ケーキ
「杏山カズサ!!」
廃倉庫の寂寞に似つかわしくない、溌剌とした声。
今の私に“普通に”接してくれる唯一の相手。
寂しいなんて思っていたのはバレたくないけど、待っていられるわけもなく。四足で立ち上がって、声の方向へ向かう。
「こんばんは、杏山カズサ」
「ナァウ」
宇沢の挨拶に対して小さく鳴いた。それが今の私にできる範囲の挨拶。この姿になって以降…身体が変わったので当然かもしれないが、会話を行うことはできていない。
人間よりデカい黒猫。私の姿は概ねそうなっている。言ってしまえば化け物だ。
当たり前だが街を出歩くことなど出来ず、食事も毎晩自主パトロール後の宇沢が届けてくれるのを頂戴している。
─袋、多くない?
今日は何を買ったのだろうかと思ったところで、いつもより宇沢の持った袋が多いことに気がつく。もしかしたらしばらく来れなくなるとか…。
「ふっふっふっ、今日のご飯は期待してもらっていいですよ」
得意げな顔を見る限り、どうやら悪いことがあるわけではないらしい。「なんでしたらもう開けちゃいましょうか!?」と待ちきれない子供のように目を輝かせている。
そこまで言われると気になってしまうし、何より宇沢が既にビニール袋へ手を突っ込んでいたので頷く。
袋からは白い紙箱が出てきて、更にその中から出てきたのは…ケーキだった。
しかも円形、つまりホールの。
「今の杏山カズサには少し物足りないかもしれませんが、どうぞ!!」
普通にスイーツを食べれるなんて、もう無いと思っていた。
でも…それならもう一つだけ。
「ナァオ」
胡座をかいて座っている宇沢に声をかける。
「おや、どうかしました?」
─宇沢も食べないの?
右手でケーキを指して、それを宇沢の顔まで持っていく。
「でもそうしたら杏山カズサの分が減ってしまうのでは…」
「ヴゥウウー」
「そこまで言うならお言葉に甘えて…ありがとうございます」
お礼を言いたいのは私の方なのに。
そうして宇沢は付属のプラフォークを持ち、私は直接食らいついて、ホールケーキを削り始める。
なめらかなホイップクリームが口の中を溶かすような甘さで満たして、雲のようなふわふわの生地がとろけて、苺の酸味と引き立て合う。まさしく三位一体、理想的なケーキの美味しさに二人で舌鼓を打つ。
何よりも…、一緒に食べながら幸せを共有する相手が居ること。それがたまらなく嬉しかった。