キュートアグレッションというやつ

キュートアグレッションというやつ



 ぱん、と、乾いた音がした。何の音か分からなかった。頬にじんとした熱を感じたのはすぐ後で、コビーの視界は少将から床に向いていて。ああ、自分は目の前の人に頬を張られたのだと理解して、冷たい汗が背中に流れた。

 恐る恐る、少将を見る。頬を張った手を空に止めて、無表情でコビーを見下ろしていた。心臓が嫌な音を立てる。どうして、という疑問と混乱が頭を支配して行く。少将はだらんと手を下ろした。

 コビーはさっきまでの事を思い返していた。確か、廊下の隅で、話しかけられて。何の変哲もない世間話をしていたはずで。こんな──急に、頬を張られる様な事をした記憶も、言った覚えも無い。けれど、コビーに無いだけで、何か、少将の気に障る事があったのかもしれない。

「ぁ……あの、少将、」

「……」

「僕、何か、お気に障る事をしてしまいましたか……?」

 からからに乾いた口で、少将に尋ねる。コビーより頭二つ分は背の高い年上の男は、その質問に対して、にこ、と、先程まで見せていた笑みを浮かべた。

「ごめんね、何でも無いんだ」

「は、はあ……」

「驚いただろう。ああ、赤くなってる。医務室に行こうか、冷やさないとね」

 少将はそう言ってコビーの手を掴んだ。思ったよりもずっと優しい力で、もしかしたら勘違いだったのかもしれないなんて事を一瞬考えた。けれど、頬の痛みと熱さは本物だ。こわい、と思ったけれど、かといってこの手を振り払えば何が起こるか分からなかったから。コビーは大人しく医務室に引き摺られて行った。




「あ」

「あ……」

「こんにちは、コビー曹長、ヘルメッポ軍曹」

 ヘルメッポが挨拶を返している。コビーも慌てて挨拶を返した。あの日から数日後、またあの日の様に廊下で少将とすれ違って、コビーの足は思わず止まってしまった。幸いだったのは、隣にヘルメッポが居た事だ。少将も挨拶だけしてすぐに去って行ったし。しかしコビーの脳裏には、あの時の少将の無表情と、振り上げられた手と。張られた頬の熱さが浮かんでくる。

「……どうした?」

 様子がおかしい事に気が付いたヘルメッポが、顔を覗き込んで来る。何でも無いですよ、とありきたりな答えを返して、コビーは固まっていた足を動かした。心臓が冷えて、嫌な音を立て続けていた。




(この後何度かすれ違ったり挨拶される度に顔を青くして怯えるもそれを隠しながら普段通りに振る舞う曹長と、それに興奮している少将(異常者))


(偶に部屋にお呼ばれしてお茶を振る舞われるけどいつまたあんな事が起きるか分からなくて怖い曹長)


(多分何回目かでまた殴られる)


(様子がおかしい事に気付いたヘルメッポさんがボガードさんやガープさんに報告して解決する)

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