ゴミ拾いミンゴくんと死んだふりクロちゃんくん

ゴミ拾いミンゴくんと死んだふりクロちゃんくん



猫の足でも犬の足でもなく人間の足がはみ出ていたらどう考えても面倒臭い話だろうにどういう訳か足が向いてしまったので最高。ゲロとメチルが香水の壁をブチ破ってくれる。ほんとに最高。眉間の皺が取れなくなったらどうしようか。湿気たコンクリートの上をクチャクチャガムを噛むみたいに歩いて目の前にやって来たポリのゴミ箱からは人間の足がぶらんとはみ出していた。今日一番運が良かったのは中身が死体じゃなかったことで、今日一番運が悪かったのはこいつが死体じゃなかったこと。こいつ。知った顔がゴミ箱の中で死んでいる。今のは比喩だよ、分かるだろ? 髪も服もどうしたってくらいメチャクチャになった上に生ゴミと紙ゴミと蛆虫と蝿が這い回っている。オエ! 舌打ちをしても誰も聞きやしないので無為無為、おれがこんなに苛立ってるのに誰にもおれの舌打ちは聞こえない。クソ汚ねえ路地裏に虚しく響く音にほんの少し鼻の奥がツンとしたかもしれないがそれよりゴミ箱に頭から突っ込まれた男に腹の底から怒りが湧いたので横から力一杯蹴り飛ばしてドカンゴロンガラガラ派手な音をしても誰も聞きやしない舌打ちだって聞いてくれないんじゃそんなもん、蛆と仲良く転がり出た人体にはやはり間違いなく知ってる顔がついていて、よく分からない液体でゴミだの髪だのが顔一面にベタベタと張り付いていて最悪だった。お前マジで? オッサンくせえオールバックは見る影もなくて、もしかしたら別人かもと花冠を被った天使ちゃんがそっと耳打ちしてきたのでブッ殺してやる。もう一度だけ舌打ちをする、もう止めるよ、無駄だから。コートをまあギリギリマシそうなパイプに引っ掛けて(嘘、ここは何から何まで油ぎってて埃まみれなのでマシな所なんてどこにもない)汚ったねぇ鰐の頭から虫とかなんとか全部払って無惨な布になったハンカチを放って投げ捨てられた両腕を取って身体を起こしておれはしゃがんで背負う。いやほんと臭い、最悪、キレそう。やっぱりちょっとオッサンくさい香水の香りなんてミリも残ってはおらずゲロとメチルの臭いだけ。路地裏の口臭。ああー、とかちょっと大きなため息を吐いて(聞かせようとしたわけでなく心からのため息)意識のない人間ってこんなに重いのね、ヨタヨタしながら持ち上げた上から糸を引いてコートを乗せる、俺の服は全てダメになりました、あーあ。鼻の奥がまたツンとした気がするけど絶対に背中の上で死んでる男のせい。家に帰ったらすぐにシャワーを浴びよう。服は全部玄関で脱ぎ捨ててやろう。こいつの着てるゴミ(ゴミ)も全部剥ぎ取って自治体指定の燃えるゴミの袋にダンクシュートしてやろう。それから

どうしよう……





においがしない。

意識が浮上してまず気付いたのがそれで、次は頭の中にいる百足がチビチビ脳味噌を喰っていること、三つ目は身体が動かない割に快適で、もう一度くらい眠っても良いかもしれないこと。薄く目を開けると灯りのついていないシーリングライトが見える。視界を下げていくと金髪があって、この室内でもサングラスをしたまま本を読んでいる男がいるのが分かった。室内だろうがサングラスをかけている馬鹿は記憶の中には一人だけしかいないので多分そいつだろう。音が耳に届くようになったので、どこかで秒針が進んでいるのも分かる。五十四秒で紙をめくる音。部屋の中にはそれだけだった。目を閉じる。男が早く本を読み終わることを願いかけて、それなりに厚いハードカバーの三分の一ほどをめくっていた事をすぐに思い出してやめる。

「服はあれゴミだったから捨てた」

そうか。まあお前からすればゴミだろうしおれからしてもゴミだから構わない。

「持っていくならクローゼットのやつ適当に持っていけ、あと水はベッドの横」

お前の服? 勘弁しろよバカみてえな柄のシャツとかアホみてえな丈のパンツとか着たままで外出れねえよ、まあゴミとどっちがマシかと言われたら一応お前の服かな。布の擦れる音がしたのでもう一度薄く目を開ける。男が見下ろしている。部屋は薄暗いのでどんな顔してるか分からないが、眉間の皺はもう戻らないんじゃ無いかってくらい深くなっていたし、口元は取り繕いもせずひん曲がって無愛想だった。取り繕えよ。いや分かってる、こう言いたいんだろう「見苦しい」分かってる。おれもお前もじゃれあいみたいな喧嘩の延長線に居ないことはよく分かっているので不可侵のまま突っ立っていてそれだけ。ドフラミンゴくんは何も言わずに(何か言いたげに!)本を持って部屋を出て行ったが、その姿にどこか違和感を覚えればあのイカれたカーニバルみたいな毛皮を着ていなかった。初めて見たような気がする。脳味噌を喰い終わった百足が目玉をしゃぶりながら這い出て頬を伝って膨れた腹を引き摺って歩いていく。小さな足がチクチクチクチク頬の上を歩いていく。水が飲みたい。


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