コハクの音楽活動 序章
いつも通り陸上で汗を流し、帰りに文芸部に寄り、夏コミ提出用のコンペシナリオ持って行って部長と雑談、帰宅後小説投稿サイトに連載している作品の投稿を終えた時だった。
「DMだ…私の趣味垢に?珍しいな。また事実無根の盗作訴えるやつかな?レスバしてやるか…」
普段通りのルーティンの中で唯一
目新しいこと……趣味用のSNSアカウントにDMが来ていた。
創作仲間とはLINEでやり取りしているため大変珍しい。
作家デビューを夢見てDMをオープンにしているが碌なものが来た試しがない。
だが期待せず開くと方向性が真逆の物が届いていた。
『はじめまして、Amber さん。
私は音楽活動をしているものです。SNSを覗いている時にあなたが投稿していた短編小説に惹かれました。
ご相談として、
貴方の作品をモチーフとした曲を作りたいのですが、作劇の一節の使用と引用元としての掲載は問題ないでしょうか?
ご返事お待ちしています。
KENGO/森本ケンゴ』
「わー…すっごい、出来た文章で感動すら覚えちゃった。
えっと…
『ご連絡ありがとうございます。拙作を気に入っていただき有り難く存じます。
使用に当たって私はきちんとした契約を交わしたく思います。
1.使用にあたり、引用元の明示
2.商業利用するのであれば20%のインセンティブを私に譲渡する
※要相談にて
下記内容が私にとって満足行くものなら無償
3.私の作品、特に使用したい作品はなんですか?※重要
4.上記3のどういったところ好きですか?※超重要
この4点です。
昨今はきちんと決め事をしていないことがトラブルにつながっています。
なので物々しいですがこの3点応じて下さるのでしたら私は使用許可を出したく思います。
Amber 』
さてさて、インセンティブの表示までしたけど、どうかな?」
この馬鹿げた条件は私が前々から考えていたのと、相手の真剣度合いが見たくて行った。
インスパイアじゃなくて、わざわざ私の作品の一節を使うなら私のクレジットが欲しい。
お金は半分ジョークだ。
「私のどの作品が好きなのかな?
短編なら『メフィストフェレス』『偶像ーアイドルー』『月読』『DAY BREAK』『Dr.ヘッジホッグによろしく』の5本だけどどれを曲にしたいんだろ?
…森本ケンゴ、聞いたことある名前だけど思い出せないな…」
そんなことを考えながら今日はお母さんが仕事を早めに切り上げて来てダイヤ、私、お母さんで晩御飯を食べた。やっぱりお母さんのご飯は美味しい。
ふと思い浮かんだ、先ほどのことをお母さん何気なく聞いてみる。
「そう言えばお母さん。森本ケンゴ、て名前知ってる?聞き覚えあるんだけど忘れちゃってさぁ」
「あら、忘れちゃったの?アクアが出ていた恋愛リアリティーショーに出ていたバンドマンの子よ。
ダイヤ、あなたとも仲良かったわよね?」
「ケンゴ先輩?アクア兄を通して仲良くなった人だよ。
母さん言ったように恋愛リアリティーショーに出てて、ユキパイセン狙いからMEMさん狙いに切り替えてフラれた扱いの人」
私、あの番組嫌いだから観てないんだよなー。恋愛物は大好きだけど
実際の恋愛を外野に観戦させて見せ物にするのが気持ち悪く、白々しく見えてしまう。
疑似恋愛したいなら恋愛アドベンチャーゲームしたら良いし。
楽しめたのはアクア兄さんの抱腹絶倒物な胡散臭いチャラ男の自己紹介だけは観て、兄弟揃って笑ったぐらい。
それにあの番組は追い込まれたあかねさんを見せものにした。
優しくて真面目なあの人を苦しむ様すらネタにしていた。
アクア兄さん達が助けないとあかねさんのキャリアも命も失われるところだったから、あの番組には嫌悪感しか無い。
だが、あかねさんを助けるために尽力したアクア兄さんのお仲間の方ならきっちりとしたDMには納得しか無い。
…兄さんのお友達に失礼なことしちゃったなぁ…
今度兄さん通して謝って貰うか。
「コハク、何でケンゴさんの名前が?」
「んー、友達がファンらしくて。何か聞いたことある名前だなー、て引っかかってた」
嘘です。
「ふーん。前、生メル握手会(in星野家)に来てたんだけどな。ノブくん、ユキパイセンと一緒に。覚えてない?」
「私、ユキさんとずっとメイクの話とか流行りのコスメとかカフェの話ばっかりしていたからなぁ…あとは惚気話聞かされてたし」
「あー…ユキパイセン、愚痴という名の惚気話凄いよな。マジびっくり。兎に角聞き役が欲しいからずっと話し続けているし。
確かにケンゴ先輩、遊びに来ていたのに俺たちの様子見てて『曲が降りてきた!!』て叫んで居なくなったしな」
そんなにキャラ濃いのか。あのバンドマン。
「え、あの子…そんなにキャラ濃かったの?知らなかったわ…バンドマンにしては真面目でチャラつかない、音楽に誠実そうな子だったけど」
「あの人、若手なのに音楽で稼いでる人だしな。真面目過ぎて突き抜けたのかも。高校卒業して真面目に音楽を勉強しているらしいし」
兄さんはそう言いながら携帯をいじり、森本さんのSNSのアカウントを見せて来た。
確かに浮ついた投稿が無い。基本歌詞とメロディーの備忘録な投稿ばかり。
ほうほう。バンドマンはチャラついた勘違いマンだらけかと思ったが人をみる目があるお母さんからも良い人柄と判断されている様だ。
DMの返信期待できそうだ。
ーーーーー
午前中は新曲の練習を仲間達とやって午後は作曲をしていた。
だが思ったようなメロディーが降りて来ず、煮詰まっていた。
「…テーマが決まらない。暦ではまだ春だが、半袖が要るぐらいだし夏メロにするか?だが…」
頭に浮かぶ物が漠然としている。
これでは無為に時間を過ごしかねない。
息抜きにSNSの備忘録を見るとしよう。
「ん?Amber…?いいねが結構付いてるな。小説を投稿しているのか?」
何の気無しに自身が備忘録にしているTwitterアカウントのおすすめ欄に出て来た素っ気ない自己紹介、プロフィール。どうやら自作の小説をアップし、投稿サイトへ来訪者を誘導するのが目的なアカウントの様だ。
「……読んでみるか」
少し興味を惹かれて読んで見ることにした。
「曲が降りて来た…!」
読みながら場面や状況、登場人物の心情を想像していたら頭の中に楽譜が降りて来た。
忘れないうちにギターで弾いて、楽譜を転記する。
歌詞も良い、と浮かんだ単語を書き留めていく。
「…よし!良い曲が出来た!!
だけど、見返すとかなり、インスパイアされて作った、というよりは原文をかなり持って来ているな…
黙って発表することは出来るけど、トラブルにはしたくないし
何より同じ創作者に対して無礼な真似はしたくない。
DMで許可を求めるか」
そう言った経緯でDMで使用許可を求めたら、まあ抜け目の無さと若干のユーモアを感じさせる返信があった。
「1は当然とも言えるな。了承。
2のインセンティブの条件は…まあ保留。
3と4次第見たいだし、
語らせて貰おうじゃないの…!」
画面越しに
「私の作品の良さを語ってみなよ?」とほくそ笑む、人物像を幻視し、俺はキーボードを叩いた。
俺の熱意と惚れ込み様を見せてやる、と。
ーーーーー
兄の勉強を見ながら予習復習をこなし、部屋に戻ると例のバンドマンから返信が来ていた。
さてさて、どんな返答かな?
『Amberさん
ご返信ありがとうございます。
1〜4の条件につきまして、1は無論ご提示のように致します。
2のインセンティブの内訳については私も事務所に所属している身ですので即答致しかねます。
しかし、3、4にあたるどの作品が気に入ったのか、何が良かったのかは全く触れないままご依頼して申し訳ありません。
私が読ませていただき、大変心を震わせたのは
『DAY BREAK』でした。親友、家族、仲間、淡い想いを抱いていた少女を戦いで喪った少年が異能で時間制限付きのタイムリープを行い、助けようと足掻く様はあまりにも悲痛で心の叫びが痛く感じました。
例え過去を救っても今の自分が救われる訳じゃないのに、と悩みながらも大切な人達に対して別人を装い接触して短い時間だけ言葉を交わし、過去の自分を鍛えて、彼が乗り越えたのを見て自分が居るべき時間に戻り孤独な戦いに身を投じる。
その様は絶望的な状況なのに事態が好転したかのように輝いて見える、まさに夜明けが相応しい結びでした。
かっこいい要素を詰め合わせて綺麗に結べるのは才能としか言えないと思います。
これが私の感想です。
納得いただけたら幸いです。
KENGO/森本ケンゴ』
「無償貸与してやんよぉ!褒めても何も出ないけど、良い歌作ってね森本さん!!」
『森本ケンゴ様
ご返信ありがとうございます。
無償貸与です。
貴方の感想に応える術はそれしかありません。
もし良いのであれば、出来た曲のデモ聞かせて下さい。
よろしくお願いします。
Amber』
いやぁ、嬉しいね。感想いただくのは嬉しいがその熱を違う形に昇華してくれる、てのは初めて。
どんな曲になるのかな?
「え、返信早…無償が嬉しかったのかな?」
『Amberさん
ありがとうございます。
レーベルから出そうと思っている曲でしたのでデモといえ、外部にお出しは難しいです』
「あー難しいかー…残念」
『しかし、共同で作詞という形なら可能です。どうでしょうか?私と一緒に曲を作っていただけないでしょうか?』
「………へ?…ええええ⁉︎」
ま、まさか小説家じゃなくて作詞家デビュー⁉︎
思わぬ形で私の創作活動は日の目を浴びる…かもしれなくなった。
そしてこれが森本さん…ケンゴくんとの初めての共同作品だった。