スィートキャンディ・ロールバック

スィートキャンディ・ロールバック


「いい加減、お腹が空いたんだよ! みんなで食べるご飯が食べたくてっ!」

 赤髪の少女が銃を乱射し、こちらの動きが止まる。

「美味しいものは分け合うべきだけど! 食べる事で不幸せになるものを分け合うのは許したくない!」

 灰色の少女が放った銃弾が、私の武器を弾いた。

「甘くはないですが……手間暇かけたグレネードの大盛りを、どうぞっ!!」

 金色の少女が無慈悲な一撃を見舞う。


 アビドス校舎の一角。

 激戦が繰り広げられ、そして今決着がついた。

 美食研究会──最も今は会長を失っているが──とアリス率いる勇者パーティが、アビドス風紀委員と激突した。

 ゲヘナ連合軍と連携し、アビドス風紀委員だけをアビドスの軍勢から分断した。

 かつてのゲヘナ風紀委員長『空崎ヒナ』が率いていただけあって精鋭揃い。特に元美食研究会の黒舘ハルナはゲヘナ屈指の問題児として名を馳せていただけあって非常に手ごわかった。

 彼女の生来の性格によるものか、アビドスではかなり慕われていたのも一因だろう。

「アリスちゃん達、ここは私達に任せて先を急いでください」

 鰐渕アカリがそういうと、アリス達はアビドス校舎へ向かって走り出した。


「美食研究会の皆さん、後でまた!」


 それを見送ると、再度ハルナの方に視線を戻す。すでに立つこともできないし、銃を持つ手も震えている。

「……私達は、今のハルナを否定はできません。思いはそれぞれあれど、結局は『黒舘ハルナ』が決めた美食の道なのは絶対でしょうから」

 それはどんな世界だろうと変わらない。どれほど捻じ曲げられても、自分の軸自体は壊さないのが黒舘ハルナだと知っているから。

 もしも、彼女が奥底で否定していたとしても。美食研究会の信条では否定できない、ということだ。

「だから私達は、私達でない人にお願いする事にしました。ということで、どうぞ♡」

「……こっそり私だけ捕まえてたのはそういうことね」

ジュンコとイズミが一人の生徒を前に出した。

「あなたに、こんな姿を見られるとは思っていませんでしたわ。フウカさん」


 愛清フウカ。ゲヘナ給食部の部長であり、アリスの勇者パーティの一員としてアビドスまでやってきた生徒である。


「こっちのセリフよ、ハルナ」

 フウカはゆっくりと歩み寄る。

「給食食べに来なくなったと思ったら、砂糖にやられたか知らないけれどアビドスにいて」

 目の前に立ったら次はしゃがみ込む。

「挙句、こんな姿を見られたくなかった? 笑わせないでよ」

「フウカさん……?」

 とても真剣な瞳で見つめてくるフウカにたじろいでしまうハルナ。

「ハルナがアビドスでやってた事、聞かせてもらったわ。……まあ、ハルナらしいなって思ったわよ」

 半分成り行きだったと言えるがアビドスの食糧および食育周りの改善を積極的に行っていたのはハルナだ。

 その行動原理、知識は紛れもなくこれまでの美食研究会の活動によってのものだ。


「だから、なんで今そんな表情をしてるのって聞いてるのよ」

「え……?」


「ここでもハルナはハルナらしく振舞っていたんでしょう!? ならなんでそんなに後悔したような顔しかしてないのよ!」


 そんな事は知っている/奥底に封じ込めたのに

 だから顔向けできない/見ないで見ないで見ないで


「知ってるわよ」


 だって砂糖が一番おいしくて/それ以外を美味しいと思えなくて

 みんなで砂糖を味わいたくて/これ以上砂糖を味わいたくなくて


「だから何なのよ」


 どれが本心かわからなくて/いつの間にかみんなが笑顔で

 砂糖でそれを全部溶かしてて/それが幸せだと思っていて


「……ええい、じれったいわね」

「……? えっ、えっと何を……フウカさっ!?」

「私は! もう一度ハルナが私の料理を食べてくれるのを、待ってるのよ!」

 意を決したというよりは、こっちはとっくに腹を括ってるのにという表情で


フウカはハルナにキスをした。


 先に伝えておくが、これはそういう意味のキスでは無い……フウカ本人はそう思っている。

(ん……何か、口の中に……?)

 口移し。まるで母親が子供にあげるように、飴玉ひとつを渡した。

「ねえ、ハルナ。いつも言ってる美食の道って……こういうのは甘いって判断されるの?」

 口の中で転がる飴玉は、本当は甘いのだろう。けれど、やっぱりそれを自分は感じられない。

 なのに、それはもう諦めた感覚なのに、私の本心は


「とっても、甘いですわ」


 と零した。

 その飴玉も普通のものではない。

 アリス達はアビドスに向かう際にミレニアムのリオとヒマリから支援を受けていた。

 曰く、アビドスでの戦闘中に間違って砂漠の砂糖に魅入られないようにするための対策だという。

 今の彼女達は砂漠の砂糖の中毒性に多少の耐性を付与されており、緊急時用に症状を和らげる飴玉を隠し持っていた。

 飴玉なのは形態しやすく、食べやすいからという理由であり、アビドスに持ち込んだ後に無くしても怪しまれにくいからだという。

 何はともあれ、ハルナはそれを摂取した。”実は人肌の温度で接種すると効力が高くなる”とかそんな話もあったらしいが、今の二人には関係ない。

 ただ、大事なのは。


「なんだ。まだハルナはハルナでいられるのね」

「……ええ、これほどの美味を味わってしまったら目を覚ます他ありませんわ」


 彼女は奇跡を起こして、少しだけ砂漠の砂糖を跳ねのけたことだ。

 黒舘ハルナはゆっくりと立ち上がる。

「私は、美食研究会の黒舘ハルナ……ええ、今更ながらもう一度そう名乗らせてもらいますわ!」

「それでいいのよ、バカ……」

 フウカもゆっくりと立ち上がる。再度二人の視線が絡まり、そして──


「さーて、二人の世界でいて欲しい所ですが、どうします? 私としては熱くて甘いシーンを見れたので満足なんですけど♡」

 アカリが突然二人の間に割って入る。正直このあたりにしないとこの二人止まらない気がしたので、必要経費だ。

「んんっ、そうですね。まず私は彼女ら……アビドス風紀委員を安全なところに移します。……曲がりなりにも彼女らを率いた者のけじめはつけます」

「わかったわ。一人で十分?」

「ここからそう遠くない場所にちょうどいい隠れ家スポットがあるので大丈夫ですわ。それと、美食研究会!!」

 三人へと声を掛ける。それは在りし日の彼女の姿。

「フウカさんを無事にアリスさん達の元へ届けなさい」

「「「了解!!」」」」

「へ、ちょ、待ってって!!」


「フウカさん! 絶対にまたゲヘナの食堂に行きますから、その時までごきげんよう!!」


 自分は相当砂漠の砂糖に魅入られた。通常の味覚を取り戻すのも難儀するだろう。でも、あれだけ甘い思い出を貰ったら……相応に返さないと納得ができない。だから、その想いを胸にハルナは再度、自らの意思で歩き出す。

(まずは皆さんを戦火から離す……それと状況共有をしたいところですが、ヒナ委員長は……ええ、あの爆心地の中心でしょうし、無理でしょう)

 少し遠くで勃発しているゲヘナ風紀委員達との闘いを見やり、ため息をつく。

(なら……、あまりよろしくは無いですが、止むを得ませんね)

 スマホを取り出し、連絡を入れる。

「もしもし? こちらアビドス風紀委員の黒舘ハルナですわ」

『ハルナさんですか。前線で何かありましたか?』

 相手は浦和ハナコ。現アビドスのトップ3であり、油断ならぬ相手。少なくとも裏を掻くなんて考えない方が良い。

「風紀委員は全滅。ヒナ委員長だけゲヘナ相手に交戦中ですわ。よって数名、アビドス校舎に潜入したと考えてよろしいかと」

『ハルナさんは無事なんですか?』

「戦闘続行はキツいですわ。今は気絶した他メンバーの避難が手一杯です」

『了解です。そのまま続けてください』

「ありがとうございます。その後はどうします? 多少なり動けるメンバーはいた方がよいでしょう?」

『うーん……いえ、一旦彼女達を見守りつつ待機していてください』

「承知ですわ。何かあれば連絡をくださいませ」

 そこで連絡を切った。

(……何か懸念しているのか、この戦いは一筋縄では終わらないという事でしょう。それに、私の今の状態はバレてないでしょうし、まずはそれを良しとしましょう)


 彼女は気づいていなかったが、自力で砂糖の魅了を振り切った生徒は数えるほどもいない。

 その情報が伝わる事の意味もまだ理解してはいない。そんなことは後々振り返ればいいのだ。

 少なくともこの戦場ではそれでいい。あらゆる者が起こした奇跡が紡がれ、収束していくのだから。


 またひとつ。光の糸が手繰り寄せられた。

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