ジャンバールのお悩み相談室〜キャプテン編〜
ある海賊船の一室にテーブルを挟んで座る男が2人。
1人は立ち上がれば天井に届くのではと思われる程巨体な男で、明らかにサイズが小さい椅子にちょん、と座る姿はどことなくシュールだ。
そして、向かいに座るのは細身の男だ。その男も立ち上がればそれなりに身長はあるのだが、目の前の男と比較すると大人と子供のような体格差であった。
「船長、話とは?」
先に口を開いたのは巨体の男だった。これまた明らかにサイズが小さいコップの取っ手を摘んでそっと中身を流し込む。
「……」
問いかけられた細身の男、トラファルガー・ローは目の前に置かれたコップに口を付けることなく両手で持ったまま沈黙している。時折口を開いて、しばらくして口を閉じる様はどう見ても悩める人のそれであった。
「ジャンバール…」
ローは巨体の男、ジャンバールを見上げて意を決したような表情で口を開いた。
「お前から見てウチはどう思う?」
問の意図がわからず眉をひそめるジャンバールの反応に少し間を開けてローは言葉を続ける。
「その……お前は船長経験があるだろう?」
「まあ、そうだな」
ジャンバールは元々海賊船の船長であった。それが天竜人の奴隷になり、シャボンディで今の船長のローに拾われている。
「そのお前から見てウチの海賊団は…というより、クルー達はどう感じる?」
「なかなか難しい質問だな…。まあ、お前達はとても仲が良いように見えるが」
思った通りを返すとローはうーん…と首を捻った。
「仲良しに見える…のか?」
「何を言う、船長。お前達程仲の良い海賊など他にいないと思うが」
「そうか?俺にはあいつらが何を考えているのかわからない時があるんだが」
「それはお前の考えすぎだと思うが…」
そこまで言ってジャンバールは合点がいった。なるほど。
「何かあったのか?」
たっぷり間が空いてふっと逸らされた視線に何かあったのだなと悟る。
この男は本当に仲間思いだとジャンバールは思う。一見冷徹なように見えて実は情に厚い。
そんな彼に拾われて心底良かったと感じているからこそ、大恩人の悩みを解決したいと思うのは人として当然の事だろう。
「何があったか話してくれないか?」
「いや……でも……」
言い淀むローを見てジャンバールは内心苦笑する。そうしていると年相応の若者のように見える。
「俺はお前の力になりたいと思っている」
「……わかったよ」
観念したかのように溜息をつくローの姿はどこか子供っぽく見えた。
彼が話すには。
小腹が空いた彼がキッチンに入ろうとすると『キャプテン入室禁止!!』という張り紙がドアに貼られていたのだと言う。そして中からはそれはもうワイワイと楽しそうなはしゃぎ声が聞こえてきて疎外感を感じたとのこと。
ぽつぽつと語る黒髪を見下ろして、ジャンバールは内心「これはどうしたものか」と言ちた。
クルー達が話す内容に検討はついているものの、それをこの若き船長にどう説明したら良いものか。
「前も同じようなことがあってだな…まあ、クルー同士でしか話せないこともあるだろうからと放っておいたんだが、どうも度々やってるらしくて…」
そして最後に「そんなに俺は信用できねえのか」と小さく呟いて俯いてしまった。
あー……これは完全に。
このままでは拗れる予感をひしひしと感じ取ってジャンバールは決意した。
「ロー船長」
「…なんだよ」
「中で何をしているか見てくるといい」
完全に丸投げであった。東の海に百聞は一見にしかずという言葉がある。この言葉はこの時のためにあったのだとジャンバールは実感した。
悩む素振りを見せるローの背中を多少強引に押して、キッチンの前に連れていく。
ふにゃふにゃの字で『キャプテン入室禁止!!』と貼られたドアを前に助けを求めるように見上げてくる船長に、ジャンバールは優しく微笑んで頷いてやり、
「えっ、ちょっ」
キッチンのドアを開けてその体を中に押し込んでやった。
ひと仕事終えた時のような達成感に湿ってすらいない額を拭う。
そのまま先程の部屋に戻って温くなった茶を飲み干した。
ジャンバールが新しく淹れた茶を飲んでいる時、遠くからバタバタバタと騒がしい足音がこちらに向かってきた。
もう1つのコップにも新しい茶を注いでやって、ふうと息をく。
バタンッ!と荒々しく開かれすぐに鍵を閉めて入ってきたのはどこか服を寄れさせたローだった。
そのまま向かいの椅子に勢いよく座り、ゴッ!!と鈍い音を立ててテーブルに突っ伏した。みるみる赤く染っていく耳と首元をジャンバールは微笑ましく見守って、跳ねたコップからこぼれた茶を拭いてやる。
しばらくして落ち着いたのか顔を上げたローは赤くなった顔を隠すように帽子を下げながら憎々しそうにぼやいた。
「馬鹿なんじゃねえの」
「そうか」
「馬鹿だろ。あんな…ッ、馬鹿だろ」
すっかり語彙力が溶けてしまった彼は再びテーブルに突っ伏した。
またこぼれた茶を拭いてやる。
ジャンバールはローが落ち着くまで静かに待った。
「それで?悩みは解決できそうか?」
「……解決した」
「そうか」
むっすりと不貞腐れる船長に思わず苦笑が漏れてしまうと彼からギロリと睨まれた。
「…お前知ってただろ」
「さあ?どうかな」
すっとぼけるジャンバールに舌打ちをして、ローは熱いお茶を味わわず一気に飲み干してやった。
ハートの海賊団の航海は本日も順調である。
end
ちなみにクルー達は『第n回我らがキャプテンを褒めちぎろう回』で盛り上がっていた。