サラダミホークとハンコック
美しく煽りあって普段は一人で過ごす冷たい石の城の中に、唐突にハンコックはやってくる。
勝手に船を率いてやってきて、主君を送り届ける用事が終わった九蛇達は近くの島で羽を伸ばすのだという。
椅子が二脚あれば、対面して座って話をするのだが、長椅子に二人で並んで腰掛けて喋るのが、ハンコックは好きだった。
最初に会った時などは、男嫌いとはいえども警戒心も顕にしていたと言うのに。
取り留めもない会話の中に、今までハンコックが口にすることのなかった“男”の名前が控えめにのぼるようになった。
今までは劣情を向ける男に対しての話題など、口にすることは決してなかった。
「─── それで、結論から言うと好意を寄せたと?」
話し終えたタイミングで、問いかける。
「……彼は大切な恩人ですが、どのように捉えても結構ですわ」
瞬きを何度かして感情を出来るだけ押し殺したような声でハンコックは呟く。
微笑みの裏の、肯定も否定も、喜びも悲しみもしないような反応に、ミホークは今まで感じた事がない感情が僅かに湧いた。
清水の中に一滴墨を落として、細く糸を引いて広がり流れるような薄昏い想いを自覚して内心少し驚いた。
「それならば、私達は会わないほうがいいのでは」
お互いのために。と表向きに美しい思いやりで飾りつけ、棘を隠した言葉。
「まさか嫉妬をなさっているのかの……」
息を漏らすように、ハンコックは笑った。
月のように何事にも動じない女が、自分の言葉に少しでも心乱されたのかと思って嬉しくなった。
いつもいつも求めるのは自分ばかりなことに不満を持っていない訳が無かった。
「あら、貴女が気を引きたいのではなくて?」
しかし次の瞬間にはミホークは既に落ち着いて、ゆっくりとティーカップを口元に傾けた。
上手く乗せられたと思ったのに、子どものようだと言外に言われた気がした。
何もかも、全てその目に見透かされたように思うのだ。
「……子ども扱いは、どうか止めてくださいまし」
ハンコックはカップをテーブルの上に置いて静かに続ける。
老若男女、全てが魅了されて然るべきだというのに、この女性だけは自分の発言を子どものように軽くいなしてくる。
「お目にかかって何年経ったと?今更、もう戻れないことくらいは……お互いとうに承知でしょう」
貴女の口紅の味しか知らないというのに。と
ハンコックは細いため息をつき、身体を崇敬する女に預ける。
困ったように眉を寄せ、白い喉元を晒しながらミホークの顔を見上げた。
「ならば、最初からどうして欲しいか言えばいいのに」
いつだってミホークは婉曲な気遣いめいた物言いと単刀直入な物言いを交互にする。
この口から品の無い要求が、出来ないことくらい知っている癖に。
そんな事を唇の端に上らせるくらいなら舌を噛んだほうがマシだとハンコックは思った。
「……軽蔑など、決してなさらないと、お約束を……」
言葉にするよりは行動で示すしかないのだ。
言葉遊びでいくら心を動かそうとも、意味などないことは知っていた。
爪を短く切り揃えた細い指先がミホークの唇をなぞる。
「なにを今更……」
ミホークは唇だけで笑う。
目の前の頬を染めた美しい女が、未だに品がないと軽蔑されることを恐れて恥じらっているのが可笑しかった。
普段は率直に甘えて来ると言うのに、誘う時だけ素直では無い所が事の他に可愛らしいと感じた。