カラオケに行こう

カラオケに行こう


東京第2結界、某所…

鹿紫雲達は、道を塞ぐ呪霊を祓いながら今晩寝泊まりするための拠点を探していた。11月ともなれば東京でも夜は肌寒い。まして人のいない街だ。真っ暗な外は呪霊のホーム、迂闊に外で寝るわけにはいかない。幸い結界内では電波は遮断されているものの電気は通っており、大抵の建物はスイッチさえ入れれば明るく暖かかった。

「あー!カラオケ!!」

最初に声を上げたのは鹿紫雲だった。指差す先には某カラオケ店の赤い看板。もちろん明かりは消えている。

「カラオケなんて何遍も見ただろ…」

柘植は気怠げに返す。基本的に鹿紫雲はこうやって何かに気を向けると大抵勝手に行ってしまう。前はボウリングセンターに入った挙句そこを巣にしていた強めの呪霊と戦闘になってしまった。要は面倒なイベントフラグであることが多いのだ。まあ、静止したところで無駄なのだが。

「カラオケ…」

剣がポツリと呟く。呪詛師の家系出身の彼女は世間の常識から若干ズレている。勿論、カラオケ店は何度も見たが入ったことは一度もない。

「ね、今日はここに泊まろうよ」

「カラオケしたいだけだろお前」

「あ、バレた?」

「顔に書いてあんだよ!」

「でもほら、明るいし、暖房も調理設備もあるからさ!ね?」

「そこのビジネスホテルでもいいだろ」

「歌いたい〜!」

「本音出すの早えよ」

「カラオケ…」

「ん、剣は…カラオケ行ったことねぇんだったな」

「ああ。だから少し…興味がある」

「ほらほら、霧ちゃんもそう言ってることだし!ね、しんちゃん?」

『俺は別に興味ねぇよ…わざわざ金払って歌歌いに行くなんざ、アホ臭ぇ…』

「ちぇ、つれないなぁ…。とにかく!今夜はカラオケってことで」

「はぁ…どうせ言っても聞かねぇだろ。夜更かしすんなよ?」

「分かってるって!ほら、霧ちゃん行こ!」

「あ、ああ」

鹿紫雲は剣の手を引きカラオケ店の中に駆けて行った。柘植は小さく溜息を吐き後を追った。


「よし、電気は生きてて暖房も…!」

建物に入ったらまずやることは電気系統のチェックだ。室内を明るくし、できれば暖房もつける。冷蔵庫、冷凍庫が稼働していれば最高だ。照明やモニターが点きカラオケルームは数週間振りにいつもの煌びやかさを取り戻した。軽快な音楽も流れる。

「うーん、テンション上がっちゃうな〜」

「カラオケなんざいつ振りだよ…。お、ドリンクサーバーも生きてるじゃねぇか。ラッキー」

「ここがキッチンか…?鹿紫雲さん、柘植さん、何か食べたいものはあるか?」

「フライドポテトー」

「まだそんな遅くないし軽めのもので頼む」

「了解した」

剣は腹部の口から冷凍ポテトを取り出すと電子レンジに放り込んだ。冷凍食品はレンジを使うため中々食べることはできない。剣は冷蔵庫を漁りハムを見つけるとそのまま齧り付いた。

「もぐもぐ…やはり肉は美味いな」

チーン!

調理完了の音がなる。山盛りのフライドポテトが出来上がった。普段は嗅ぐことのない油の香りが剣を刺激する。

「ジュルッ…いや、いかん。我慢だ…ほんの数m持って行くだけじゃないか…」

「あ、霧ちゃーん、あったらケチャップもお願い〜」

向こうの部屋から鹿紫雲の声がする。

「ケチャップ…確かこの辺に…」

棚に置かれたケチャップを取り出し、皿に注ぐ。ふわっとトマトの香りが鼻腔をくすぐる。これをポテトに付けて食べればどれほど美味いのだろう…想像だけで剣のよだれが溢れる。

「ほんの…味見だ。うん、毒味だから大丈夫。一口だけ…」

そう自分に言い聞かせるとポテトを一本摘み、ケチャップをたっぷりつけて口に放り込んだ。

「!!美味しい…!」

家風もあり中々ジャンクな揚げ物を食べる機会の無かった剣にとっては正に爆弾、あまりの美味しさにキラキラを目を輝かせた。口いっぱいに広がるケチャップの酸味と油の感覚、ポテトの程よい塩味。剣の脳内は多幸感でいっぱいだった。思わずもう一本口に運んでしまう。

「あと一本、あと一本だけだから…もぐもぐ。これを食べたら持って行こう…もぐもぐ。あと、ほんの一本…」

そうぶつぶつと喋りながら夢中でポテトを口に詰め込んでいく。まるでハムスターのように口いっぱいに。普段硬い表情をしている彼女からは想像できないほど、顔が綻んでいた。

「美味しい…はむはむ、もぐもぐ…」

食べる手が止まらない。口にはケチャップがついているが気にしない。今の剣は何のためにポテトを調理したのかなんてことは忘れていた。


「…霧ちゃん遅いね」

「さっきチンする音聞こえたんだけどな。ケチャップ探してんじゃねぇのか?」

「そうかも。ちょっと呼んでくるね」

「おう」

鹿紫雲は調理場に向かう。

ムシャムシャ…モグモグ…

段々と何かを貪るような音が聞こえてくる。

「霧ちゃーん?まだ…って」

「…あ」

鹿紫雲の目に映ったのは、ケチャップで真っ赤に口を染めた剣と、空になった大皿(恐らくポテトを盛っていたのであろう)だった。

「霧ちゃん…?」

「…ゴクン」

「もしかして…我慢できなくて食べ」

「ち、違う!断じてポテトなんかケプッ、食べてないぞ!!」

「じゃあその口にべったり付いてるのはなぁに?」

鹿紫雲に指摘され口を拭う剣。拭った手にはケチャップが…

「…ペロッ。…ケチャップ、だな」

「そんなの見たら分かんのよ。我慢できずに食べちゃったんでしょ?正直に言いなさい先生怒らないから」

「…その、あんまり美味しそうだったから…つい、一本だけと、思って…」

「全部食べちゃった?」

「済まない…」

バツの悪そうな顔でモジモジと謝る剣を見て、鹿紫雲はニカッと笑った。

「お腹空いてたなら言ってくれればよかったのに〜!この食いしん坊め〜!!」

「ゆ、許してくれるのか…?」

「別に怒ることでもないでしょ?今度は私とツゲっちの分も用意してね。次はつまみ食いしちゃダメよ?」

「ああ…気をつける」

その後なんとか無事にポテトを部屋まで持って行った剣だったが、事の真相を鹿紫雲が柘植に話してしまい、しばらく赤くなって黙ってしまったのだった。

《続く》

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