コラさんとベビー5
机の上に置かれたメモ用紙。いくつかの指示が書かれたその筆跡には見慣れたものだった。唯一違ったのは末尾に書かれたハートマーク。紙を大事に握りしめ送り主を探して走った。
「コラさん!」
人気の少ない廊下でようやく見つけ話かけた。派手な服装とピエロメイクとは正反対に無愛想な男が蹴りつけるためか足をあげる。蹴られない距離で止まって握りしめていたメモを相手に見えるようにと拡げた。
「このハートマークって私のことが好きなの!?」
大事な若様の弟はいつも無愛想。子ども嫌いらしくて蹴られたり投げられたり。たまに用事があればこれまた短文のメモを渡されるばかりだった。それなのに今日は末尾にハートマークがある。振り上げられかけた足は下ろされ、代わりにメモ用紙へとペンが走らされた。何と書かれるのだろうかと逸る心臓を抑えて待つ。書き終わった紙が目の前へと差し出された。
『サイン コラソンだから ♡』
ああ、と赤くなる頬へと手を当てた。恥ずかしい勘違いをした。若様が与えてくれた地位。それを誇りに思う者は多くシンボルにだってするだろう。いつも素っ気なく若様にも冷たく見えるコラソンだってコラソンの地位がきっと嬉しかったのだ。サインにするほど若様のことを大事に思っていた。それを勘違いしてしまって申し訳なくなってしまう。
「勘違いしちゃった、ごめんなさい」
『気にしなくていい♡』
自分の他にだってメモを渡された相手はいるだろうに騒いだ者を見かけていない。勘違いしてしまったのはきっと自分だけ。恥ずかしいから内緒にしてと言えば気を悪くした様子もなく頷かれた。
「でもサインってわかっていてもハートはドキドキしちゃうわ!」
『ちがうのにしようか?』
困った様子で紙にいろいろなマークが書かれていく。生意気なことを言うと投げられてしまうかと思ったのに可愛いものをたくさん書かれて嬉しくて、あれはこれはとたくさん書いて貰った。
コラソンと別れてるんるんと歩いていればちょうど帰ってきた若様たちに会った。おかえりなさいと話しかければ若様は頭を撫でてくれた。
「随分嬉しそうだがどうしたんだ?」
「コラさんがくれたの!」
これ、とコラソンに書いてもらった紙をいくつか見せる。『紅茶おいしかった💮』『いい天気☺』『パンはいらない🍀』メモを見て若様は良かったなと微笑んでくれた。
誰かが「じゃあやっぱりあのハートマークはおれだけ……」なんて呟いていたのはベビー5には全く聞こえていなかった。