シュガー・ミスト

シュガー・ミスト








アビドスの市街地、その路地裏の奥にひっそりと立つあるホテルに、少女達が数人、連れ立って入っていく。

光量こそ少ないものの彩度の強いピンクのネオンサイン。入り口の前に記されて料金表。その見た目から想起されるイメージに違わず、ここはいわゆる、ラブホテル。


「────はやく、はやくっ……!」

「はいはい、慌てない慌てない。まずはシャワー浴びてからね」

「お砂糖は逃げないから、ね?」


部屋に入るなり、少女のうち1人がもう待ちきれないと言わんばかりに催促をする。そんな彼女に残る2人の少女たちはカラカラと笑いながら、乱雑に服を投げ捨てバスルームへ入っていく。


「はーい、洗ってくよー」

「……………っっっ!!!」


暖かい湯で身体を洗われている間も、少女の様子はおかしいままだった。身体は小刻みに揺れ、歯はカチカチと鳴り、目の焦点はどこかあっておらず、瞳が忙しなく揺れている。どう見ても異常な容体だが、それを目にしていながら2人の少女は心配する素振りも見せない。……それどころかその様を見てますます笑みを深めてさえいる。


身体を拭き、寒さではない別の何かから震える少女の髪を1人が乾かし、その間にもうひとりが何やら物々しい機械を準備する。

一言で言うならそれは、加湿機、あるいは吸入機のような機械だった。噴出口のような箇所からはホースが伸びており、先端にはガスマスクの様なアタッチメントと繋げられている。ただし、その中に入れられている液体はただの水やアロマの類ではない。


「はい、準備できたよー。お待ちかねのぉー……『シュガーミスト』♡♡」


『シュガーミスト』。

アビドス・シュガーを溶かした水を霧状にして、鼻や口から吸入する手法。アビドスを取りまとめるカルテルの首長の1人、浦和ハナコの持つ自らの身体からフェロモンのような砂糖の香りを散布する体質から着想を得たもの。

鼻や口から取り入れることで、アビドスシュガーの芳醇な香りを鼻から、至高の甘さを口いっぱいに感じることができ、そして何より肺などから浸透していくことで、極上の快楽を与える砂糖の効能をより強く脳や身体に染み渡らせることができる。

500ml程度の水に角砂糖ひとつ程度の量の砂糖でも、通常の砂糖水の飲水や静脈注射などと比べて長く、より深く楽しむことができる為に、砂糖中毒者の中で密かに人気を集めていた。


「はっ、はっ、はっ、はっ…………!」


吸入機を目にした途端、さらに震えが増す少女。彼女もシュガーミストのヘビーユーザーであり、ミストに使用する砂糖水も通常の濃度ではとても満足できなくなり、特製の高濃度の砂糖水を使うほどだ。


実は、高濃度のシュガーミストはアビドスの中でも禁止指定がされている代物でもある。あまりにも深く、強烈にキマりすぎてしまう為に、身体を壊してしまいかねない。故に、砂糖の使用と拡散に強い意欲を示すアビドスとしては本当に珍しく、小鳥遊ホシノの名の元に規制が課されている手法だった。

ただ、あくまで販売や表立っての使用が厳しくなっただけで、自宅や自室で隠れて使おうとする者までを取り締まることは難しく、こっそりとシュガーミストに手を出す者は後を絶たない。この少女達のように。


「はいっ、どーぞ♪」

「はっ、あっ!」


手渡されたガスマスクを飛びつくように取り、口元に押し当てる。何度も何度も煮詰め、砂糖を足し、また煮詰めを繰り返すことで出来上がった濃い砂糖水。それが徐々に温められ、砂糖の成分をたっぷりと含んだまま霧状に変えられて────


「すぅーーーっ……………ゔっっっ♡♡♡♡♡」


管を伝って来た白いモヤを静かに大きく吸い込んで、数瞬。少女の目の焦点がふっとブレて、身体全体がピクッと強く跳ねる。


「すぅぅーーーーっ………ふぅぅーーーっ♡♡♡」


視界をバチバチと白く明滅させながら、少女は頭の中にじゅわぁっ、と何かが染み出すような、あるいは染み込むような感覚をはっきりと知覚した。砂糖の成分が脳まで達した感触なのか、過剰に刺激された報酬系の感覚なのか、はたまた脳内麻薬がしっかりと認識できる程に一気に吐き出されたのか。


「すぅぅぅぅーーーーっ♡♡♡ふぅぅーーーっ♡♡♡」


機器とホースで直結されたマスク型の吸入部は、口を覆うようにぴたりと押し当てることで、シュガーミストを余すことなく吸い続けることができる。

そのまま吸い続けていても酸素は取り込める為に窒息する危険はないが、大気よりも酸素の薄い空気であることに変わりはない……と言うよりも、彼女たちは、あえて酸素濃度を落として使用している。


「すぅーーーっ♡♡ふぅーーっ♡♡すうぅーーっ♡♡」


(あ゙ーーーっ♡♡♡死ぬっ♡♡死んじゃゔっ♡♡♡きもちっ♡♡死ぬ死ぬっ♡♡)


死なない程度に、それでいて少しだけ息苦しさと酸欠を覚える程度に呼吸をし続けることで、ランナーズハイに似た症状を意図的に引き起こす。苦痛を和らげようと過剰に分泌される脳内麻薬に、砂糖の効能が上乗せされる。禁じられたものに手を出す背徳感、本能的に察してしまう命の危険、それらが生み出す絶望感にも似た悦楽が、最後に被虐欲求を刺激して、脳と心が同時に極まって。


「────────ゔっ、ぅ、ゔあ゙っっっ♡♡♡♡♡♡♡」


(あ゙っはっ♡♡きったぁぁっ♡♡)


頭の中、脳の全てが一気に泡立ったような錯覚に襲われる。視界が白く爆発して、耳はきいぃーん……というような耳鳴りの様な感覚に支配されて。マスクを口に押し当てた姿勢のまま、びぐんっ、と背中を大きく反らし、少女はイった。


「ゔゔぅぅーーーっっ♡♡あ゙っ、あ゙っ♡♡ぎっっっ♡♡あ゙っっ♡♡」


身体のどこも触れられてないのに、とびきり強く絶頂した時の脳幹が引き絞られるような強い感覚が、甘美な痺れとなって脳内を、そして脊髄を伝って全身の神経めちゃくちゃに犯してくる。


「あー、身体強張ってるね」

「ダメだよー。ちゃんとトリップしなきゃ」


そう言いながら、2人の少女のうち1人が背中側から手を回して、状態を少し倒させてもたれさせて来る。


「はい、深呼吸して……力抜こうね……」

「イくイくしてて辛いけど、リラックスだよ」

「んっ、ゔっ……♡すっ、ぅうーーー……はぁ…………ぁっ、はあ゙っ♡♡」


2人に言われるがままに、深呼吸をする。ゾクゾクゾクゾクッ、と畳み掛けるように全身を駆け巡る悦楽に、身体が暴れそうになるけれど、左右の耳に注ぎ入れられる囁きに反射的に従って、徐々に身体の力が抜こうとする。


「…………あ゙っ────?♡♡♡」


不意に、じゅわぁっ、と頭の中に何か染み込むような、あるいは頭から何かが染み出すような感触がして、かくっと身体から力が抜けた。


「はっ……あー……♡♡」

「あ♡来たかな?」

「うん、来たみたい」


くすくすと2人が笑う。少女の身に起きたのは高濃度のシュガーミストを服用することで起きる現象だった。脳が身体の危険を感じる部位か、脳の身体を動かさせる部位か、どこかが麻痺した様に一時的に動かなくなる。強烈な絶頂信号が脳と身体中を駆け巡るけれど、暴れることなく、ただ砂糖の霧に浸ることができる。


「…………すぅぅーーーーっ………ふぅぅーーーっ♡♡♡………っっっ♡♡♡♡」


静かに吸って、吐く。脳イキする。また吸って、吐く。またイく。

うっとりとした、快楽に蕩けきった顔のまま、ひたすら呼吸をして、脳をイかせていく。


「はっ、ゔっ…………♡♡」


ぞわぞわぞわ……♡♡と、寒気のような快楽が全身を犯していって、またイって、イって、イって────


「ふゔ、ぅっ、ぅーーーっ♡♡♡」





「────そろそろいい感じかなー?」

「そうだねー。『下拵え』も済んだし……頂いちゃおっか♡」




そんな少女を、2人は笑って眺めていた。






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