ガープを船に勧誘するニューゲートの話

ガープを船に勧誘するニューゲートの話

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 偉大なる航路は本日は珍しくなんの危機もなく澄み渡り、はるかに青空を広げている。

 遠く水平線の上には小さな島影。そして、遮る物のない青海原に二隻の船が向き合っていた。



 グラララと常の笑い声を立て、エドワード・ニューゲートは先ほどまで拳と大刀を交わらせていた男に声を掛ける。

「おい、ガープよ。おめェ、おれの家族にならねえか」

 ニューゲートが年もそう変わらぬ男に問いかけるのを、ガープは将校のコートを潮風に翻らせて聞いていた。

 ニューゲートは真新しい白い鯨の船の舳先に仁王立ち、ガープは彼自身の軍艦の船首に陣取っている。

 その額にはぴきりと青筋が浮かんでいる。

「何だと?」

「グラララ、もう耳が遠くなったかガープ!」

「誰がなるかァ! おれはジジイになっても地獄耳だ!」

「おいガープ! もう一度言うぜ。おれの弟になれよ」

「オヤジ!? 海軍将校相手に何言ってんだよい!」

 どこか楽しげにかける声に、まだ幼さを残す少年が悲鳴じみた声を上げる。

 少年の頭をやわらかに撫でるようにして制し、ニューゲートはガープの返事を待つ。待たれていることに気がついたか、ガープはフン、と鼻を鳴らした。

「何度言われようとイヤだね! おれは海兵だ!」

 竹を割ったような潔い断りにすら、ニューゲートは楽しげに笑った。海鳴りのような巨漢の笑い声に、男の息子たちはどうしたもんかと困惑顔で立ち竦む。

 軍艦の船首で、ガープは眉を吊り上げて怒気だか覇気だかを身から燻らせていた。

「ニューゲート、お前それを他の奴にも言ってるだろう」

「センゴクと、おつると、ゼファーには言ったな。それとあそこの若いのにも声掛けようかと――」

 ちらり、とガープの後ろに控える士官を見やる。ガープに負けぬ程の背丈の青年達がぎくりと気配を揺らした。

 最近随分と噂になっている、海兵学校を卒業したばかりのバケモノ海兵たちだ。

「させるかァ!」

 ぶわりと膨れ上がった怒り混じりの覇気が、大気中に静電気でも撒き散らしたかのような緊張感を孕ませる。

 海兵の拳が硬く握られるのを目の当たりにして、モビー・ディックの甲板にいたマルコは顔を青くした。隣の親友も、マルコと目を合わせて青い顔を突き合わせる。

「ジョ、ジョズ! フォッサ! 拳骨流星群が来るんじゃ、折角の新しい船に穴が開くよい!」

「折角ウォーターセブンで新しい船になったのにさぁ!」

「まぁまぁ、マルコ、サッチ、心配するな。オヤジはガープをからかってるだけだろう。それに、速さで軍艦に負けるモビーじゃないさ」

 少年たちよりは少し年かさの男が、焦りを見せる少年たちを宥める。その言葉に、少年たちは目を丸くして大きな背を見上げた。

「さ、流石オヤジだよい……」

「あのゲンコツのガープを揶揄うなんて……」

 きらきらとした憧憬の視線を背に受けたニューゲートは、微かに頬を緩ませる。

 そんなモビー・ディック号の喧騒はガープまでは届かず、ガープはニューゲートを怒鳴りつけた。

「ニューゲート! 今後一切海兵に声を掛けるな!」

「そりゃ、おれの勝手だ。俺が欲しいと思った奴には声をかける。そいつがおれの息子になるかどうか、おめェにゃどうしようもねえこった」

「おれのを誑かすなっつっとるんだ!」

「おめェのじゃねェし、誑かしてんじゃねェ、誘ってんだ」

「なお悪い! 悪党の道に唆すんじゃねえ!」

「おれァ海賊だ。好きにやる」

あくまでも飄々としたニューゲートに、ガープはぎりぎりと歯ぎしりして睨みつけた。

「まぁ安心しろ。センゴクとおつるにゃ前に断られた。あいつらを家族にしたら楽しそうだったが……」

「当たり前だ! ゼファーも断っただろう!」

ガープの吠え声に、ニューゲートはふと口を閉じた。

「……なんで黙る」

 ガープが拳を振り上げた形で固まる。

 探るような目つきになった長年の腐れ縁に、ニューゲートは喉を震わせた。

「グラララララ……ゼファーは本当に面白ェなァガープ。一両日悩んで、『すまんが俺には妻子がいる』と来たもんだ」

 心底愉快そうにいつもの笑い声を立てるニューゲートに、ガープの拳がおりた。

「あいつは海兵で一番優しくて生真面目なんだ。揶揄うんじゃねェニューゲート」

「最近出会さねえが、元気か」

「――お前にゃあ関係ねェ話だ」

「それもそうだな。よろしく言っとけ」

「二度と、おれたちを誘うなニューゲート」

 一瞬、ガープの目の奥の方が痛ましげに揺れた事に気付き、ニューゲートは話を切り上げた。

噂は事実だったのだと、これで確信が持てた。    

 それ以上の事をあちらも伝える気はないだろう。

「サカズキ! ボルサリーノ! 砲弾二千発もってこい! 今日こそあいつらをインペルダウン送りにするぞ!」

「はっ!」

「はいよォ」

 後ろに控えていた件の下士官が既に用意されていた巨大な砲弾のマガジンのような物を即座に引き出す。

 それを見届けて、ニューゲートは息子たちに声を掛ける。

「さて、お前ら面舵だァ。モビーの全速力見せてやれ!」

「逃がさん!拳骨ッ流星群(メテオ)っ!!」

 降り注ぐ雨のような砲撃を、振動で空中爆破させながらニューゲートを乗せた船は海域を離れる。

 追いすがるガープ艦も中々の速度だが、モビー・ディックの速度には海軍艦ではそう追いつけまい。

 襲い来る千を軽く越す火薬よりも尚早く鋭く重たい砲弾を、能力だけでなく大刀でも弾き落としながら、ふ、と眉を寄せた。

 船に当たらぬよう、体半分をダイヤモンドに変えたジョズが砲弾を幾つか弾いて海に落としていた。フォッサは年若い少年を庇いつつ砲弾を撃ち抜いて空で爆破させている。

 幾つかの砲弾は避けられず手すりを砕き、帆を破いたが、それもまた修理すれば直ることだ。

 刹那の砲撃の空隙に、ニューゲートは呟いた。

「そうか……退いたかゼファー」

 逆恨みの海賊に妻子を殺され、前線を退いたと聞いた噂は事実だった。

 そろそろ四十も間近で、肉体の衰えもほんの少し感じ始めているのは、ニューゲートとて同じ。

 ルーキーと呼ばれていた頃から幾度となく遣り合った長年の敵であり、ある種の友であった男がついに姿を消したと言うことに、少しばかりの寂寥がニューゲートの胸を過ぎった。

 


 ガープ艦から逃げ切った船の上で、ニューゲートは空を見上げた。

 もしこの愛する息子達が何者かに殺されたら、ニューゲートはまともで居られる気がしない。心が欠け落ちてしまう。たとえそれがどんな相手でも必ず報復し、息子の魂に償わせるだろう。

 それだけの愛を注げる者たちに出会えた奇跡には、ニューゲートはいくら感謝してもしきれるものではない。

 故に、ニューゲートには想像することさえ恐ろしかった。愛する者をを奪われる痛みは、己が死ぬより辛く、どんな身体の傷より深い痛みなのだろうか。

 空は高く、日は燦燦と海原を銀に照らしている。そろそろ、水平線に沈み、海原を金と橙に染め上げるだろう。

「オヤジ! ゲンコツのガープの船を撒いたぜ! へへっやっぱりモビーにゃ敵わねえ!」

「でもずいぶん航路が変になっちまったよい。ログと別の方向に行ってる」

 足元に纏わりつく可愛い息子たちを抱き上げ、ニューゲートは小さく柔らかい身体を抱き締めた。



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