コクハク

コクハク


食堂にはまだ全員はいなかった。ルフィとゴードンはいる。いないのは…ゾロとチョッパー、ロビン、サンジだろうか?それ以外の面子は揃っており、いよいよだなという緊張と…すぐに話すことにならなかった事への少しの安堵があった。

普段より早く脈うつ胸に手を当てつつ、努めて以前の様に、当たり前にウタは挨拶をしながら席に着いた。


「おはよう…ゴードン、ルフィ、みんな」

「おはよう、ウタ…眠ってないようだが、大丈夫かい?」

「うん…まだ目が冴えちゃってるみたい」


夜明けを迎えてから少し仮眠をとろうかは確かに悩んだが…夢にまた勇気の芽を摘まれては敵わないと思いそのまま告白に踏み切った。

ルフィ達の献身で眠れていた方だ。最近で一番頭が冴えている気さえする。


「おはよ、ウタ…それ、電伝虫か?」

「…うん、大事な話に、必要だから」

「私達がウタの配信を見る時に使ってたやつとはちょっと違うわね?」

「そうだよ…これは」


そこまで話して、少し閉口したウタはチラリとゴードンに目線を向けてから…全員揃ってない今どう話そうか……悩んでいるとまた食堂のドアが開いた。


「ゾロ見つけたぞ〜」

「港にいたわ」

「なァんでトイレ行くってなって城から出てんだバカマリモ!!!」

「この城の道がややこしいんだよぐる眉がァ!!!」


どうやら、ゾロを探しに行っていた為に席を外していたようだ。夜の時もだが、もしや彼は方向音痴なのだろうかとウタはここでやっと気付いた。


「待たせて悪かったなウタちゃん!船長、もう全員揃ったぜ?」

「そうだな、よし、ウタ」

「?」


サンジがウタヘ軽く謝罪をしてからルフィに声をかけると、ルフィは頷き、ウタのところへと歩く。


「おれ達は何を聞いたとしても大丈夫だ。だから、もう隠さずなるだけ全部話せ」

「…はは、分かってるよ。ゴードンも、良いかな?話しても?」

「…ああ、ウタがどの様な話をしたとしても受け入れるとしよう」


ありがとう、そう礼が自然と口から出る。本当に、彼等には感謝しかない。いや、それ以外にもない訳じゃない…罪悪感も、恐怖も、不安もある。


「そっか、じゃあ…」


でもそれは、12年前に本来抱えるべきものだったのだから


「ちょっと長くなるかも、上手く話せないかもだけど……聞いて欲しいな」


改めて、抱え直そう。全部、話そう。


「……この国、エレジアは12年前、シャンクス達赤髪海賊団が滅ぼした。それが私が聞いた話で、世間に伝わってる話」


既に話を聞いていたルフィや、この話をウタに言って聞かせた本人であるゴードンは何も言わないが、ガタッと音がしてそちらを見ればウソップが驚いた顔をしていた。ああ、そういえば彼の父は……

彼にも、申し訳ないなと思う。自分は貴方の父も信じられなかったという告白だから

そう、それが自分が信じてきたもの

本当は全然違ったこと


「私はそうだったんだって、シャンクス達が自分と過ごしてきた日々は全部嘘だったんだと…思って過ごした」


隣に座るルフィやナミ達を見れない、ゴードンに対しても…自然と目線は下に向く。それでも話は続けた。


「そのまま10年くらい過ごしてさ、ゴードンもいるし、歌の勉強も出来てたけど…やっぱり寂しくてさ……そんな時にあの配信用の電伝虫が浜辺に流れ着いているのを見つけたの」


そこからは、今までの孤独が解ける様に楽しかった。嬉しかった。

何一つ偽りはない…本当に、本当に救われたのだ。見つけてもらえて、自分の歌を聞いてくれて…だから、見てあげたかった。聞いてあげたかった。救いたかった。


「配信を見てる皆がよく言ってた「海賊に家族を…」「海賊に村を…」「海賊が何もかもを奪っていくのに、海軍は何もしてくれない」って…」


ただ歌を聞いてもらうつもりだったけど、皆に元気になって欲しかった。寄り添ってあげたかった。

だから、言ってしまった。


「…私も「私も海賊が嫌い」その一言が一番の着火剤だった気がする。いつの間にか沢山のファンがいてくれて…皆が私を救世主って呼ぶ様になったの」


それで、そこまでして…もう取り返しも引き返しも無理なんだという時に……

カタカタと身体が震える。言わなきゃ、言うんだ。怖い、ダメだ、言わないと…

喉と口の中が異様に渇く、頭も痛い、目の奥が痛くて暗くなる…息が、上手く出来ない。身体が冷える様な感覚までしてきた時


「ウタ」


左手が、熱くなる。暗くなってた視界が光を取り戻して少し白むので何度か瞬きをして慣らすと…彼が手を握っていた。


「ルフィ…」

「無理はして欲しくない、言いたくないなら言わなくていい…でも言いたいのに言えないなら、おれ達は幾らでも待つし、言いやすい様に色々手伝う」

「!」

「そうそう」


カチャ、と陶器の擦れる音と、優しい匂いに目をあげると、ソーサーにミルクや角砂糖ののった紅茶が一つ。


「おれ達はウタちゃん支えに来てんだ。追い詰めたり酷い事なんざしないさ…そもそもレディに何か不届きな事しようなんて奴がいたらおれが料理してやる」

「ヨホホ、なんなら私も一曲弾いてみましょうか?」


思わず顔を上げて全員の顔を見る。皆真剣みはあれど、微笑っていた。

ゴードンまでも、手を少し忙しなく組み直していて我慢していない訳ではないようだが、優しげな表情のままだ。


…不思議だ。ルフィも、ルフィの仲間も、話していると氷でも融かす様にあたたかな気持ちになる。いつの間にか悴んだ様な指先にも熱がある。ぎゅっと握り直して、深呼吸…吸って、吐いて…吸って、吐く。


「…ありがとう、大丈夫。でも、手は繋いでてもいい?ルフィ」

「当たり前だ」


即答に思わず吹き出して、ウタは本題に、自分の10年近く信じていた事をひっくり返してしまった原因でもある電伝虫をテーブルに置く。


「そんな時、エレジアに来て10年以上…歌手として活動を初めて1年くらい経った頃にこれを見つけたんだ」

「その電伝虫か」

「うん……いつもの散歩中に、偶然…でも今思えば、これは私が見るべくして見るべきだったのかも……ゴードン」

「…ウタ、まさか」


ゴードンは少し臆病なところはあるが頭が悪い訳ではない。寧ろ国を治めてきた人間として充分な素養と頭の良さがある。

信じたくなさそうな顔で、でもある程度の察しがついた様な…


「ごめん、これにね、残ってたんだ…あの事件の日の夜の事」

「っっ!!」


そうして、まるですごく傷付いたと言いたそうな表情を浮かべてから、ゴードンは顔を覆った。


「………そ、う、だったのか………」

「……うん」


噛み締める様な声に、肯定を返すと…ピアノを弾くのに向いている彼の長い指の隙間から涙が溢れてテーブルクロスに染みを作り始めた。


「そうか…っ、そうだったんだな……っ!それで……すまなかった…ウタ…!!」


どういう事か理解出来ていない一味のメンバーはその二人の会話にやや困惑を示すがチョッパーとロビン等、真実をゴードンから聞いていた者はやはり…と悲痛な顔をしてしまう。


「おいウタ…どういう事だ?」


そう手を握ったままでいてくれるルフィにウタは自嘲めいた顔を浮かべ、握られていない右手の方でルフィの頬を撫でながら、告げた。


「…エレジアを滅ぼしたのはね、シャンクス達じゃなくて……私なの、私だったの」

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