サウザンド・サニー号図書室。

サウザンド・サニー号図書室。


サウザンド・サニー号内部のとある一室は、他の部屋と比べ面積は広い。別に巨漢専用の個室ではない。彼等にも一室ずつ設けてあるからだ。かと言って、倉庫でもない。食料貯蔵庫や武器・弾薬庫も別にあるからだ。じゃ、金庫は?・・・生憎、この「麦わらの一味」が財政的に余裕があることは少ない。この前だって、エレジアにそれなりな量を置いてきたのだから。「大した額にもならないが復興の足しにでも使え」と。かつてオレンジの街にしたように。


では、何の部屋なのか。


その部屋は窓から外が見えることから、船内・・・というよりかは入ってすぐ、手前から数えて2つ目の、左手にある。ウォーターセブンで建造して貰った時には無かった部屋だ。増築の跡。デッカいのがいるんだから仕方ない。え?「自分達は空を飛べるから気にしなくて良い」?ダメダメ、船長も他も仲間はずれを認めない。

部屋の中身を見てみる。まずは入ってすぐにある小さなカウンター。小さな日めくりカレンダーと観葉植物の植木鉢が置いてある。あとは名前を書き込む用紙を挟んであるバインダーと筆記用具。カウンターの隣には一週間毎の朝刊。そして、視界に広がる本・本・本。所々剥げた箇所が目立つ絶版からマイナー過ぎる文庫まで。部屋の中央には人数分(都合上ワの国出航直後の分)の椅子と大きな机。グループワークには最適な空間。


そう、図書室である。そして、この図書室にて自ら立候補し司書を受け持った人物こそが、「麦わらの一味」偵察員にして船長秘書、「雪女」モネである。

彼女の朝はそれなりに早い。この図書室による需要は大きく、高頻度で利用される。整理整頓から管理、新冊入荷、等諸々、仕事が多いからだ。


モネ「さて、今日も始めますか」


彼女は基本的にここにいることが多い。偵察員としての仕事が無ければだが。今日も朝の掃除から業務はスタートだ。


【10:00】


サンジ「-失礼」


本日最初の来訪者は「一味」のコック、サンジ。彼は意外にも筆まめで、自分が考案したレシピやアイディアを忘れないようにメモし、「個人専用」の棚にある青いボックスに書きためたものを挟んでいる。


サンジ「お早う、モネちゃん、本日も(長い褒め言葉の羅列なので略)で本当に美しい」

モネ「お早う、サンジ」

サンジ「でも、コレも忘れちゃダメだ」


そう言って彼が差し出したのは、手軽につまむことができるサンドイッチとスープのセット。この「一味」は基本的に没頭しやすい者が集っており、食事を抜くのも多々。コックとしてその分栄養管理を重視しているのだ。


モネ「いつもごめんなさいね、有り難う」

サンジ「ン~良いよォ~♡やっぱりそう言ってくれるモネちゃんの笑顔も(以下長いので略)」


モネはサンジの使う青いボックスの中身を知らない。当然個人のものなので中を見る気もない。ただ、彼が箱を開けるときに見える、色とりどりのカラーファイルが目に入るのが好きなのである。一見するとただのファイルなのだが。

最初は、赤と緑。次に黄色、橙、茶色、紫。最近になると水色と黒も。まるで彼が作る料理のように鮮やかだ。そして、黄緑色。最近ようやく追加された青。合計10色分のファイル。1つずつ、中も詰まっている。それぞれに合うレシピや味付けがぎっしりとメモされているのだろう。

それは、長い旅路を思い出させてくれる語り部にもなる。


【11:25】


バタバタとした足音が近づいてくる。この船では(主に一部の面々による)騒動が絶えず、その処理のためにここを利用する機会も多い。モネはその忙しない音を小耳に挟むと、最近の小さな楽しみでもある推理小説にしおりを挟む。


ロー「入るぞ」

ドラゴン「~~!」


足音とは対照的に、静かに引き戸を開ける音。入ってきたのは船医、ローと・・・・彼の腕に抱えられ、何やら苦しそうに藻掻いている一味の末っ子的存在、ドラゴン(未だ命名されず)だ。


モネ「どうしたの・・・?」

ロー「コイツ、朝から様子がおかしい。恐らく何かに刺されたんだと思うが・・・・」


ローは医療関係の棚に直行し、何冊か鷲掴みにしながらブツブツと読み込む。誰よりも知識を必要とする医療従事者。知識の更新や新たな知見のため日々図書室に入り浸っている。


ロー「これは・・・おい、口開けろ」

モネ「怖がってしまっているわね・・・大丈夫よ」


モネが怯える背中をさすることでやっと落ち着きを見せるドラゴン。恐る恐るながら口を開く。


ロー「これ・・・まさか・・・」

モネ「・・・・」

2人『虫歯』


ロー「ったく、心配かけやがって・・・日頃から歯磨きを嫌がるからだ」

モネ「にしても凄い腫れね、害虫に刺されたみたい」

ロー「人間とは生体が違うから重症に見えるがただの虫歯だ・・・何とかコイツにデンタルケアを習慣付けさせないといけねぇ。コレ借りるぞ」


そう言って、再度ドラゴンを抱き上げ、そして何冊か分厚い医学書を借りて退室したロー。バインダーには書籍名と名前が記録され、借りている証明となる。一番名前が書かれているのも彼だ。


それは、仲間を第一に思う証拠である。


【13:34】


この時間帯になると、昼食後の個々人がそれぞれの時間を過ごしている。そのため、基本的には人は来ず、静かで平穏な雰囲気が訪れる。時計の針の音だけが律儀に動く。


ゾロ「入るぞ」

カイドウ「今回はそれなりに良いのが揃った」


大体こういう時は得物の手入れか昼寝に興じる2人だが、この日は違う行動を取る。新しく購入し入荷した本の山を木箱に積め、ここまで持ってきてくれるのである。


モネ「そっか、今日だったわ」

ゾロ「さて、古いのはあるのか」

モネ「そうね・・・ここに並べてる分は替え時かしら」

ゾロ「分かった」


新冊を一度机の上に置き、空いた木箱の中に不要となった本を積めていく。これらの書籍は次の停泊地にて古本屋に売って「一味」の会計係を安心させるか、停泊地にある図書館に寄贈するのが常。


モネ「良いのあった?」

ゾロ「ボチボチだな」

カイドウ「オススメとはまではいかねぇが・・・・」


『世界秘蔵の酒名鑑Vol.13 ~「西の海」③、「南の海」①~ (世界経済新聞社)』


ゾロ「ま、コレなら誰でも読めるんじゃないか」


『幻の裏シモツキ流 ワの国から続く剣のルーツ (シャボンディ出版)』


ゾロ「お前、また酒関連か。呆れてるぞ周りも」

カイドウ「最近はやっとまともに酒を味わえるようになったからな、つい熱が入る」

モネ(2人とも相変わらずね・・・)


活字とは無縁そうな彼等でも快く協力し、そして楽しみを見出す。

それは、冒険を愛する海賊としてのあり方を示している。


【16:08】


ルフィ「入るぞ~!」

ドレーク「失礼する」

モネ「いらっしゃい」


最近の図書室ではこの2人組をよく見かける。何を隠そう、手紙を書くのに助けを求めた船長が、一味の船大工にして技術職のドレークを連れ回しているのだ。2人は音を立てずに椅子に座り、壁際に鎮座している分厚い辞書とタイプライターを持ってきた。


ルフィ「うげ。おれコレ(辞書)嫌いだな~字が小っちゃくて読みにくいんだよ」

ドレーク「視力は良いのだろう?」

ルフィ「そうなんだけどさ、ごちゃごちゃ並んでると途中でどこ読んでるか分かんなくなる!」

ドレーク「慣れの問題だな。船長たる者、このような物も読めなければなるまい。さ、始めようか」

ルフィ「おう!」


さて、誰に向けての手紙だろうか。


ルフィ「え・・・と。『最近釣りをしてたら、よく引っ張られて・・・・』ドレーク、海王類ってどう書くんだっけ」

ドレーク「こうだな、綴りが惜しい。しかし、最近は余り調べなくとも書けるようになったな」

ルフィ「ドレークが教えてくれたからな!」


ルフィはアホだがバカではない。重要な時の判断や人間関係、人の気持ちを考えた言動など、本当に日々どうすれば良いのか、相手が何を求めているかを念頭に置いている。ただ、活字に起こすのは苦手のようだ。小学校卒業レベルまでは書けるようだが、それ以上となると不安が残る。文章校正担当としてドレークに協力を求めたのは最適解だろう。ドレークは海軍にいた頃にさんざっぱら書類と戦ってきただろうから。


ルフィ「あと、モネも一杯教えてくれるしな!」

モネ「あら、私はそこまでのことはしてないわ」

ルフィ「いや、モネにも本当に世話になってる。女に手紙送るのに、オンナゴコロ?だっけか?それ分かるヤツじゃないとな!にしし」


・・・・・・女心?


モネ「ね、ドレーク」 (耳打ちしながら)

ドレーク「分かるぞ、言いたいことは」 (ルフィには聞こえないように)

モネ「送る相手ってもしかして・・・」 (内緒話継続中)

ドレーク「1人しかいないだろうな・・・」 (何かを悟った後の目)

ルフィ「えーと、難しいな・・・なーこれどうすれば・・・何話してるんだ?」

ドレーク「あ、いや、気にするな」

モネ「ほんのちょっとした雑談よ」


新たな人の一面を見ることができるのも、ここ図書室ならでは。

それは、刺激的な毎日を反映しているが如く。


【18:56】


キング「・・・これを借りたい」


会計係を買って出たキングには小さな楽しみがある。以前ローとドレークにそれは大層な熱意と共に勧められた「海の戦士ソラ」のシリーズを読み進めること。


モネ「もうここまで進んでるのね」

キング「・・・暇なだけだ」

モネ「それにしては、毎週借りてるじゃない?」

キング「フン」


この時間帯には必ずキングが訪れる。毎週借りているシリーズの更新もあるが、実は2人で紹介し合っている本の感想を議論したり、ちょっとした人に言えないような悩み事相談の時間でもあるのである。少し酸味の混ざったコーヒーに口を当てながら、夜の秘密会議は進む。


キング「・・・以前紹介してくれたのはもう目を通した」

モネ「誰が犯人だと思う?・・・あ、そこまではまだいってないかしら」

キング「正直、誰もが裏があるのではないかと疑ってしまう。お陰で一から読み直しだ。どうにも俺に推理モノは合わないかもしれない」

モネ「それは少し残念ね・・・他のは?」

キング「そうだな、あの歴史モノだが。どうにも俺の知るところとは違う論点で斬新だった。ただ気にかかる点もあった」

モネ「成程・・・そこは最近でも学会で議論されているところね。いずれまた手のひらを返すような証拠や主張が出てくるわ」

キング「・・・流石オハラ出身が書いた物だ。実質的な絶版が惜しい」

モネ「それにね、・・・・」


夜は更けてゆく。話に花が咲く。


モネ「今日も話せて楽しかったわ」

キング「次くらいはもう少し早めに来る・・・邪魔したな」

モネ「気にしなくても良いのに」


それは、日常から得た発見や心を大切に保管する経験。


【23:45】


その人影は、必ずこの時間帯に来る。図書室のある階層には個室はないため、雑音により誰かの睡眠を妨害するのを気にする必要がないからであろう。

懐中電灯の灯りを頼りに、机一杯に広げた地図や新聞の切り抜き、過去の文献や素人には目にもつかないような細かい統計。その活字と情報の世界から、手がかりを見つけようと食らいつく。どこかにあるはずだ。

・・・取り乱して迷惑をかけてしまった分、頼るわけにもいかなかった。大切な仲間を、長い旅路を共に過ごした同胞を、何よりも同じ船の一員を第一に思い、刺激的な冒険を与えてくれた、どんな宝よりもかけがえのない経験をくれた友を少しでも疑ってしまったのだから。今更都合良く助けを求めるのは自分の矜持としても、彼等との関係においても悪いことだ。

新たなる仲間を救出するために駆け巡った政府直属領土での戦いでも、古代からの呪い残ったゴーストタウンの島でも、確たる証拠を得ることはできていなかった。その焦りが自らの心を焼く。じわじわと真綿で首を絞めるように追い詰めてくる。しかし、何も分からない。断片的な情報のみでは、何も考えることもできない。


モネ「・・・そんな暗いところでは、視力を悪くするわ」

チャカ「・・・モネ・・・」


もう1人の気配に気づいたのは、部屋全体の照明がついた直後だった。


モネ「大切な存在が欠ける恐怖、分かるわ」

チャカ「その節は本当にすまなかった・・・当たり散らしてしまうなど言語道断」

モネ「あんな事件を知ってしまえば、誰だってそうなる」


アラバスタ国王、革命軍参謀総長により暗殺。王女は現在行方不明。


チャカ「少しでもルフィを、君達に疑念を抱いてしまった。そんな私が恥ずかしい。だが、何もしないというのも耐えられない」


頼ってくれても良いのに。誰もがこの考古学者見習い(自称)にそう思っていた。同じ釜の飯を食べてきた仲だというのに。しかし責めるのもお門違いだ。ならば。


モネ「私も手伝うわ」

チャカ「いや、君の手を煩わせるには」

モネ「あら、こう見えて司書の資格は取ってあるの。それに、」


ゾロ「仲間が困ってるのに何もしないのも胸糞悪ィんでな」

ロー「人手もいるだろう。膨大な量を1人で捌くのは非効率だ」

ドレーク「それに、こちらも微量ながら色々と探ってはいるからな」

カイドウ「俺も元四皇、政治には関わってたから並には助けになると思うぜ」

キング「気遣うな、さっき飲んだコーヒーで眠気が飛んだだけだ」

サンジ「おら、夜食だ。全員分あるから独り占めすんなよ」

ルフィ「3人よれば文殊のナントカ、だろ?なら皆でやればもっと早い!」

ドラゴン「~♪」


いつも裏から皆を支え、時に刺激をもたらし、自らも予想もしない冒険を楽しみ、そして思い出を大切にしてくれている人だから。せめて、力になりたいのだ。


チャカ「君達・・・」

モネ「ね?邪魔はしないから・・・」

チャカ「そうか、そうだったな・・・君達はそういう人間だ。私はまた思い違いをしていたのかもしれない」

チャカ「皆、感謝する。よろしく頼めるか?」


そして、今晩も図書室の灯りは絶えない。










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