シロコの部屋で②

シロコの部屋で②


「んっ……んぅ?」

夢の世界はもう終わりだ。そう言わんとするかのように今まで見ていた夢の世界は掻き消えて閉じられていた瞼が自然と開く。寝ぼけた眼で視界を確認すると、視界に広がる見知らぬ天井は窓から入る月明かりに照らされて明るかった。

(ここ…どこ……?)

起きたばかりで回らない頭を必死で回して考える。

自分は今日、シロコと一緒にサイクリングをしていたはずだ。いつもよりも長い距離のライディング。シロコとサイクリングを初めたばかりの頃と比べると割と鍛えられた今の自分でもなかなか大変で途中で完全にへばって動けなくなってしまった。完全に限界で自分の家や学校にも帰れない…となっていたところで近くにあったシロコの家に上がらせてもらって…シャワーを浴びさせてもらっ……て……

完全に意識が覚醒すると同時に自分の隣に温かい体温を感じる。完全に思い出した今までの記憶からなんなのか分かりきっているその温もりの方向にゆっくり視線を向けると、やはりというかなんというか。そこには自分と同じベッドの上、自分の隣で肩に顔を預けるようにして静かに寝息を立てて眠っているシロコの姿があった。

「シロっ…ッッッ!?」

分かっていたとはいえやはり驚いてしまうその情景。驚愕で起き上がってしまいそうになった体のそのほんの僅かな動きを刈りとる様に襲いかかる筋肉痛。思わず上がりそうになった悲鳴を口の中で必死に噛み殺し、体を元の仰向けの位置に戻した。シロコを起こさない様にゆっくり布団から出ようにも今の体でそんな動きは到底できそうにもない今、自分は体の内では心拍数を再現なく上昇させながらも外に対しては音を出したりもせず静かにしているのが最適な行動の筈だ。


 外から聞こえてくる音はなく、天井を照らす月明かりにも変化はない。ただ天井を見つめたまま、日が差していた昼の時間にシャワーを浴びた後の疲れた体を夢の世界へと誘ってくれた優しい匂いを。いつもは日常のふとした瞬間に香るシロコの匂いを部屋や布団…今隣で眠っているシロコ本人から感じていた。

「…そういえば……」

寝る前の事に思案を巡らせてふと思い出す。あの時は窓の外からの涼風を感じながら、今横になっているベッドを背もたれにして床に座りながら眠っていたはずだった。けれど、今は窓はしっかりと閉められたままこうしてベッドに布団をかけて横になっている。

「そっか…」

筋肉痛で痛む体を頑張って動かし、自分に頭を預けてくれているシロコに向かい合うように寝返りをうつ。シロコと出会って…そして交際を始めて今に至るまで。その中で一番の至近距離で見たシロコは、月の光に照らされて息を呑む程に…今まで見た何よりも美しかった。

「シロコがこうして寝かせてくれてんだね。…ありがとう」

彼女のその艶やかな銀髪に手を伸ばし、撫でる。セミロングの長さの彼女の髪はとても手触りが滑らかで、一度手を動かしてしまえば簡単に手の中から滑り落ちてしまう。それがどうにも名残惜しくて、手の中で優しく掴んでしまう。自分の手の中から無くならないで。とでも言いたげに。


「…かっこ悪いな」

こぼれ落ちたのは自嘲だ。恥ずかしいから、とか。色々理由を付けていても、結局は自分のせい。

アビドスで助けてもらって。シロコと出会って。もう殆ど人がいない学校なりに学生として過ごしたり、借金の返済だとか砂漠化の対策だとかを頑張っている内にシロコの事を目で追っていた。シロコの言葉一言一言で簡単に心を動かされていた。彼女のことを、好きになっていた。

傍から見てたホシノにはあっさりバレるくらいには分かりやすかったらしいそれを、シロコにすぐに伝えることはできなかった。

『大切な人がいつまでも側にいてくれるなんていうユメ物語は存在しない』

そんなこと分かりきっている筈なのに、その一歩をどうしても踏み出せずにいた。今までの関係にか変化を起こしてしまって、シロコも自分の側からいなくなってしまうんじゃないかと思うと今このままでいられる事に甘えていた。


あの人が来るまでは。


かっこいい人だった。アヤネの出したSOSに応えてやって来てくれた先生は、出会って間もない筈の自分達の事を真剣に考えてくれた。先生として生徒と真摯に向き合ってくれた。

心の底から憧れることができる様な凄い人。シロコが先生に向けている視線…今まで見てきた物とは異なるソレに気付いた時、本当にそう思った。

シロコが先生の事を好きになる理由と自分がそうはなれなかった理由。山ほど浮かぶそんな理由を集めて悲しさや悔しさやらの感情がごった返すのを無理くり収めて、せめて最後に告白を…あまりにも遅すぎてもう手遅れになったソレをしようと決めた。

「…うん。いいよ。」

本当に、思ってもいない嬉しいことが起こってくれたけれど。


破れかぶれの、本当に自分に蹴りをつける為だけだった筈の告白が成功してくれてシロコと交際を始める事ができた。一緒にサイクリングしたり、放課後は2人だけでお店に行ってみたり。付き合う前にしていた事の延長の様な事が多くても、2人で一緒にやることは楽しかった。そんな中でも時折、自分なんかでいいのか。と心の中で思ってしまうこと。シロコが信じてくれている筈の自分自身を信じる事ができずにいることがあって。

ずっと一緒にいてほしいと。離したくないなんていう想いの丈を、こうして眠っている時の彼女にしか伝えられなかったりする。

「大好きだよ。シロコ」

彼女の体の下を通して背中に手を回し、そっと抱き寄せて囁く。

いつかこの想いを、目の前の彼女に直接。『愛しています』

そう伝えることができる様に。自分を信じられるくらい強くなりたい。と、そう思った。




部屋に聞こえる寝息は一つだけだった。一度目を覚ました少年が改めてまた夢の世界に向かった中で、シロコだけがまだ起きていた。


シロコが目を覚ましたのは少年が目を覚ましたほんの少し後の事だ。少年が目覚めてから筋肉痛で悶えた一連の流れ。彼はシロコを起こすまいと必死に努力していたが、あの一連の流れはシロコが目を覚ますには充分過ぎる物だったのだ。

せっかく起こすまいとしてくれていた彼の目の前で起きるのも気が引けてシロコは目を瞑り眠ったフリをしていたのだが

(これは…何?)

彼に抱きしめられて、何か知らない物が湧き上がってくるのをシロコは感じていた。


前に先生が自分を抱きしめてくれたことを思い出す。あれはとある依頼が終わって帰って来た時のこと。少しだけ危険だった依頼が終わったあと、先生はすごく心配してくれていたみたいで、私を抱きしめて無事を喜んでくれた。

先生に抱きしめられたら緊張で少し強張っていた心もすぐにいつも通りに戻った。先生の腕の中だと、心から安心する事ができた。

でも、彼に抱きしめられた時は真逆だった。心臓はどんどんどんどん早くなっていって、体中に血が回って顔は物凄く熱くなる。心の中には初めての気持ちが溢れて止まらない。それでいてもう嫌か、二度と感じたくないかと言われるとそんな事はない、とても心地良い感覚。

私はコレを知らない。

(先生、これはなに?)

そんな疑問がふと浮かび上がるけど、自分の奥底に閉まった。

何度スクロールしようとしても止まることのないこの気持ち。これは先生に聞いちゃいけない…アビドスの皆んなにも、この感覚をくれた彼自身にも。誰にも聞いちゃいけない事は分かるから。

「ん…自分で見つける。貴方と一緒に」


やがてシロコもゆっくりと眠りにつき、アビドスにはよく晴れた快晴の朝がやってくる。

1分14秒と、更にその先の答え。少年と少女がそれに辿り着くのはまだもう少し先のこと

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