スコーンをどうぞ

スコーンをどうぞ

ミオリネ視点の姉夫婦…のはず…?

姉の作るスコーンは美味しい。

ふわふわで甘いスコーンは姉が淹れた紅茶にピッタリで、それにとろりとした赤色のいちごのジャム、青紫のブルーベリージャム、手作りのクロテッドクリームもスコーンと相性抜群だった。まだ学園に通う前は暇があればほぼ毎日焼いてくれていたスコーンは、学園に入ってから作る頻度は落ちていた。それでも時間を見つけてはスレッタや私に作ってくれていたスコーンはラウダには勿論、シャディクやあのエランにも好評で、いつだかエランが「スコーン屋でも開店したらどう?」あと冗談なのか本気なのか分からない顔で言って、姉は困った顔で笑っていたのが懐かしい。

そんなことを思い出したからか、久方ぶりに姉のスコーンが食べたくなった。そんなことを言えば姉は玄関で困ったように手を額に当ててため息を吐いた。その後ろでは、やけにラフな格好をした姉の夫がすごい顔でこちらを見下ろしている。私の横で「ひさしぶりでーす」とブイサインを決めるスレッタの笑顔に追い返す気にもなれないのか、姉夫婦は困った顔で私たち二人を家に招き入れた。

「せめて連絡をくれないか…」

シンプルな赤いエプロンを付けながら姉は髪の毛を束ねる。ぱちりと付けられたターコイズ色のバレッタはかつて姉の夫が愛用していたモビルスーツの色に似ており、つまらないと少しだけ唇を尖らせた。でもシンプルな赤のエプロンは私が昔にあげたものなので機嫌は直ぐによくなる。それはそれとして、結婚してからの姉が暮らす家に足を向けたのは実は初めてだった。初めての家に来たらやることなんて決まっている。

「姉さん、少しだけ家の中見ていい?」

「え、いいけど…面白いものなんてないぞ?」

「いーからいーから、行くわよスレッタ」

「はひぇ?!」

いつの間にかリビングで寛いでいたスレッタの首根っこを掴み引きずり出す。ぽかりとした姉夫婦をほったらかして私たちは少しの探検に出ることにしたのだ。



「この家物少なくないですか?」

「…あるのがまさかこんなよく分からない金色のライオンの置物とはね」

「人の部屋を物色して文句言うのはやめろ」

ラウダは呆れるようにそう言いながら泡立て器で生クリームを泡立てていた。これぐらいでいい?もうちょっと硬めにしてほしいかな。と会話をする姉夫婦を横目に戦利品であるライオンを並べる。並べればちょっと顔が違うのがわかるがそれだけしか分からない。スレッタが一体欲しいです!と言えばラウダは「好きにしろ」とため息を吐いた。

「元々僕の趣味じゃないんだ」

「じゃあ誰の趣味なんです?」

「……」

ちらりとラウダの目線が横に向く。姉はふっと笑っては「そろそろ焼くかー!」と逃げるようにオーブンの方へ逃げていった。察した。

「一体じゃ寂しいだろうと集めてきたんだよ」

「姉さんらしいわね」

昔からああいう物が一体でもあると仲間を増やしてあげないと、と謎の義務感が生まれてしまうタチの人だ。そういえば我が家にも大量の家族がいたなぁと思い出しながら私はスレッタが選んだライオンを眺めていた。かわいいです!エランさんみたいです!と可愛らしい顔をしたライオンの置物を触りながら言うスレッタに「あんたエランのことそう見えてるの?」とちゃちゃを入れればスレッタはすごい顔をしてこちらを見た。

「ミオリネさんに言われたくないです」

「どういう意味よ」

「そのままの意味です〜…」

「はぁ!?」

「僕も同意する」

「はぁあ?!」

どういうことよ!と声を荒らげた私にカップを用意していたラウダがスレッタに同調する。何よ、なんなのよ!と吠えれば2人は目を閉じてやれやれとため息を吐いた。ぶちんと血管が切れる音がする。

「姉さんラウダと離婚して!!!」

「あぁ゛?!する訳ないだろ!巫山戯るなミオリネ!」

「あわわわわ!」

私とラウダの睨み合いに挟まれた事のきっかけとなったスレッタは被害者のようにあわあわおどおど。がるるると唸り吠えて牙を剥く私たちに「え、なんだ?どーした?」とキッチンから出てきた姉は、エプロンの裾で手を拭きながらこてりと首を傾げていた。



「あわぁ〜!いい匂いです!」

スレッタの言葉に私も頷く。出来たてのスコーンの香りは部屋の中いっぱいに広がり、程よく空腹だったお腹を刺激する。早く食べたいとくぅくぅ鳴るお腹を少し宥めながら、私たちは席について子供のように目の前にあるスコーンに目を輝かせていた。

「わるい、ジャムなんだけどブルーベリーとマーマレードしか用意できなかった」

小皿に分けられたブルーベリーのジャムとマーマレードのジャム、そしてクロテッドクリーム、ラウダが一心不乱にかき混ぜていた硬めの生クリームに、程よく蒸された紅茶。小さなティーパーティーにスレッタも私も頬を緩ませた。

「ちょっと多めに焼いたから、帰る時にお土産で持って帰ってくれ」

「ほんとですか?!ありがとうございます!エランさんも喜びます!」

「ありがとう姉さん」

相変わらず手際がいい姉はエプロンを外しながら席につく。好きなだけ食べてくれ、と言う姉にスレッタはいただきまーす!と元気よく声を上げながらスコーンの山から1つスコーンを掴んだ。私も同じようにスコーンを1つ掴み、皿に乗せる。出来たてのスコーンは当たり前だが熱く、スレッタはあちち!と言いながらスコーンを真っ二つに分け、かぷりと何も乗せずに口に含んで「ん?」と首を傾げた。

「どうした?」

「あ、いえその…」

黙々と食べるスレッタに私も首を傾げながらスコーンを1口口に含む。スレッタが「ん?」と首を傾げた理由がわかった。

「さくさくです!」

「クッキー生地に近い…?」

姉が作るスコーンは甘くてふわふわしていたが、今食べているスコーンは外はサクサクで、中がふわふわで、甘くない。少し驚いた。

「甘くないのに美味しいです!ジャムとピッタリです」

「うん、おいしい…甘くないスコーンも美味しいのね」

スコーンを褒めながら食べる私たち二人に姉はほっと胸をなでおろしながら優しそうな顔をこちらに向けながら紅茶を飲んでいる。ラウダもスコーンを手に取っては黙々と口に含んでは小さな声で「うまい」と呟く。その顔は愛おしげにスコーンを眺めており、私は「げっ」と内心舌を出した。つまりそういう事だ。こいつ、やりやがった。

「ミオリネ?」

どうした?と声をかけてくる姉になんでもないと言いながらスコーンにマーマレードのジャムを塗る。それはもうたっぷりと。その上にクロテッドクリームを乗せては、口の中に放り込んだ。思い返せば、姉さんはマーマレードのジャムなんて作ったことがなかった。なのにマーマレードのジャムが並んでいる。生クリームだって、クロテッドクリームがあるなら必要は無いはずだ。なのに用意した理由は。

隣で生クリームを口の端に付けた男に、姉さんはクスクス笑いながら生クリームを親指で拭う。少し恥ずかしそうな顔をした男は、それでも満足気に紅茶を飲み干していた。

姉の笑顔を見るのは好きだが、この男に染まっていくのはなんだか許せなくて、私は「やっぱり離婚した方がいいわよ姉さん」と甘くないスコーンを口の中に放り投げながらそう言ってやった。

いつの間にかスレッタが連絡していたシャディクとエランが到着するまで、私は小姑としてラウダをネチネチ虐めるのだった。


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