キタカミの鬼
「ちょっと!! いい加減そこをどきなさい!!」
「…………ゼイユさん?」
旅館の裏でお客さん用の布団を干していると、表の方からゼイユさんの怒鳴り声が聞こえてきて、作業の手が止まった。
どうしたんだろう……野生のポケモンに囲まれて、動けなくなったりしたのだろうか。
でも、それにしてはゼイユさんの声色が、険しい。
気になった僕は、布団をそのままにゼイユさんの様子を見に行った。
「仕事があるって言ってるじゃない! しつこい男は嫌われるわよ!!」
「あらら、綺麗なおねえさんに嫌われるのは嫌だなぁ」
「こんな仕事なんてサボってさぁ、キタカミの案内してくんない? ほら、ボクタチ観光客で右も左も分からなくてさ」
「いやー、おねえさんホント美人だね? こんなところで仕事してんのもったいないって」
旅館の入り口で、ポケモン達のご飯の為のきのみが沢山入った籠を抱えたゼイユさんが、三人の男達に囲まれているのが見えた。
思わず、握った拳に力が入る。
「こんな仕事って……調子に乗るんじゃないっての!! いい加減にしないと──」
「うはー、マジで気が強いな。特性まけんきかっての」
「いいから行こうぜ、ほらほら」
「、痛っ──」
男達の一人が、ゼイユさんの腕を掴む。
抱えていた籠が落ちて、地面にきのみが散らばる。
もう、我慢できなかった。
「ゼイユさん、大丈夫?」
「は、ハルト!! せっかく来てくれたところ悪いけど、こいつら今からブッとばすから!! きのみの方お願い!!」
「ブッとばす? おねえさん本気で言ってる?」
「おー、そんなに言うならポケモン勝負やる? オレ達、結構強いよ?」
「へぇ、強いんだ」
ゼイユさんを背中で庇いつつ、男達の前に立つ。
「あれ、どっかで見た顔だと思ったら、昨日の夜のポケモンバトル大会に出てた人?」
「あー! 見た見た! なんだっけ、パルデアから来てるっていう学生に負けてたやつか!」
「こんな辺鄙なとこじゃ、ポケモンもそんな強くないって感じのバトルだったよなー。おにいさん、アンタじゃオレ達にゃ敵わねーから、大人しく引っ込んでな」
「なっ、あんた達────」
文句を言おうと前に出ようとするゼイユさんを、片手で抑える。
「そこまで言うなら、戦ってみる?」
「アンタ、マジで身の程知らずなんだな……ま、いいや、手っ取り早く片付けりゃ、デートの時間も沢山できるっしょ」
「おいおい、相手は素人だぞ? 手加減してやれよー」
「そうだぞ。あのカワイイオオタチちゃん、泣かせちまうよ」
ゼイユさんの手を引いて、僕たちは旅館の近くのバトルフィールドへと向かった。
「さーて、ほらおにいさん、ポケモン出しなよ」
ボールを構えた腕を回して、向かい側に立つ男が言う。
「────普段のバトルは、さ」
静かに、ボールを構える。
「楽しんでもらうことを、第一に考えてバトルしてるんだ」
「おいおい、戦う前から負け惜しみかよー」
フィールドの外から、他の男達からの野次が飛んでくる。
その声が聞こえたのだろう。旅館の部屋の窓から、林間学校で来ている学生達が、何事かと顔を覗かせる。
「あ、見て! ハルトさんがバトルするみたい!!」「マジで!? どの子が出てくるんだろう!?」「他のやつも早く起こしてこいよ!! 見逃すわけにはいかないぞ!!」
旅館から、ジャージ姿の学生達が次々と飛び出てきた。
みんな、期待した眼差しでフィールドを見つめている。
「でもね、僕にはどうしても、許せないことがある」
モンスターボールを、投げる。
開いたボールから、ズシンという重い衝撃と共に、ここキタカミの里で出会った仲間がフィールドに降り立つ。
「…………は?」
「グルルルルルル………………」
「一つは、ゼイユさんが大好きな、キタカミの里を馬鹿にすること。そして、もう一つが────」
僕が繰り出したポケモンに、声すら出せなくなっている相手を、静かににらみつける。
「僕の大好きなゼイユさんを、傷つけること。────ガチグマ、頼んだよ」
ガチグマの咆哮が、大地を揺らす。
その衝撃で、男が尻餅をついた。
「何をしているの? バトルに自信があるんでしょ? ほら、早くポケモンを出しなよ」
ポケモンを出すどころか、立ち上がってボールを構えることもしない男に、バトルを始めるよう促す。
「僕も全力で、叩き潰してあげるから」