『シャンクスは大人げないです』

『シャンクスは大人げないです』


「で?話ってなんだお頭?」


 偉大なる航路海上、レッドフォース号。

 四皇の一角が乗るこの船の甲板で、副船長のベックマンは椅子に腰掛けていた。

 丸テーブルを挟んだ正面には、この船の船長が2つの盃に酒を注いでいる。

「いや何、少しお前に相談があってな…」

「ふん……相談にしちゃいい酒引っ張り出したな?」

 ベックマンが横に置かれた酒瓶を見る。

 恐らく船長室に保管されていた中でもかなり上質な酒のはずだ。

 いくつかは船長のコレクションとして管理されているそれを持ち出したということは、それなりに重要な相談ということだろうか。

「ん?いや何、ただの気分さ」

「…ルフィとウタのことか?」

 盃を持っていたシャンクスの手が止まる。

 困ったように眉を下げた船長が己の相棒に視線を向ける。

「…相変わらず察しがいいな、ベック」

 赤髪海賊団の宝である娘、元海軍准将ウタ。

 そして幹部達の友である元海軍大佐ルフィ。

 二人は今、この船の一室にて眠っている。

「…ホンゴウの話じゃ、二人共ちゃんと回復する見込みがあるんだろう?」

「…そうだな」

 長い逃亡の中で疲弊し、赤髪海賊団が保護したときには二人の体は限界だった。

 特にルフィは幾度に及ぶ戦闘により、全身の治りきらない傷が開こうとしていた。

 あと数日遅ければ、きっと娘のそばにあったのは男の屍だっただろう。

「…それで、一体何をそう思い詰めてるんだ?」

「…ああ……なァ、ベック」

 シャンクスが杯の中の酒をゆっくりと煽り、テーブルに置く。

 果たしてどのような深刻な問題が飛び出てくるのだろう。

 そう副船長が身構えている中、シャンクスが口を開いた。




「ルフィに挨拶してほしい」


「は?」

 …つい、ベックマンの口から素っ頓狂な声が出てしまった。

 しばし二人の間に沈黙が走り…ベックマンが盛大なため息をこぼす。

「……戻っていいか」

「お、おい待ってくれ、そりゃねーだろ!」

 慌てて引き止めるシャンクスに呆れの目を向けながらタバコを加える。

「…挨拶ってのはあれか?婿入りか何かか?」

「そうそう、あれだ、娘さんを下さいってやつ!」

「帰る」

「わー待て待て!」

 立ち上がらうとするその袖を掴んで引き止める。

「ったく…どんな真面目な相談来るかと思えば」

「馬鹿野郎、おれにとっちゃ大真面目だ!」

「…だろうな」

 何度目かも分からぬため息が漏れる。

 ベックマンもわかっていたはずだ。

 自分達の船長、四皇赤髪はこういう男だと。

 いざというときはともかく、普段はとにかく子供みたいで大人げなくて手のかかる船長だと。

「…ハァ…一体どんなのが望みなんだ?」

 椅子に戻ったベックが酒を煽りながら聞いてきたのを見たシャンクスが一息つきながら袖の手を離す。

「いやそりゃこう…ルフィがウタを連れてきてよ、ウタをおれに来れーって感じに来てほしいんだよおれは」

「それであんたの返答は?」

「うーん……やっぱり『お前に娘はやれん!』がいいのか?」

「知るか」

 シャンクスのそれを一蹴する。

 何故こんな阿呆らしい問答しているのだろう…そう思ったところで、ベックマンの頭に一つの可能性が浮かんできた。


「おい、お頭」

 それまでとは違う低く小さい声でベックマンがシャンクスに詰め寄る。

「…あんたまさか、今更になってルフィにウタを渡したくなくてそんな相談してるんじゃねェよな?」

 タバコを外し、まっすぐと強い視線で詰め寄るベックマンに、シャンクスが口を開いた。

「…流石におれもそこまで馬鹿じゃねェ」

 ベックマンの問い詰める視線に、まっすぐと言葉を返す。

「…そうかよ」

 納得したかのように、ベックマンが座席に戻る。

 空になっていたベックマンの盃に酒を注ぎながら、シャンクスが続けた。

「…この船に反対するやつはいねェよ…あいつら二人に関してはな」

「…だろうな」

 二人が言葉で思い返しながらその脳裏に思い浮かぶのは、10年以上前、あの村からの最後の出航をしたあの日。

 麦わら帽子と共に大事な娘を預けたあの日から、ある意味既にその未来は決まっていたとすら思える。

「ウタに相応しいなんざ、ルフィ以外認めてやるつもりはねェよ…こうなっちまえば尚更な」

「……懐かしいな、今となっちゃあの記事も」

 続けて二人が語り始めたのは、数年前からのあの日々…"海賊嫌いの歌姫将校"と、"伝説を継いだ若き英雄"。

 二人の手柄が新聞として届く度、震える下っ端たちと対称的に幹部達は盛り上がっていた。

 新聞社の鳥が盛りに盛った熱愛報道を出した日には、全員大笑いしながら酒を交わしていたのは今でも忘れられない。


 しかしベックマンにとって更に記憶に残ったのは、大騒ぎする幹部達から少し外れたデッキにて、穏やかに新聞を眺めながら酒を飲む船長の姿だった。

 シャンクスの中では、とっくに決まっていたことだった。

 ルフィならば、きっとウタを守ってくれる。

 自分達がそばにいなくとも、自分達がどれだけ恨まれていても、ウタを幸せにしてくれる。

 そう信じていた。


 …そしてそれを、ルフィは最悪の状況下で証明し続けた。


「あいつは…文字通り世界からウタを守ってくれたんだ…これ以上の男なんざいやしねェだろ」

「…だろうな」

 この世の神に等しい存在を殴り飛ばし、かつての味方に追われ、自分達以外の皇帝達からも狙われ、それでもずっとルフィは自分達の娘を守り通してくれた。

「あいつらには幸せになって欲しい…おれ達の娘と、友達だからな、だからこそ…」

 穏やかに雲の流れる天を、その父親が仰いだ。

「…当たり前だが、分かっちゃいるのさ…ウタを幸せにしてくれるのは、ルフィだけだ」

「……お頭…」


「結局それでなんで今更挨拶なんてして欲しくなったんだ?」

「あ、それか」

 再びいつもの調子に戻ったシャンクスが自分の盃に酒を注ぐ。

「いや〜、海軍のままならおれもそんなことねだりはしなかったがよ、せっかくまたこうして一緒にいるんだし今のうちにとな…」

「ハァ…場合によっちゃ反対の頬もガーゼ貼ることになるかと思ったよ」

「そりゃ勘弁願いてェな…ハハ」

 そう言って苦笑するシャンクスの左頬には、大きめのガーゼが貼られている。

 再会直後の話の中で、振りかぶられたウタの拳を受け止めた結果だった。

「でもよベック、こんなん一生に一度なんだぜ?そりゃやって欲しいだろ」

「………」

 タバコを加えながらボーッとシャンクスを見つめる副船長に言葉を続ける。

「二人してこう仲良く歩いてきて「ウタをおれにくれ?」っね言ってくるルフィによ、おれがびしっとそれっぽい言葉をやって…ん?」

「………」

「…今のベックか?」

 今、明らかに己の言葉に重なるように別の言葉が重なったようなと口を止めるシャンクスの後方から、また別の声がする。

「……それで?そこから私がバシッと何か言うと?」

 今度こそ間違えようのないその声に、シャンクスの首がギギギと音を立てるかのように後ろを向く。


 後ろ、その開かれた船内への扉に、寝ているはずの二人がいた。

「う、ウタ……ルフィ…起きてたのか…?」

「ああ、さっき腹減っちまって」

 未だ全身に包帯の残るルフィがこちらを見ながらそう言う。

「ルフィ一人で行かせるのも不安だから私も一緒だった」

 その隣、同じくところどころに包帯の巻かれた部分の見えるウタが、ルフィと反対にこちらに背を向けながら説明し…船室に戻っていく。

「…行くよルフィ」

「ん?いいのか?お前…」

「いいの!ほら!」

「わわ!」

 そう言って消えていく二人を呆然と見るシャンクスに、ベックマンが声をかける。

「…追わなくていいのか?」

「…あっ、待ってくれウタ、ルフィ!」

 慌てて後を追う船長の情けない姿についまたため息が溢れる。

「…全く、あの人は」

 テーブルに残された酒瓶を一気に飲み干したベックマンが新しいタバコに火をつける。

「…まず結婚式に呼ばれりゃいいがな」

 

 …本当は割と前から船室の扉の窓に2つの影が見えていたのも、シャンクスの言葉に片方の影が震えていたのも見えてはいたその男が口元に笑みを浮かべながら呟いた。

「…無理やり顔を見ようとして反対の頬もガーゼ貼るハメになるに50ベリー」

 その言葉の直後、船室の奥から甲板にも届くくらい大きく高い音が響いた。

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