シロコの部屋で①
「シャワー、上がったよ……?」
自室のシャワールームから出て部屋着に着替えたシロコはドアを一つ隔てた部屋の中に声をかける。それは、ついさっきまで一緒にツーリングしていて、先にシャワーを使ってもらっていた彼に向けたものだ。が、シロコのかけた声に対して彼からの返事が返ってくることは無かった。
その事にシロコは疑問を浮かべる。自分がシャワーを使っている間に彼が外に出るような音は全くしていないから彼がこの部屋にいる事は間違いない。彼の耳に声が届かなくなるほど彼を熱中させてしまう様な物もこの部屋には置いていない。なら、彼はいったいどうしたのか?その疑問と僅かな不安に突き動かされる様にシロコは自室へのドアを開けた。
結論から言うと、シロコが僅かに感じていたような不安は全くの杞憂だった。
涼やかな。それでいて爽やかな風を室内に受け入れている開け放たれた窓からは、空の頂点から西日に移り変わっていく陽射しも室内に差し込んでいる。そんな日の光が差し込んでいる部屋の中には、ベッドに背中を預けて座ったまま寝息を立てている彼がいた。
「寝ちゃってたんだ」
何事も無かった。その事に安堵を覚えながら彼の隣にしゃがみ込むと、そのままジッ……と寝顔を確認して指で頬を軽く押してみる。その行為にも反応する事なく眠っている寝顔はとても安らかで、起こそうと思ってそう簡単に起こせる様な物では無さそうだった。
「ん、このままだと風邪ひいちゃう」
立ち上がると窓際まで行き開いていた窓を閉める。座ったまま眠っている彼をベッドに寝かせてあげようと手を体の下に入れて持ち上げる。
「……軽い」
今までシロコが出会った人達の中で間違いなく一番弱いであろう彼の起こす事なく持ち上げることは簡単だった。そのままベッドにのせて布団をかけると、ついまた彼の寝顔を眺めてしまう。彼から告白されて、それを受け入れて恋人という関係になって。そんな形になってから、以前にも増して彼は恥ずかしがったりする様になったからすぐ近くで彼を見れるのは貴重だった。
「…貴方はもっと自信を持つべき」
彼は自分自身に対しての評価が低い。確かに体が弱くて戦いが起こった時の戦力には成り得ないけど、自分が出来る事で皆の為に必死に頑張っている事を私は知っている。自分が出来ない事をできる様になる為に努力している事を私は知っている。
『好きです。付き合ってください』
雑誌や会話の中で出てくる意味だけでは無い、その言葉の本当の意味。それを理解しきれていなかったのにその言葉を受け入れられたのは、そんな姿を見ていたからだ。それからは食事をしたりサイクリングをしたりと一緒に過ごして。いつかもっと遠くまで一緒に走りたいと思うようになった。
できれば200km
「でも、こうして疲れて眠っちゃうまで付き合わせちゃうのは良くないのかもしれない」
そう、シロコは独りごちた。
そうしていると、日もすっかり落ちて部屋に差し込む日の光は夕日に変わる。部屋の中に差し込む光もすっかり朱色の物に変わっていくなかでシロコは眠気に襲われた。
「ん……寝る」
立ち上がって寝る準備を済ませると、いつも通りにベッドに…今日は眠っている彼の後ろに横になる。
目の前にある背中はあの人と比べると小さい。けど頼りないかと言われるとそんな事は全くない。その背中に頭を預け、目を瞑る。
眠気はすんなりとシロコの意識を奪っていき、彼女の心を夢の世界へと誘い込んでいく。
今夜は、いつもよりもいい夢を見られそうだった。