キタちゃんとシュヴァルちゃん

キタちゃんとシュヴァルちゃん



ニュースでは今年は暖冬とか、地球温暖化の影響で気温が上がってるだなんて言ってるけど、僕にとっては今も昔も変わらず夜になれば寒いのが冬で……そんなに暖かいって感じはしない……と思う。


そして、そんな冬だからこそより美味しく感じられる、そんなふうに思える物。


手首に下げた袋から取り出したのはそう


……肉まん。


冬に食べる肉まんは本当に美味しい。その食感も、味もいつだって変わらない事はわかっているけれど、夏や運動後に食べるアイスみたいに、寒さの中で食べる事でより活きる味。


この小川の側で、この静けさと寒さに意識を溶かした穏やかな気持ちのままに肉まんを頬張った時に感じられる、じんわりと馴染んでくるあたたかさが心地いい。

この心地よさを味わいたくて、ちょっと買いすぎてしまったかもしれないけれど……


「……本当に買いすぎちゃったかも……。」


……この美味しさにはデメリットがある。

……食べ過ぎれば僕のお腹にダイレクトに響いてくるという女の子としてはとても大きなデメリットが。


「……太っちゃう……のは、恥ずかしいから……。」


……今日はこの辺でやめにして、残りはまた食べる時に温めなおせば……と、そう思っていた時に、この静けさを払う元気な息づかいが聞こえてきた。


「はぁっ、はぁっ、まだまだ……!」


あれはよく知っている人の……キタさんの声だ。

彼女が……こっちに来てる……どうしようか。


僕とキタさんは別に仲が悪い訳じゃない。むしろ友達だと思っている。

……けれど、そもそも僕はあまり人と話す事が上手くない。だからか僕は、恥ずかしくなるとつい……逃げてしまう。


「キタさん……夜になってもランニングしてるんだ……。今日は特に冷えこんでるし、寒くないかな……僕の買ったお茶、渡したら……迷惑かな。」


そして今回は、買いすぎた肉まんと一緒に買っていた緑茶を、寒さを感じているだろうキタさんに渡してサッサと帰ろうという、話したいのか逃げたいのかわからない微妙な選択肢をとった。


「あっ、シュヴァルちゃん!こんばんは!」


「……うん、こんばんは。……今はランニング中?……なの、かな……。」


「そう!まだまだ頑張るよ〜この寒さにも負けない元気で!わっしょーい!」


「……そっか。さすがだね……そ、その……頑張って……。」


う、切り出し方がわからない……どうしよう……。


「うん!シュヴァルちゃん、またね!」

「あっ!その……ま、待って!キタヒャん!」


か、噛んじゃった!大事なところで!は、恥ずかしい……もうお茶を渡すでもなく今すぐ逃げてしまいたい!

「〜〜〜!!!」

「!!シュ、シュヴァルちゃん!」


キタさんが、勢いよく僕に話かけて来た。やっぱり、キタさんも気付くよね……は、恥ずかし……あれ?なんでそんなに嬉しいそうなの?……というか、近く……ないかな?


「い、今!あたしの事、"キタちゃん"って!」

「あ、い、いや……そ、その……。」

「嬉しい!嬉しいよ!シュヴァルちゃん!」


キタさんがすごく喜んでる。噛んじゃっただけで、キタちゃんなんて……言ったつもりも、言うつもりも無かったのに……でも、キタさんが喜んでくれるのは、なんだか……とても嬉しい。でも……


「シュヴァルちゃん!も、もう一回、呼んでくれる?」


……喜びすぎな気もする。もうその全身から"嬉しい"があふれている。言葉ひとつでそんなに、喜んでくれるなら……それも、良いのかもしれない……かも。


「………き、キタ…………。」

「うん」

「キタ……ちゃん……。」

「うん!何かな?シュヴァルちゃん!」


恥ずかしいけれど、これも、変わるための勇気……なのかも、しれない……し。


「キタちゃん……寒いなら……こ、ここにお茶があるけど……いる?……かな。」

「わぁ!いるいる!ありがとう!シュヴァルちゃん!」


僕のした事で、誰かが喜んでくれるのは、嬉しい……から。




「あ、あと……良ければ、だけど、肉まんも……その、ある……んだけど……」

「肉まん!肉まんも食べるよ!シュヴァルちゃん!ありがとう!」





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