ジャックvsウタ

ジャックvsウタ



「なぜ立ち上がる………いや、何故立てる! とっくに体は限界なはずだ!」


 ライブもまもなく終演。既に両者の肉体は精神によって突き動かされている。

 それは誰が為に動くのか、少なくともジャックは自分達の船長の為だと考えていたが、


「確かに喉は痛いし、血はいっぱい出てるし、おまけに左手も上がらない………けどね」


 彼女の脳裏に翳るのは愛しき幼馴染みだけではない。貧しくても笑うしかない、いや笑う事しか許されない、そんな世界をなんとか生きてる人達。


 主君を殺され、仲間に裏切られてなお、『開国』という言葉と未来から託された意志に恥じぬよう突き進む侍達。


 そんな彼らに優しくされた、食べ物をもらった、背中を預けた。


「私は………私は! 友達を傷つける人を許さない!!」


 人はそれを──戦友という。

 短くはない旅路の中で侍達は仲間だった。

 短い触れ合いで、民達は幸せになれる人ばかりだった。


「友達だと………? 笑わせる! この国は信じるべき存在を見誤り、迫害を反省もせずにたらればを語るゴミばかり! おれ達にとってただの踏み台でしかねえんだよ!」


 ジャックの鼻が武装色で黒く染まる。牙もまた、染まり上げ、顕現するのは三叉の槍。

 恐らくは最高の一撃、生半可な技では対抗できない。武装色では勝てない事は知っている。


 ならば、自分には何が出来る?

 何が得意だ、何の色に優れている?


 ──答えが出た時、ジャックの雄叫びがライブフロアを支配した。


「牙象暴走列車(マンモスタスクトレイン)!」


「魔王の行進曲………(エルケーニッヒ・マーチ)」


 ウタもまた槍を片手に音を置き去りにして加速する。魔王は退かない、後ろにはもう戻れないのだから。


「三叉象(トライデント)!!」


「悲哀歌(エレジー)!!」


 磨き上げられた最高の一撃にして最後の一撃がぶつかり合うが………力負けしているのは誰に見ても鮮やかで、


「世の中は甘言じゃ変わらねえ! お前が目指した新時代も! ウタで世界を変えるなど夢のまた夢だ! 目を覚まして、現実に崩れ落ちろ!!」


 二本の牙で弾かれた槍が空を舞う。体制を崩したウタへ迫る鋭い鼻の一撃。未来が見えなくても分かる、心臓を撃ち抜くその先に、


「──いつだって私の現実はつらかった。けど、だから今の私がいる! アンタがどれだけ言おうとも!!」


「しまった、鼻が──!」


 崩した体勢から盾による受け流し、大地に深く突き刺さった鼻をジャックが抜く間に歌姫は空に実を躍らせて、


「私は魔王として、新時代を歌い上げる! 魔王の行進曲(エルケーニッヒマーチ)!!」

「聞くのはお前の悲鳴だけだ! 牙像息吹(マンモスブレス)!!」


 突き刺さってた鼻に吸われていた瓦礫が風圧の弾丸として飛来するが、ウタには微風のようにかわし、かすりさえしない。


 見聞色で読んでいるのに当たらない、その御技を使える奴をジャックは1人しか知らない!


(見聞殺し………あの赤髪の!!)


「悲哀歌(エレジー)………!」


「来い! 俺は『旱害』のジャック!! カイドウさんを海賊王にする男だ! 牙像突撃槍(マンモスタスクロケット)!!」


 牙が飛ぶ。ウタの頬を切り裂いて、天井を破壊して、月の光が後光に差す。月下に咲いた一輪の花のような槍が、


「再開(アンコール)!!」


 ジャックの牙を吹き飛ばし、床を貫き、大地を穿つ。残ったのは巨大な穴、そして穴の底で月に照らされ、口から血を零す男と


「くそ………屋上の傷がなければ、お前みたいな小娘に………」


「はあ………はあ………全く10億の男が情けない──負け惜しみ!」


 槍を片手に勝利を歌う魔王の姿のみ。

 

 ライブフロアの戦い。

 『旱害』ジャックvs『魔王』ウタ

 勝者──ウタ


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