『カラーレス・リフレイン』/ Colorless Refrain
深い暗闇に沈んだ思考に響く弦を弾く音。それはギターの音だと気付くのに時間は要らなかった。もう動けないと思っていた体が音の方にふらふらと吸い寄せられる。
『おはよう、一歌さん』
ギターを抱え、自分を見据える人間。ここがカラーレス・リフレインでなければごく普通のバンド青年。私の好きなミクが、私を深く拒絶する瞬間。フラッシュバックする記憶が警告する。目の前にいる人を信用するか、否か。
『そうか、自己紹介がまだか。僕は「カラーレス・リフレイン」。マスターが作った曲の1つさ』
『マスターのミクとちょっと仲違いをしてね。ここでギターを相棒にして気を紛らわせてたら君が来たってワケ』
曲。今までバーチャルシンガーであるミクとセカイで会った経験はあれど、曲そのものと対面した経験などある筈もない。何を彼に話すべきか。そんな思考は彼の言葉で遮られる。
『顔を見ればわかる。今はここで休んでいきな』
緊張の糸が切れて横になる自分の体。そんな私を見守りながら語り弾かれる様々な曲。ジャンルはバラバラ、知らない曲もあった。だけど心に染み渡る音色。こんな状況でも人の心を確かに動かし、そっと背中を押す音楽の力。
『ミクがマスターの邪魔になってた、本当に君は思うかい?』
ギターをいそいそと仕舞う彼が放つ剛速球。身が持たない。
暫しの沈黙。ゆっくりと首を横に振る。私は、そうは思わない。
『自分がいるからマスターを苦しめてた。アイツは何度も嘆き苦しんでた』
『そりゃ、マスターも夢のために苦労したさ。友人の新曲の出来に悶々として眠れない夜も、どうしてもっとミクちゃんの曲を作らないんですかと無遠慮に訊く言葉も、僕らは全部知ってる』
まぁ、僕はマスターの子供みたいな存在だから。と嘯く彼。頬を伝う雫も気にせず、想い出は紡がれていく。ギターの音の代わりに、強い熱意に支配される静寂の狭間。
『それでも、マスターは歩みを止めなかった。それは…』
『ミクが大好きだったから…ですよね?』
喉から絞り出る声。今までの旅路で痛い程に分かった事実。ミクが大好きだったからこそ、夢を追い続けられたのだと。すっと上がる彼の口角。もしかしたら、私もそうだったからこそ、ここに呼ばれたのかもしれない。
『マスターより、愛を込めて』
『100年後の誰かが、マスターの曲を聴けるように。そして…君のミクを取り戻すために』
『さぁ、行くんだ一歌さん。アイツは君を待っている』
行かないと。ミクを追う脚も動く、ミクと話す声も出る。そしてミクを想う心もまだ輝いている。私の旅(Journey)はここで終わりじゃない。