ケンカをやめて
姉さん女房に思う存分甘える藍染藍染と平子が結婚する事になった時、号外記事や瀞霊廷通信瓦版には「電撃」という言葉が使われた。
実際には随分前から監視目的で肉体関係を持っていたのだが、藍染とこれ以上深い関係になる気がなく、また『変人』と言われることの多い平子の性質上、交際しているという噂すら流れることがなかった。
平子の腹に子どもが宿ったことが結婚の原因であるから、「変人の女隊長が部下に無理矢理迫った」「藍染副隊長は被害者」という声も聞かれた。
しかし、実際に2人と顔を合わせた者達の多くは、その考えを改める事となる。
平子の顔は普段の余裕ある態度など微塵もなく、一方藍染はいつも通り穏和な笑みを浮かべていたのだが、心なしかご機嫌にも見えたと言う。
そんな対照的な2人だったが、周囲の生温かい祝福を受けながら式を挙げ、現在は隊首室で暮らしている。
藍染は平子の腹を触るのが好きらしい。もとい、大きな手で膨らんだ腹を撫でるのが好きともいう。経過は順調というが、未だ胎動を感じた事がない。
「お前、なんでそんな頻繁に撫でとるん?まだ動いてないやんけ」
「…あなたの中に別の何かがいる、この状態がとても不思議で。興味深いですね」
おざなりな返事だが、まあそういう男だ。
「何ハゲた事抜かしとんねん。お前の子やぞ?父親の自覚を持てや惣右介ェ」
「….ああ、すみません。僕もお腹の子に会える日を楽しみにしているんですよ」
そう言って藍染は絶妙な力加減で撫でてくる。正直気持ち良いのが、なんだか悔しかった。
平子としては自分の中に別の命があるというのは違和感しかないし、不安もある。けれどこうして労わられると、このまま藍染の手綱を握れるのではないか、という気になってくる。
「お前って俺の事そないに好きやってんな」
藍染の動きがピタリと止まり、少しだけ不愉快そうな顔をした。
「それはどういう意味ですか?」
その質問の意図がわからず、平子は「ハァ?」と首を傾げる。
別に他意はなく、ただ自分が思っていたよりもずっと大切にされている事がわかったから、そのままを口にしただけだ。自分でもよくわからない感情に戸惑っているうちに、目の前の男は不機嫌さを隠さぬ様子で口を開いた。
しまったと思った時にはもう遅い。
こういう時の藍染は非常に面倒臭く、何故こんなくだらない事で言い合いをしなくてはならないのかと思うが、一度火のついた藍染は中々鎮まらない。結局その後5分ほど口論が続き、最終的に平子が折れようとした時。
ぽこり
小さく胎のなかが動いた。
「……あの、今動きましたか?」
目を丸くして問う藍染。胎のなかで動くものを感じて、平子は困惑していた。
喧嘩をしている時に、まさか動くとは思わなかったし、藍染も同じことを思ったようで、恐る恐るという風にもう一度尋ねてきた。
今度ははっきりとぽこぽこと動くのがわかった。
微かな胎動が落ち着き、ゆっくりと腹を撫でられた後、藍染に抱きしめられる。
「……すみませんでした」
耳元で囁かれた言葉に思わず笑いそうになった。
「まさか産まれる前から喧嘩止められるとはなァ、俺らの子はえらい賢い子やで」
背中に手を回せば、藍染は肩口に額を押しつけてきた。
この男がこうなる事は珍しい。珍しく本当に反省しているようだ。
平子としても大人気なかったと思っているし、そもそも喧嘩の内容も忘れかけていた為許すつもりだったが、藍染は平子の身体を離すと、頬に触れる。
その瞳には欲望の色が見え隠れしている。
これはまずいかもしれない。
「お腹の子が聞いてるからアカ………」
制止の言葉は、途中で飲み込まれる事となった。