カヨコと夏

カヨコと夏



ある昼下がり。真夏らしい暑さに耐えかねた私は、棒アイス2本と栄養ドリンク1ダースの入ったレジ袋を手にしながらエンジェル24から出てきた所で、ある光景を目撃した。


"あれは… カヨコ?"


雪のように白い肌に赤い目の、ツノの生えた女性が何やら警備員らしきロボットと話しているのが目に入った。


「だから、何もやってないって。」


「嘘つくな!そんな怪しい見た目で……。」


「平日の昼間から出歩いて、何か用事でもあるのか?」


「それは、だから…」


「だから…?」


「いや、別になんでもない」


「それ見ろ。やっぱりやましいことがあるんじゃないのか?」


「とりあえず、何か身分証を出して。」


「(まずい、卒業したから学生証はもう意味無いし、別の身分証も便利屋の事務所だ…)」


「今は無…


"彼女に何か問題でも?"


「失礼ですが、あなたは?」


"シャーレの先生です。"


「先生…」


その後、カヨコの弁護を行い警備員を納得させて帰ってもらった。


「先生、今回もありがとう。」


"いいんだよ。困ってる生徒を傍観するわけにはいかないからね"


「ふふっ『元』生徒だよ先生。」


"あはは。ごめんごめん。"


「そういえば、あの時もこうやって警察官に問い詰められてる私を助けてくれたよね。多分、今回も顔が怖いって理由で質問されたんだと思う。」


"そんなこともあったね。でも、私はカヨコのことを綺麗だと思っているよ。とても魅力的な女性になったね。"


「…もう 本当にそういうところ。そういう先生はあの時から何も変わってないよね。」


"うっ…耳が痛い"


「それに『魅力的な女性になった』って?今までは魅力的な女性じゃ無かったってこと?」


イタズラな笑みを浮かべながら、彼女はそう尋ねる


"そ、そんなことないよ。本当にカヨコは前から魅力的だし、今のは、その頃よりもさらに綺麗になったねーって意味で…"


もちろん先ほどの言葉は本心だが、暑さのせいか、はたまたカヨコの色気のせいか、少したじろぎながらの応答になってしまった。


「ふふふっ 知ってる。ありがとうね。嬉しいよ。」


"よかった…"


"そ、それで、何をしてたの?"


「…大方予想はついてるでしょ。野良猫に餌と水をあげてたの。すぐ逃げられちゃったけどね。」


"やっぱりね"


「最近暑い日が続いているから、どうにもしっかりと餌と水を摂れているのか心配になっちゃって…」


"そうだね。日中は私も空調の効いたオフィスで仕事してるけど、呼び出しがあって外に出ようものなら溶けちゃいそうになるよ" 


「やっぱりそうだよね。ところで先生、その袋の中は何が入ってるの?」


"…あ"


警備員の説得に時間をかけたせいで、アイスは溶けかけていた。シャーレに戻って冷凍庫に入れようにも、もう間に合わないだろう。


"…食べる?"


「うん。ありがと。」


近くの公園の東屋へと移動して、新緑の眩しい木々と蝉時雨に包まれながらベンチに二人並んで腰をかけた。



"こうやってカヨコと話すのも久しぶりだね。" 


「そうだね。ゲヘナを卒業してからは当番としてシャーレに行くことも無くなっちゃったし」


「便利屋の中だと私が一番時間があるから、日中はずっとオフィスで事務仕事をしてるんだ。だから外に出る機会は前より減っちゃったかも…」 


"この時間に出歩けてるってことは、今日は仕事が少なかったの?"


「そうだね。残念なことにここ最近依頼が入ってきて無かったから、処理する書類の量も少なめで済んだんだ。」


"そっか。"


ふとらカヨコの方を向く。日に当てられたからか赤らんだカヨコの顔と、ルビーのような赤い目に真っ白なうなじ、その首筋を伝う一筋の雫、そしてアイスを咥えている唇へと視線が移り、熱暴走気味の私の脳は煩悩で満たされてしまった。


"アル達は元気でやってる?"


教え子だった彼女へいやらしい視線を向けてしまったことに恥じらいを覚え、煩悩を払うようにつるりと顔を拭って口を開いた。


「うん。前みたいに詐欺の被害に遭いかけることもほぼ無くなったし、丁寧に仕事をするからお得意さんも数件できたんだ。」


"アルも成長したなぁ"


「ムツキは相変わらず。よくイタズラを仕掛けるし、ことごとく社長が引っかかるからオフィスはいつも賑やかだよ。」


「ハルカは少し落ち着いたよ。暴走することも少なくなったし、今までよりも自罰的な衝動は少し抑えられるようになったかな。」


"久しぶりにみんなと会いたくなったよ"


「ふふ。便利屋68はいつでも先生を歓迎してるよ。」


その後もカヨコとの雑談は続いた。風紀委員と万魔殿の新しい体制や新入生といった最近の話、初めて出会った時のこと、アトラハシースでの事といった昔話にも花を咲かせ、あっという間に時は流れていった。


「さてと、アイスのおかげで涼めたし、そろそろ戻るよ。色々とありがとね。」


"当たり前のことをしたまでだよ。もしよかったらまた会いにきてね。"


「うん。その時は、社長達も連れてくる。」


"わかった。それじゃあまた…


ポツ…ポツ…


首筋に冷たい雨垂れを感じて、ふと空を見上げる。


"?"


気づいたら、鉛色の雲が空を覆っていた。

いまにも本格的に夕立が降り出しそうだ。


そう思った途端、ザーザーと音を立ててバケツをひっくり返したような雨が降り始めた。


"カヨコ!とりあえず一緒にシャーレにもどろう!"


「うん!」


雨音に負けじと声を上げて言葉を交わし、私とカヨコは一緒にシャーレへと走っていった。


"いやー参ったね。まさかいきなり降りこめられちゃうとは"


ハンドタオルをカヨコへと渡し、私も別のタオルでわしわしと髪と身体を拭く。


「本当にね。おかげで全身びちょびちょ」


夏とはいえ、冷房の効いているシャーレで身体を濡らしたままでいては体調を崩してしまうだろう。


"先にシャワーを浴びてきて。風邪を引かせるわけにはいかないからね。"


「ありがとう。お言葉に甘えて…と言いたい所だけど、流石に着替えとかは持ってたりしないよね…」



"あー…確かにここにあるのは私のシャツくらい…"


「じゃあそれで。」


"え?でも、私の匂いとか気にならな…


「大丈夫だから。ほら、こうやって話してる間にも、可愛い『元』生徒が風邪をひいちゃうかもよ?」


"わ、わかったよ。"


「ふふ。ありがとう。使わせてもらうね。」


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暖かいシャワーを浴びながら、私は少し口元を緩める。

出先で先生と出会えたことが嬉しくて。こうやってシャーレで二人きりの時間が偶然にも出来たことが嬉しくて。


正直、先生との邂逅を期待していなかった訳ではない。野良猫にご飯をあげている時も、淡い期待に胸を躍らせていた。しかし、こんな所まで行ってしまうとは。


「先生とおなじシャンプー…」


見られているわけでもないのに、心臓が早鐘を打つ…


が、そんなときめきも次の瞬間には姿を潜めてしまった。

なぜなら視線を移した先に、先生が使ってるであろうシャンプーと、先生が使うとは思えない女物のシャンプーが置いてあったからだ。


「本当にあの人は…」


先生のことだ。訳アリでシャワーを使わせている生徒がいるのだろう。そんな生徒と先生がよからぬ事をしているとは到底思えない。


先生のことは良くわかっているつもりだ。誰にも分け隔てなく「生徒」として優しく接してくれている。渇きを満たしてくれるような言葉をかけてくれたり、心を芯から温めてくれるような振る舞いをしてくれる。


だが、先生も男だ。ましてや年頃の女子高生と関わっいるのだから、ふとした瞬間に異性としての魅力を感じていてもおかしくはない。


次の瞬間、数珠繋ぎに良くない妄想がよぎる。

先生はその生徒の下着姿を見ているのではないか?

その生徒の体つきが私よりも魅力的だったら?

私以外の教え子を「女」として見ているのでは?


私の思い込みだとわかっていても、黒い感情が心を覆ってしまう。私もまだまだ未熟なのだと、嫌でも自分で感じてしまう。こういった瞬間には、社長の性格が少し羨ましくなる。


「重たい」感情の泥濘を落とすように、先生のものと思われるシャンプーとボディーソープで身体を洗い、温度を下げたシャワーを浴びて風呂場を出ていった。


髪と体を拭き、脱衣所にて先生のシャツに袖を通す。

先生の匂いに包まれた感覚になり、胸が高鳴ってしまう。


「まだまだ初心だね…」


鏡に映った自分にそう言い捨てて、ドライヤーで丁寧に髪を乾かし始める。

洗面台には数人分の使用済みと思われるアメニティが置いてあり、他の女の気配を感じずにいられない。


なぜかバツの悪いような気になって、さっさと髪を乾かし、下着もやむを得ずドライヤーで乾かして着用してから出ていった。


「先生、シャワー入っていいよ。」

 

"ああ、ありがとう"


そう言うと先生はネクタイを解き、首元のボタンを外しながらシャワー室へと向かっていった。

その姿が妙に色っぽく感じられて、思わず目で追ってしまっていた。


オフィスが静寂で包まれると、先生の匂いが鼻腔をくすぐる。そのせいか知らないが、強く先生のことを意識してしまう。


"とても魅力的な女性になったね。"


頭の中でこの言葉がぐるぐると渦巻きつづけている。甘ったるいだけの言葉だと思われるかもしれないが、私にとっては顔を赤らめてしまうくらいに嬉しい言葉だったのだ。


体が火照ってしまう。優しい香りに絆された理性の中でもあの言葉が脳裏にこびりついて離れない。


熱い…アツい…


"冷たっ!!!"


……シャワーのつまみを戻しとくの忘れてた…


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シャワーから上がってさっぱりとした私は、デスクに座り事務仕事を片付ける


...はずだった。所謂「彼シャツ」状態のカヨコに、釘付けになってしまう。


"(この子、ホントに10代なの?)"


"(色気が半端ないんだけど!!)"


シャーレのソファーでくつろいでいる彼女から目が離せない。


すると、おもむろにカヨコが立ち上がる。


「コーヒー、淹れてきてあげようか?」


いつもより艶やかに聞こえるその声に少しときめきながら、私は首を縦に振りながら答えた。


"ありがとう。アイスコーヒーで頼むよ。"


「わかった。」


後ろ姿にも釘付けになりながら、軽く深呼吸をして気持ちを切り替えて目の前の書類へ向かった。


しばらくして、コーヒーの入ったコップを持ってカヨコが近づいてきた。


「はい先生。相変わらず大変みたいだね。」


"あはは、ここの仕事の量にはまだ慣れなくてね…"


よく知っている石鹸の匂い、夏の匂い、カヨコの匂いが混じり合って、ドキドキしてしまっている自分がいる。


正直、いつ理性が弾けるかわからないから早く離れてくれたらありがたいんだけど…


「ねえ先生」


"なにかな?"


「さっき、私のことずっと見てたよね?」


"(ヤバい!流石に見過ぎだか!)"


「いや、さっきだけじゃない。一緒にアイス食べてた時も私のこといやらしい目で見てたでしょ。」


"(バ、バレてる…!)"


"ごめんカヨコ…気持ち悪かったよね…"


「ううん。むしろ、ちょっと嬉しかった…かも」


"へ?"


「私も、濡れた先生とか服を脱いでる先生をみてイケナイ想像しちゃってたし…」


"何を言って…"


「ねぇ先生。私、先生となら嫌…じゃないよ?」


カヨコは耳元でそう囁くと、おもむろに手を私の太ももに回してくる。誘われているのだ。

その色香に惑わされながらも、なんとか声を捻り出す。


"私は生徒とは…"


「『元』生徒だよ。それに、今あなたの目の前にいるのは子どもでもない。一人の女性なの。だから…」


色っぽく、どこか物憂げな声色で、私の耳元にそう語りかけてくる。


アイスコーヒーの入ったカップから、氷が小気味良い音を立てて崩れていく音がした。


"本当に…いいんだね?"


「うん。」


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