シャーレの先生、少しお時間よろしいだろうか。
土建屋ミレニアムへの出張中、シャーレの先生を見つけた。
向かっている方は……呑み屋街か。
これはちょうどいい。彼に話したいことがあったのだ。
人読みを交えながら、軽く後を付けていく。
一軒の暖簾をくぐったのを見た後、私も後に続く。
中は料亭のようなところだった。
「おや、そこにいるのはシャーレの先生ですかな?」
あえて表情を変えて偶然であったかのように見せる。
"ええ、まぁ。"
青年は困ったような笑顔を浮かべている。
その姿を見れば、人の良さが窺えるくらいには。
「おお、では少しお時間よろしいだろうか。」
そういいながら、有無を言わさず隣の席に座り、ビールを瓶で注文する。
先生には悪いが、拒否権はない。
私たちにとっては大事な話だからだ。
"……その前に名乗っていただけますか?
あなたはそうでなくても、私はあなたのことを知らないので。"
礼を失するというのは人をより強く印象づける要素の一つだ。
古来から使い古されてきた論客のやり口であり、肌に合わないものではあるが、多少は効果があったと信じたい。
「これは失礼。私はあにまん自治区にて建築業をしているものだ。自治区内では『土建屋』で通っている。」
そう言って名刺を懐から取り出す。
"ということは、自治区関係のことですね。"
「簡単に言ってしまえばそうなる。
……合意なく連れてこられた身ではありますが、それでも私はあの自治区には思い入れがある。
自治区の友人、建てた建造物、そして生徒たち。先生はどうだろう。
彼女らのことをどうお思いだろうか。」
"……今は返答できないかな。"
返答一つにすら人の良さが滲み出ている。
嘘の一つでも付けばこうも悩む必要はないだろうに。
「随分と正直な回答だ。
では私も正直に宣言せねばならんな。」
「もし。もし仮に、あなたが私たちの自治区の生徒を害そうとするのであれば。
他の誰がどうであれ、私は容赦しない。」
青年の目が変わる。その笑顔は崩れていないが、敵を見る目に。
……めっっちゃ怖い。
でも。私が彼女らを守るにはこうするしかないのだ。
恐怖に怯える心を置き去りにして、大人の責任が私の口を突き動かす。
「……正直、私にできることは高が知れているだろう。
なので、私は手段を選ばん。
もしそうなった場合は、貴様に意地になった大人の面倒臭さを骨の髄まで叩き込んでやる。」
……言えた。
生身の肉体があったなら今頃漏らしていたかもしれない。
「――などと脅したが、私個人としてはあなたの在り方に好感を持っているのも事実だ。
できれば敵対したくないということだけは理解してほしい。」
"……"
ちょうど、ビールが置かれる。
女将は話がひと段落するのを待っていたのだろうか。
だとしたらすまないことをした。
後日、ここにまた来るために場所を覚えておかなくては。
「――酒が不味くなるような話をしてすまなかったな。」
立ち上がり、彼の分の会計も済ませようとする、ところで呼び止められる。
"待って。"
"呑みながらもう少し話しましょう?
なにせ職員という立場上、こういう機会に恵まれなくて。
もちろん、私の話にも付き合ってくれるんでしょう?"
……私はゲマトリアの人たちみたいに格好をつけることは出来なさそうだ。