ガラスケース1+1

ガラスケース1+1


ここで平子真子を殺せば懲役は伸び、2度と顔を見る事はない。

火を見るからに明らかな道理をしっかりと理解しながら、藍染は平子に突きつけた斬魄刀をびくとも動かさなかった。それはそれ、これはこれなのだと割り切り方をしていたからだ。

「失うのはそこまで怖いか平子真子」

「そりゃあナァ。お前と違って俺は母親やから怖いものの一つや二つはあるわ」

無意識に歯を噛みしめる様子の藍染を見て、白い襦袢を着た平子はふぅ、と分厚い布団の上、リラックスした姿勢で薄く笑った。

「ホンマええ加減にして欲しいわな。章子や一護のお陰でお前が丸くなったいうても、本質が変わる訳ないのに」

真っ白な正六面体の畳部屋に置いてある簡素な作りの寝台。閉ざされた出入り口に手を触れると見えない透明な壁が藍染達を拒絶する。2人は密室に閉じ込められていた。

「何を考えている」

「必要なモンは用意されてる。ここまでお膳立てされてたら、猿でも分かるやろ」

藍染は平子の言葉を遮るように斬魄刀をを振り下ろそうとしたが、平子はそれを軽くいなす。

「まぁ聞けや。別に大した事ちゃう。斬魄刀をしまって大人しく俺に精液ぶち撒けたらええんや。想像妊娠で出ても腹ん中で育たんかったら同じことの繰り返しやからな。こんなトコから早ョ出たいんはお互い様やろ」

「不愉快だ。悍ましく吐き気がするな。その程度の理由で私が君を抱くと思われている事が不快だ」

「俺の怒りを高めようと、皆の前で腰を打ちつけた男の言う事とは思えんな」

ご立派な事で、と平子は大袈裟に嫌そうな顔でべ、と大きな口から舌を出し深く瞼を閉じた。

平子が藍染の子を受精しない限りこの部屋から脱出する手立てがない。つまり、藍染が平子と性交するしかないのだ。

「私の事を好きな訳ではないだろう」

「好き嫌いの問題ちゃうやろ。俺は章子を産んだ優秀な母胎や。今度もお前の霊圧に耐えて人の形をした、自我を持った霊圧強い子を産めるっつーのが偉い人達賢い奴等の見立て。断ると他の女が被害を被る…俺達は章子が藍染惣右介の娘とは認めていないからな」

平子の回答に失望する。黒崎一護と娘に免じてほんの少しでもこのくだらない世界を見守ってやろうという藍染の気概は打ち砕かれた。

「滅ぼすか。平子章子の為に、私達でこの世界を潰そうか。尊厳を踏み混じる行為など、誰であろうと許せる筈がない」

「俺だけおっ死んでお前は生き残ってアイツが泣いて怒るっつーオチやろ。やめてくれや」

平子の脱力の仕方は、まるで自分が抱かれることを確信しているようだった。藍染は平子を睨みつけるが、肩を竦め平子はニヤついた。かつてよく見た詐欺師の様な笑みだが、その瞳は流氷の様に冷えていた。

平子は自分を犠牲にして娘を守ろうとしている。

「今ここでせんと、何らかの名目で章子がここに連れて来られるかもしれん」

藍染は眉間のシワを一層深めた。


おとうさんっ!


ユーハバッハに呑み込まれる直前、藍染を父と呼んだ章子。

友人達と再会し、恋する男の腕におさまり目元を潤ませていた章子。

鍛えてはいたが、根本にあるのは柔らかい幼さと優しさを持った伸びやかな娘。

この環境にあの娘を巻き込むだと?

章子の未来を閉ざしてしまう事はあってはならない。時間を遡ることは出来ない以上、一度産まれてしまった感情を消し去ることなど、出来やしないのだ。


平子は真剣に助けを必要としている。

その言い分を全面的に信じるならば、藍染の遺伝子を持つ子どもを宿さなければ平子だけでなく章子も危険に晒され続けることになる。

斬魄刀をしまい、藍染は平子のほっそりとした顎を取って唇を合わせた。

平子の口内は熱く、藍染は舌先でその中を探ると平子の舌に何か丸いものがついている。

「舌に、何を仕込んでいる」

口を離すと、平子は大きく息をした。

そして、またあの笑みを見せる。

「知らんのか?ピアスはおしゃれであけるもんや…何や、怖い顔して」

藍染は平子の身体を寝台に押し倒す。

「君は、本当に愚かな女だ」

「……」

藍染は平子真子に対して性的な興奮を覚えたことはない。あの夜平子を無理矢理犯した事は利己的な、極めて原始的感情によって引き起こされた行動であった。

平子章子を守る。その事実だけは2人の中で揺るぎない。

互いに一言も発さず、ただ身体を重ね合わせていった。




「こんなん猿やんけ……」

平子が布団の中で、掠れた舌足らずな声でぼそりと呟いた。

一度したら箍が外れてしまったように、二度三度と回数を重ね、風呂場で丁寧に身体を洗われ寝て、起きぬけに布団の中でまた交わった。

服の上からは分からないが乳房は少し垂れ、下半身に肉がついて少し丸みを帯びた自分の身体に、興奮剤の類を使わず藍染が欲情し、性行為に及ぶということが平子には信じられない。

「食料はあるようだが、何か作ってやろうか」

うつ伏せのまま、ぐったりしている平子に藍染は問いかける。

「……」

「聞こえていないのか?」

藍染は返事のない平子を抱え起こしてやる。至近距離で見る藍染の顔はとても精巧だ。この男はこんな顔をしていたのか。改めてそう思った。

「章子の時一発やったやん。お前の精子どないしてもてん」

「実際に受精し着床するのは射精した数時間後だ。早ければ今日にでもここから出られるだろう」

言い換えるとまだここから出られないということだ。藍染の言葉を聞き、平子は虚ろな目で自身の腹部をさすった。

「……なんや騙された気分や…って、藍染、おま、えぇ……」

「まだ君は腹が減っていないようだからな」

涙の残滓がこびりついた眦を見て、藍染はうっそりと笑う。

「…いいな、顔が赤い」

(溜まっとるんやなァ、コイツ)

藍染ですら気づかない溢れた本音は、平子には届かない。


結局扉が開いたのは3日後、湯豆腐、さやえんどうと油揚げの煮物、味噌汁、焼き鮭、白飯という献立を用意していた時だったという。

「いや、スケスケな世界コワっ」


Report Page