ケガのはなし
※大けがをしたアオイにトラウマ刺激されまくりのペパーがいる
※ハピエン好きなのでペパーが病みそうになってもアオイが浄化すると思ってる人間が書いた
「行かないでくれ」
たった一言が声にならない。
アカデミーのエントランスでオレはアオイの手をつかんだまま、きょとりと目を瞬く彼女を見おろす。
ケガをしたアオイが保健室に担ぎ込まれたのはほんの数日前のことだ。
ミライドンに半ばしがみつくようにして、くったりと力なく運ばれていたという。
一時はアオイの母ちゃんが看病し、しばらく寝込んでいたとは思えないほど、アオイの顔色は良い。傷あとなんてどこにも残っていない。元気そのものだというのに、オレの頭には保健室のベッドにくったりと横たわっていた姿が脳裏を離れない。
今にも温もりの消えてしまいそうなほど弱ったマフィティフ。
……あるいは、オレの手の届かないところで冷たくなった、と後からわかった父ちゃん。
その二つの姿が重なって、弱々しいアオイを見るたびに心臓がいやなふうに脈打った。
アオイはすでにミモザせんせには太鼓判をもらって、元気いっぱいだ。
……けど。でも。
嫌な想像がどうしても頭から離れない。
オレの手の届かないところでケガをして、ちいさな手から体温がじわじわとなくなっていく夢を見ては、健やかな寝息を立てるアオイを夜中に確認してはホッと息を吐いていた。
「……本当に大丈夫なのか?」
「うん! 看病してくれたペパーのおかげだよ。ペパーの方が疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
オレなんか。
ちいさくて細いアオイよりも、オレの方がよっぽど丈夫にできている。
「寝込んでたのはオマエだろ」
そうだった、とアオイが照れたように笑う。
「……気をつけて、行ってこいよ」
未練がましくアオイの手にすがる指を何とか引き剥がす。アオイを困らせたいわけじゃない。
なのに、今度はアオイが手を伸ばしてきて、オレと手を繋いできた。
「ペパーも一緒に行く?」
「……え?」
アオイの細い指がぎゅっとオレの手に絡む。大きな目で見上げられ、オレは思わずこくりと頷いていた。
「ああ」
ひさびさの太陽が眩しい。雲ひとつない青い空に、爽やかな海風が吹き抜ける。
「ペパー! やったよ! 新しいポケモンゲット!」
結晶から出てきたアオイが、帽子を押さえながら、頬を染めてぴょんぴょんと跳ねている。結晶の中のポケモンは手強かったが、さすがチャンピオンクラスというべきか、アオイとその相棒が主導し、危なげなく勝利した。
「ペパーが手伝ってくれたおかげだね! ありがとう!」
まばゆいほどの笑み。キラキラと目を輝かせるアオイに、ようやく彼女のケガ以来心臓の裏に張り付いていたうそ寒い気配がすうっと消えた。
「そんなことねえって。オマエのほうこそ、さすがチャンピオンクラスだな。次のバトルスクールウォーズまでにオレも鍛えなおさねえと、だな」
「次もペパーも出るの?」
やった、とアオイの顔がほころぶ。
「ペパーとバトルできるの、楽しみ」
「オレもだ」
そう言ったあと、
「……だから、もう、ケガするなよ」
するりと口から出てきた言葉にオレ自身が驚く。口にするつもりはなかったのに。鬱陶しいと思われなかったかと、思わずアオイの顔色をうかがってしまう。
「うん……、心配かけてごめんね。次からは、ちゃんと元気に、ペパーのところに帰ってくるから」
約束する、と真面目くさってアオイが言う。
「忘れんなよ」
さらりと返すことができて、ようやく久しぶりに肩から力が抜けた。
「それじゃあ、アオイの全快祝いとポケモンゲット記念にペパーお兄さんが腕を振るってやろう。何が良い?」
わあ、とアオイの声が弾む。つられて笑いながら、アオイのやわらかな手を引いて、ペパーはピクニックセットを広げられる場所へと向かった。