ケイバ・ネオユニヴァース シーズン☆☆ episode×× 紅の沼へと沈みゆく
サンデーキングダムの人リュージが目を覚ますと、そこは知らない部屋の床の上だった。何だか長い間眠っていたような気分だが、身体はひどく疲れ切っている。皮膚を通して柔らかな感触が伝わってくるので地面の方を見ると、見るからに質の良い、赤いカーペットが敷かれていた。
(どこや、ここ)
周囲を詳細に確認するため起きあがろうとして、身動きが取れないことに気がついた。よく見るとリュージの両手首と両足首は光る輪のようなもので繋がれている。どうやらこれで拘束されているらしい。せめて目視できる範囲に何かないかと辺りを見回すが、目に入るものといえば薄ぼんやりと光る電灯に低い天井、重たそうな木製の扉、四方は窓のない壁と、見事に手掛かりになるものが無かった。
状況が飲み込めず呆然としていると突然、ギイ、と蝶番のきしむ音がして扉が開き、シルクの勝負服を身に付けた茶髪の男が部屋の中へと入ってきた。
これから何が起こるのかとリュージが身構えると、男はへえ、と感心したように目を見開いた。
「あ、もう起きちゃったか。やっぱ只者じゃなさそうだ」
リュージはその男の顔に見覚えがあった。
「お前、まさかコーセーか?」
そう問われた男はにっこりと満面の笑みを浮かべて答えた。
「半分正解です。俺は"こちら側"のコーセー、貴方のよく知る原始宇宙のその人とは別人です。そこん所よろしくお願いしますね」
胸に手を当て、礼儀正しくお辞儀をする男もといコーセー。彼の話と服装から、リュージの頭には彼の正体についてのある可能性が浮かび上がってきた。
「原始宇宙…ってことはここはネオユニヴァース、おまけにシルクの勝負服……まさかお前ルメールの!」
「流石に知ってましたか。お察しの通り俺はシルク・ド・ファミリア所属、ここは我々シルクの本拠地になります」
シルク・ド・ファミリア。かつてリュージがこの優駿銀河へと迷い込んできた際にサンデーキングダム乗っ取り未遂、ユーガ・D=カワーダの洗脳など様々な悪事を働いていた謎の宗教組織である。
リュージは彼らの動機こそ知らないが、宇宙征服を目標としていることは知っている。そして、そのために手段を選ばない組織であることも知っている。
「俺をどうする気なんや。答えろ!」
「どうする気って、これまで通り我々の宇宙支配計画を手伝ってもらうだけですよ」
「ハッ、俺はお前らに手ぇ貸した覚えはあらへん!誰か別の奴と勘違いでもしとるんか?」
コーセーを鋭い目つきで睨みつけるリュージ。しかしコーセーはそんなリュージをまるで意に介さずに話を続ける。
「いえいえ、確かに貴方は俺たちを手伝ってくれていましたよ。これが証拠です」
コーセーはリュージの目の前に携帯端末を突き出しすと、ある動画を見せはじめた。逃げようがないので嫌々ながら動画を見始めたリュージだったが、動画が先へ先へと進むにつれ、驚きと衝撃で目と口がどんどん開いていった。
「なんで」
動画に収められていたのは、どこかの街でライダーを襲うサンデーキングダムの勝負服を着たライダーの一団。そして、同じくサンデーキングダムの勝負服を着てそれを指揮するリュージの姿だった。
ショックと混乱で頭が回らないリュージをよそに、コーセーは冷たい笑みを浮かべながら話を始めた。
「今回の作戦をサンデーになりすまして進行することは前から決まってたんです。以前のシーズンでヴィランだったんで罪を擦りつけやすいんですよね。最初はそれだけの予定だったんですけど、決行ギリギリのタイミングでルメールさんから献策があって、原始宇宙のライダーの力も借りることになったんです。それでちゃんと従ってもらうためと能力強化も兼ねてちょっとした精神干渉術を掛けさせてもらったんですけど、貴方だけ外れちゃったんですよ。ひょっとして耐性とかあったりします?」
困惑ぎみの声色でそう問われたリュージの脳裏に、これまでの特異点修正で巻き込まれてきた様々な事件が浮かんでくる。我ながら大変な目に遭ったものだと痛感した。
「……まあ心当たりは山程」
そう苦々しく笑うと、コーセーはそうなんですか、と大袈裟に驚いた。
「成程。そこについては完全に想定外でした。やはり原始宇宙のライダーはこちらの予想を遥かに上回る存在らしい」
「いやーこれに関しては原始宇宙とか関係ないと思うで」
真剣に原始宇宙の分析をするコーセーにツッコミを入れるリュージ。緊迫した部屋の中に一時の平穏が訪れた。
それからやや間を置いて、コーセーはそれまでの悠然とした態度から一変、真剣な顔でリュージに向き直った。
「さて、それでは本題に入りましょうか」
先程のボケで気が緩んでいたリュージも、何か起こるらしいと警戒を強めた。
コーセーはパチンとひとつ指を鳴らした。するとリュージの手足に嵌められた枷が光り、リュージの身体が宙に浮き上がった。何や何やと慌てているとそのままリュージの身体は空中をすいーっと移動し、ちょうどリュージの顔とコーセーの顔が向かい合う場所で宙吊りのまま止まった。
「何する気や」
「何って、今までよりも強力な術をかけるんですよ。貴方は作戦の要ですから」
コーセーはそう言って勢いよくリュージの顎を掴んで引き寄せると、リュージの両瞼を指で無理やり開かせた。
「さあ、俺の目を見てください。これから貴方はシルク・ド・ファミリアの一員として、ファミリアの正義のために戦う騎士となるんです」
コーセーの瞳が徐々に真紅へと染まっていく。とにかくこれを見てはいけない、そう思わせるような禍々しい紅色だ。
「嫌、や。誰がっ、お前ら、なん、か、に」
リュージは身を捩らせて術から逃れようとするが、両手足を拘束されている上に宙に浮かんでいるせいで上手く身体が動かせない。せめてもの抵抗をとコーセーから目線をずらすと、コーセーはリュージの顔を掴む力を強めた。
「貴重な戦力なんですから逃しませんよ。そんなに戦うのが嫌なんですか」
「宇宙中、めちゃくちゃに、するような奴らにっ、力を貸すつもり、あるわけ、ないやろっ」
リュージはシルクの軍門に下る気はないと抵抗し続けるが、この間にも術の侵食は進んでいた。次第に頭が回らなくなり意識も薄れ始める中、リュージは力を振り絞る。
「コウ、セイっ、なん、で……」
その言葉を最後に、リュージの意識は途切れた。
それから少し経った頃。コーセーは「そろそろいいかな」と呟くと、宙に浮いていたリュージの身体を床へと下ろした。先程まで紅く染まっていたコーセーの瞳も元の色に戻っている。
「ダークリュージさーん、起きてくださーい、お仕事ですよー」
先程までの剣呑な雰囲気はどこへやら、コーセーは寝坊した子供を起こすようにリュージを優しく揺すり起こす。
何度か繰り返すと、ようやくリュージがむくりと起き上がった。
「……おはようございます」
無表情で、無機質な声で挨拶するリュージ。その赤黒い瞳は鈍い光を湛えていた。コーセーは上手くいったな、とほくそ笑み、リュージに司令を下した。
「ダークリュージさん、緊急任務です。現在フチューで戦っている同志に加勢をお願いします」
「……はい。全てはファミリアの、そして総統閣下の御心のままに」