サンドリヨンは城に戻らない

サンドリヨンは城に戻らない



ウタは人間に戻った。ウタを忘れた人達からも思い出してもらい、人としての生活を取り戻している。

最初はハラハラするところもあったが…それでも最近は昔の様な笑顔が増えた。つまるところ何の問題もない。

いい事だ、とルフィは思っている。嘘など一つもない…だが、何故か、昔は彼女の定位置だった肩が物足りないような、何かムズムズとした控えめにも不愉快な気持ちを感じていた。


「ルフィ?どうしたの?」

「んー、なんでもね、気にすんな」


今日は着いた島で皆で各々好きに買い物をする事になり、ルフィとウタは共に行動をしていた。歩き方はもう然程心配しなくても良いのだが彼女の能力や立場、それにまだ全力で身体がついて行けないうちは誰かしらが共に行動した方が良いというのが一味で満場一致の意見であり、ウタもまた「一人の方が危ないのは分かる」と聞き分けよくこうしてルフィについて来てくれているのだ。

…そう、自分の足で歩き、ルフィの歩みについていっている。

ルフィもウタに合わせて多少歩くペースを落としてはいるがそこまで遅いわけではない。ひとえに彼女の努力だろう。

人形だった頃とは、もう歩幅もスピードも違う。いつかはルフィと昔のようにかけっこして良い勝負が出来てしまうかもしれないと微笑ましく思うのも束の間…最近頭に過ぎる嫌な予感がまた掠めていく。


ウタは、自分よりシャンクスの元に戻りたいのでは?

もうウタは自分の意志で居場所を選び、その場所へと向かう事が出来る様になった。

その気になれば船長であるルフィにその意志を伝える声さえ取り戻したのだ。


言いたくない事は言わなくていいと人には言うが、ルフィはそれを自分に適用していいか分からない。

だがウタに「シャンクスのところに帰りたくないのか?」と聞かないままでいる。


ウタを大事に思っているのに、ウタの一番の望みを、今でも聞けないままな自分は、船員想いの船長とはとても言えないだろうし情けないのは分かる。

…でも、ルフィはどうしてもウタに対しては麦わら一味の船長になりきれない。彼女の前では麦わらをシャンクスから預かる前の「フーシャ村の少年」のルフィが出てきてしまう。


「いた…」


ふと、声がしてウタの方を見るとウタが少し顔を顰めて足元を見ていた。そこには最近彼女が一目惚れした、赤いラインが特徴的でどこか音符を思わせるような白い靴。

彼女が人に戻って取り戻したオシャレを楽しむ要素の中でも、靴は人形時代の小さな足では難しかったものだろう。


「どうした?」

「ん、ちょっと擦り切…靴擦れ、起こしたかも」


擦り切れる。擦り傷。その言い方でも間違いではないが敢えて靴擦れと言い直したのは人形時代の布の擦り切れの方が意識にあったからだろう。だがあまり深く突く事はせずルフィはウタの怪我の方を心配した。


「大丈夫か?見せろ」

「そこまで心配しなくて大丈夫だよ、でも絆創膏は貼ろうかな…ルフィ、肩貸して」


一人でも多少の処理が出来るようチョッパーからお手軽手当セットをウタは貸してもらっている。

しかし、生憎近くに座れるようなところもないからルフィの肩に手を置いた。元は彼女の定位置だった場所だ。

体重を預けている為になんとなく懐かしい重みがそこにあった。


「うん、しょ…ととっ、わ…」

「あぶねえ!も、もうちょい身体預けて大丈夫だぞ?」


だが、片手片足状態だとバランスが取れずフラフラしてしまうし、何より上手く絆創膏が貼れない。思わず見てられず、ルフィに背中ごと預けて支えてもらう事になったが、今度はもっと体重をかけているはずなのにもっと軽く感じる。

人に戻った直後と違いサンジの栄養たっぷりな食事も、チョッパーの健康診断の結果もあり、標準以上に彼女の身体は健康なものになっているのに……まるでこのまま


「?ルフィ、そこまで肩抑えなくても流石に倒れたりしないよ?」

「…わり」


飛んでしまいそう、そんな風に思ってしまったのが出てしまったか、思ったよりも彼女の肩を強めに抑えてしまったようだ。

慌てて力を緩めて見るが、痕などにはなっておらず内心ホッとした。ウタの方も絆創膏を貼れたようで靴を履き直している。だがこれ以上無理はさせられないとルフィは船に戻る事を提案し、ウタもまた素直に提案を呑んだ。


サニー号にはまだ誰も戻っていないようで何処か静かだ。そうなると似た者同士であり、寂しい事が好きでない二人は当たり前の様に共にいた。


「〜♪」

「……」


肩を寄せ合って共にいるとウタが小さく口遊み始める。能力は使っていないが、彼女の声は心地良い。ルフィは少しずつだが船を漕ぎ出す。


「ルフィ?眠い?」

「うーん、そうだな」

「寝たら?」


普段ならそうだなと、ルフィは素直に寝ていただろう。だが、今日はどうも不安が晴れないままだ。

寝て覚めたら、ウタはちゃんと…

考えるより先に行動が出てしまった。

ルフィはウタの膝の上に頭を預けた。キョトン、と瞬きを繰り返すウタに対して「寝る!」と返すしか出来ないルフィ。


「……分かった。おやすみ」


そう言って微笑むウタは、9歳の姿から一気に成長を遂げたとは思えない程、21歳らしい雰囲気を纏っている…そのウタに、ルフィは麦わら帽子を被せた。


「今日、日差しが強いからな。預かっててくれ」

「ふふ、了解船長」


そこまでやって漸くルフィは眠りにつく。自分という重しをウタにのせて。

それから少し、完全に寝入ったルフィの顔を軽く撫で、ウタは一人零す。


「…バカだね、ルフィは」


自分が何年共にいたか、肩の上から彼の横顔を見てきたか忘れたのだろうか…?

自分がどれほどの、彼に救われてきたか分かっていないんだろうか…?


人形になったあの日、【赤髪海賊団の音楽家のウタ】は紛れもなく死んだと言っていいとウタは自負している。

だってそうだ。あの日、世界からウタの記憶は消えた。

そして食べる事もなく、眠る事もなく、話す事もなく…呼吸はおろか、脈打つ心臓さえない。

そんなのが、生きている筈がない。

なにより…

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「おれにお前の様な人形を貰って喜ぶ様な娘はいないからなァ」

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そう言って、シャンクスはルフィに自分をあげた。そうして12年、元々ボンク・パンチやモンスターがいて、宴が大好きなあの人達はきっと他にも音楽家を船に乗せた事だろう……もう、そこに自分の席はない。

あるわけがない。

会いたいし、恋しくないといえば嘘だが、それ以上に自分の中に期待を持ちつづける気力がまだ回復していない。


改めて、ルフィに意識を戻す。

何にも出来ない頃の自分を仲間にして海に連れ出してくれた男の子

決して見捨てないでくれた船長


【ウタ】と名前を呼んでくれた…大切な人


死んだ自分を【麦わらの一味のウタ】にしてくれた。捨てないでくれた。そばに置いてくれた。これ以上何を求めよう?


いらない。何も…たった一つだけ。


「…私を縛るのに、鎖も檻も重りもいらないんだよ」


ただ、ウタと呼んでくれればいい。

昏い失意と絶望に沈んだ中、そんな解れきった糸に、自分はこれでもかと縋ってきて今があるのだから。


例えどんなに綺麗で歩きやすい靴があっても、王子様は自分にはいらない。お姫様でいられるお城にも戻れなくていい。

【ウタ】という魔法をかけてくれた、ルフィがいるならそれでいい。


「そばに置いてね?ルフィ…最後まで」


麦わら帽子が影になり、彼女の顔は見えない。ただ、口は弧を描き、そしてまたその口から子守唄を紡ぎだす。

人形時代に感じる事が出来なかった優しい重みは、今の自分には心地良さしかウタにはなかった。

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