クワイエット・ゼロの中で
気づいたらよく分からない空間に揺蕩っていた。常に感じていた身体の倦怠感はないが、夢の中ではないような不思議な感覚だ。制服の袖をまくって自身に流れるパーメットを確認すると、赤色ではなく青白い。
「あ、やっと気づいた!」
遠くから赤毛の少女が近づいてくる。見た目はスレッタ・マーキュリーに似ているが、髪は短く年齢も幼い。
「……君は?」
「ぼくはエリクト・サマヤ。あの時の決闘ぶりだね。」
久しぶり、とスレッタの姉と名乗る彼女は屈託なく笑った。
「ね、ね、せっかくだから一緒に遊ぼうよ。お話でもしながらさ。」
どこからともなくトランプやボードゲームが現れる。その中からぼくはオセロを選んだ。
「いいね。じゃあ、ぼくが白で先攻だよ。」
ぱちり、ぱちりと盤上が埋まる。今のところ白と黒が半々といったところか。
「何であの時、ヘルメットをぼくに投げつけたの。スレッタの前では“乱暴はしないよ”なんて言ってたのに。」
むー、とほっぺを膨らませつつエリクトは抗議した。データストームの肩代わりもしたのに、とぶつくさ呟いている。
「あの時はごめん。彼女、スレッタ・マーキュリーがぼくと同じじゃなかったことに失望したんだ。」
「じゃあ、スレッタがキミと似たような存在だとあの時分かったら嬉しかったの?」
駒を置こうとした手が止まる。彼女は中々痛いところを突いてくる。
「……多分、あの時だったら嬉しかったと思う。けど、今は違う存在でいてほしかったなと願うんだ。」
ガンダムは呪いのモビルスーツだ。相手だけではなくパイロットの命さえ吸い上げて動く暴力装置だ。乗るたびに感じたざらつくパーメットの感覚。あの不快感は忘れられない。
ペイル社での実験でぼくの身体はとっくに摩耗していた。誤魔化そうにも、ベルメリアの検査によってむざむざとデータとして突きつけられる。スレッタ・マーキュリーとの決闘前でも、あと2回程耐えられるかどうかだった。
彼女が強化人士じゃないことには失望したが、データストームで苦しんで寿命を縮ませていなかったのは嬉しかった。これは本心だ。けれども、ガンダムの為に作られた人間というのは違っていて欲しかった。
「そっか、キミがスレッタを大切に思ってくれているのは分かった。けど、自分には後がないのに果たせないと知っていた約束をするのはどうなの?」
我ながら酷いことをしたと思う。だけど、「ぼくの誕生日を祝いたい」と目を輝かせていた彼女の顔を思い出すと、どうしても断れなかった。たとえ、待ちぼうけにさせてしまったとしても。だからこそ、行けなかったことが心残りだった。
「そんな顔しないでよ。まるでぼくが泣かせたような感じになっちゃうよ。」
盤上をみると空いている升目は残り僅かだ。四隅は白にとられている。
「でも、クワイエット・ゼローこの空間が完成したら、またスレッタと会えるよ。そしたらまたスレッタと話せるし、お互いの誕生日も祝えるよ。」
彼女と同じディープブルーの瞳を瞬きながら、エリクトがささやく。屈託で無垢な笑顔であるが、その奥には妖しげな炎がちらりと見えた。
「……スレッタ・マーキュリーと誕生日を祝えたらよかったのに。」
あの時、ぼくに「何もないこと」を否定してくれて「私もいる」と鬱陶しくも力強く主張してくれた彼女に応えたい。誕生日を祝ってくれる人がいたことを思い出させてくれた彼女に感謝を伝えたい。
「そうだよね。だけどこのままだったら、ぼく達はあちらに干渉することはできない。だからデータストーム空間を拡張するクワイエット・ゼロが必要なんだ。ぼく達ーカヴンの子たちだけでもできるけど、できたらキミにも手伝ってほしい。」
一見するといいことのように思える。けど、彼女はそれを望むのだろうか。友達や婚約者のミオリネ・レンブラントがいるのに、喜ぶのだろうか。
「・・・少し考えさせてほしい。」
「分かった。けど、あまり時間はないから。」
ぱちりと、最後の升に駒を置く。一気に白の駒が黒にひっくり返る。
「あーーーー!勝ったと思ったのに!」
地団駄を踏んで悔しがるエリクトを横目に、ぼくは心の中で「残念だったね」と呟いた。