ハヤトはグンに手を差し出す。

「俺と一緒に戦ってくれ。我が軍にはお前が必要だ」

「…っしょうがねェなあ! そこまで言われちゃ入るしかねェよな! 」

 グンは差し出された手を握った。強く握り返され、グンは思わず顔を歪める。

「痛ってェ! 力強すぎんだよ! 」

「悪いな、嬉しくてつい力を入れすぎた」

 すまんな、そう言って謝るハヤトは嬉しそうに笑うと手を離した。

「では改めて自己紹介といこう。俺はハヤト・クザリ。銀河連合軍のエースパイロットだ。ようこそ我が軍へ」


 宇宙暦2000年。これがのちの歴史において英雄と呼ばれる男の始まりである。

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