カミキヒカルは2児のパパ (『父』になる、そして…)
アイの子供として生まれ変わってから3年が経過した。
2年前に撮ったカントクの映画が切っ掛けなのかは分からないけど、アイの仕事も結構増えてきた。
今のアイを一言で言うなら、絶賛売り出し中のアイドルタレントという所だろうか。
それに伴っていちごプロに舞い込んでくる仕事が増えたことにより、ヒカルもあちこちへ奔走している。
社長とミヤコさんの指導と、何よりヒカル自身が持ち合わせていたやる気と責任感のおかげでバリバリこなせているようだ。
もうすぐアイは20歳、ヒカルは今年で19歳になる。今の所、俺達は世間の目に晒される事なく日常を過ごしている。
それと、これはどうでもいい話だけど
俺の死体はまだ発見されていない。
それより俺にとってはここ最近で何よりも驚いた事がある。それは俺の双子の妹、ルビーの事なんだが……
「パパー!抱っこしてー!」
ルビーがヒカルの事を、パパと呼び始めた。
初めて聞いた時にはまず幻聴と自身の耳の異常を疑った。しかし何度聞いても『パパ』以外の何物でもなかったのだ。一体
~BEFORE~
「ママを傷物にした罪は万死に値すると思わない?」
「一応の体裁で父親アピールしてるだけでしょあんなの」
~AFTER~
「パパのなでなで優しくて好き~」
「パパ、今度みんなであの公園行きたい!いいの!?パパありがと!」(満面の笑み)
何があったらここまで変わるのか。天変地異の前触れか?
などとは言いつつも、ルビーがヒカルと仲良くしているのはとても良い傾向だ。前世の俺が父親や祖父との折り合いが良くなかったのもあって、やはり親子の間に溝があるというのは心にくるものがある。
しかし、本当にあの2人は何があったんだろうか……
◇◆◇◆◇◆
───いちごプロ事務所
「全く酒がうめぇな!ほれ、新居祝いの酒だ!飲め飲め!」ヒック
「わー森伊蔵だー」
「駄目よ、アイが20歳になるのは来週だしヒカルもまだ19歳。もうちょっと我慢しなさい」
「あーそうだったそうだった」ヘラヘラ
完全に出来上がってるなこのオッサン。飲むのは別に良いんだけど、俺は今斉藤社長の脇にいるため、酒臭さがダイレクトに来る。あと頭をめちゃくちゃに撫で回さないでほしい。
「アイが主演のドラマも視聴率上々!B小町全体の仕事もぴっちり埋まって……
いよいよ来週はドームだ!がははっ!」
「社長、すごく上機嫌ですね」
「あの人はね、自分の育てたアイドルをドームに連れてくのが夢だったのよ。社長だけじゃなくて社員全員の夢でもあるけど」
夢、か……在りし日のさりなちゃんとの話を思い出す。
俺には特にこれといった夢は無かったが、自分の夢を話すさりなちゃんの顔はキラキラと輝いていた。斉藤社長は、さらにその夢がもう叶う直前だというのだから、ここまで浮かれるのも納得か。
しかしドーム公演ねぇ。
「そんなにドームって凄いの?」
「他の箱とは意味合いが違うのよ。専門の会社挟まないと枠すら押さえられないし、大人数の観客を捌けるスタッフの練度や実績、ドームに相応しいアーティストなのか厳重な審査がある」
「長い時間とスタッフの努力が必要な会場なの、お金があれば出来る場所じゃない」
なるほど、言われてみればドームで公演しているアーティストやグループと言えば、知らない者は居ないほどに有名だったりレギュラー番組をいくつも持っていたりといった、頂点のレベルに居る人達ばかりかもしれない。
選ばれた一握りのアーティストだけが上がれる舞台、ドームは皆の夢とミヤコさんが森伊蔵を片手に言った。
「しかし社長、本当に良かったんですか?あんな高そうな部屋を僕達に……」
「んあ?いーんだよ、お前もアイもめちゃくちゃ頑張ってんじゃねえか。その頑張りに対するささやかなご褒美ってやつだからよ、4人で好きに使ってくれや」
「この人ったらね、色んな不動産屋回ってあれじゃないこれじゃないって随分悩んでたのよ?あいつらが住むとこだからよー、ってね」
「ミヤコ!おま、それバラすなって!」
ミヤコさんも酒が回ってきたのだろう、ウフフと笑いながら軽く流す。
「…アイもヒカルも、俺にとっちゃ娘と息子みてぇなもんなんだよ。そんなやつらの成長を間近で見てて嬉しくねえワケねぇだろ?」
だからよ、と社長は続ける。
「あんな程度安いもんだよ。それにお前らにはそれ以上に稼がせてもらってるからな!」
がははと笑いながら社長は酒を呷る。先程よりもペースが少し早いのは照れ隠しの為か、顔もさっきより赤い気もする。
本当に、この人は人情味のある人だな…。
あれから社長はもう1本酒を開け、結果酔い潰れて寝てしまった。ミヤコさんもそんな社長の介抱をするとのことなので、片付けを手伝ってから事務所を後にした。
事務所からそう遠いわけでは無い新居までの夜の道を、4人で手を繋ぎながら歩いていた。
「社長もミヤコさんもすごい嬉しそうだったね。あんなに私達のドーム公演楽しみにしてたなんて知らなかったなぁ」
「社長達皆の夢、って言ってたからね。ドームの関係者達との遣り取り見てたら、本当にこの夢に全力を懸けてるんだなって伝わったよ。かく言う僕も楽しみにしてるんだ」
「ホント?ヒカルも楽しみにしてくれてるんだ!なら私頑張っちゃお☆」
そんな話を2人がしていると、俺とルビーの足下が覚束なくなってきた。子供の体というのはどうしてこう、すぐに眠くなるのだろうか。
「あらら、アクアもルビーもおねむさんかな?」
「アイ、そのままアクアをおんぶしてあげてくれるかい?僕はルビーをおんぶするから」
「うん、分かった」
「よっ、と…大きくなったなぁ2人共。社長の言う通り、子供の成長を傍で見れるのは嬉しいね」
「あの時の社長めちゃくちゃ照れてたねー」ケラケラ
「本当に、あの人達には頭が上がらないな……」
アイの背中に負われ、その心地良さと安心感から意識が薄れていく。ルビーも同様にヒカルの背中で船を漕ぎ始めていた。
「…………」
◇◆◇◆◇◆
佐藤社長が買ってくれた新居に帰ってきて、私はアクアとルビーを寝室に連れて行き、ヒカルはコーヒーの用意をすると言ってキッチンへ向かった。
「ヒカル、2人をベッドに寝かせてきたよー」
「ありがとう、アイ。こっちもコーヒーが入ったよ」
「ありがと。そういえば寝言でも言ってたけど、ルビーっていつからヒカルのことパパ呼びするようになったの?」
「ああ、そういえばあの日はアイとアクアは居なかったんだったね」
私とアクアが居ない日……。そういえば2週間前くらいにそんな日があったかも?2人してどこか行ってたのかな。
「その日はルビーと何してたの?」
あの日はアイ達が出た後にね…とヒカルが話し始める。
──────。
ルビーは母親であるアイによく懐いている。けど僕には素っ気ない感じで、お世辞にも懐いているとは言いづらい。正直に言えば、それが僕にとっては少し寂しい。
ならばせめて父親として出来ることをしようと、家族として惜しみない愛情を注いできたつもりだ。その甲斐あってか、少しずつルビーは僕とコミュニケーションを取ってくれるようになってきた。
最近では僕にも笑顔を見せてくれるようになってきたのだが、何となく壁というか、『アイドルとしてのアイ』のような雰囲気を感じる。呼び方がアクアと同じように『ヒカル』だからというのもあるかもしれない。僕の気のせいかもしれないけど。
そんな中、今日は家に僕とルビーしか居ない状況になった。アイはバラエティ番組の撮影、アクアは一応いちごプロの子役であるため、その為の演技指導で朝から事務所に向かっていった。
これは見方によっては好機だった。ルビーと一緒に出掛けて親子仲を深められるかもしれない。
そう思った僕はルビーに外出の提案をした。
「ルビー、今日はママもお兄ちゃんもお仕事で居ないからパパと一緒にお出掛けしない?ルビーの行きたいとこに連れて行ってあげるよ」
「え!ホント!?」
「うん。今日は僕だけオフを貰ってるし、せっかくだからね?」
ルビーはうーんと唸って行きたい所を吟味しているようだ。
思えばルビーと2人だけで出掛けるということは今まで無かったかもしれない。いちごプロでの仕事で少しは稼いでいるからある程度であればどこでも行ける。すると、ルビーがパッと顔を上げた。どうやら決まったらしい。
「なら巨大アスレチックがある公園に行きたい!TVで特集されてたヤツ!」
「確か、2日前くらいにみんなで見てた所かな。場所は…うん、少し距離はあるけどアクセスは悪くないみたいだ。よし、じゃあそこにしようか」
「いいの!?やったー!」
跳び跳ねたり小躍りしたりして喜ぶルビー。こういうところを見ると年相応の子供だと安心する。アクアもそうだけど、ウチの子供達は異様に手が掛からない上に言葉もかなり達者だ。
やっぱり神童なのかもね。(親バカ)
「あはは、あんまりはしゃぐと着く前に疲れちゃうよ?少ししたら出るからルビーも準備しておいで」
「はーい!」
───公園
電車とバスを乗り継いで約1時間ちょっと。軽い遠足の道中、僕はルビーが退屈しないようにちょっとした話をした。僕とアイが出会った頃の話や今の仲になるまでの話、それとアイには内緒にすることをお願いした上でのアイのドジ可愛いエピソードなど色々だ。ルビーはどの話も楽しそうに聞いてくれた。
時折少し物悲しいような表情や儚い微笑みを見せていたことが、何故か妙に頭の中に残った。
(ルビーがどういう思いを持っているのか、僕には分からない。ならせめて、今日だけは偽りなく楽しんでほしいな)
そんな事を思いながら施設マップを覗く。ルビーはどの遊具が好きかな、これとかどうだろうかとルビーに聞いてみる。
「え?うーん、良いんじゃない?ヒカルが選んだんだし」
そういうとルビーはハッとこっちを向いて、分かりやすく失敗したというような表情の後、怯えるような表情に変わった。
……。
「良いのかい?僕もこんな大きな公園に来るのなんて初めてだからよく分からなくてね…。ルビー、一緒に遊んでくれないかな?」
「…しょうがないなぁ~ヒカルくんは~。じゃあ競争!よーい、ドン!」
「お、ネコ型ロボットの真似かな?可愛いねルビー。おお、速い速い!凄く速くなったねルビー!」
良かった、ルビーが笑顔に戻ってくれた。やっぱりルビーは笑顔でいるのが一番ルビーらしいよね。
走り出したルビーに置いていかれないよう、僕も後を追って走り出した。
◇◆◇◆◇◆
あれからルビーと一緒にほとんどのアスレチックを巡って遊び、気付けば日が傾き始めていた。
僕達は今、ベンチに座って休憩している。
「ルビーは元気だねぇ…パパはもうヘトヘトだよ……」
「だらしないよヒカル?役者ならもっと体力付けないとね!」
座って肩で息をしている僕に反して、ルビーはまだまだ余裕といった顔をしている。
ルビーの言うようにもっと体力付けた方がいいね……。
「かもね……ルビー、今日は楽しかったかい?」
「うん!すっごく楽しかった!」
「そっか、それなら良かった……。その言葉は『演じてない』ね」
瞬間、ルビーの表情が固まる。
「な、何言ってんの?私が演じるなんて、ママじゃあるまいし……」
「いや、流石は僕とアイの娘だよ。よく見聞きしないと気付かない程に演技が上手だ…。だからこそ、父親としてずっと気になっていたんだ。
ルビーに気を遣わせているのは僕の不甲斐なさか、それ以外の何かか……。理由はその両方かな?」
そう、ずっと気になっていた。ルビーにはどことなく『良い子供に見せる』といった気配を感じていた。こういった形でしか切り出せない僕は、やはり父親としては失格なのかもしれない。現に今、ルビーの表情は更に暗くなり今にも泣きそうになっていて、小さな体を小刻みにカタカタと震わせている。
そんなルビーに対し僕は微笑みを向け、その震える体を暖めるように優しく抱きしめる。
「ルビー、『愛される子供』なんて演じなくて良いんだよ。そんなことをしなくても僕は君を娘として大事に思ってる。アイもアクアも、君のことを大事な家族って思ってる。
……ごめんよ。娘に気を遣わせてしまうような、情けない父親で…」
「良いの……?」
「うん?」
「私…私、パパって呼べてない、のに…愛してくれるの…?お兄ちゃんと…アクアと比べて賢くないよ?それでも……」
不意に僕の目にも涙が浮かんでくる。僕は馬鹿だ。こんな小さな娘に気を遣わせて、精神的に負担を強いるような真似をして…。想いなんて言葉にしないと伝わらないのに、僕は未だに家族に対して『愛してる』と言えてない。
もし口にした時にそれが責任感から来る空虚なものだったらと考えると、どうしても最後の一歩を踏み出すことが出来ない。
それでも、そんな僕でも……
「当たり前だよ。僕は君達をこの両手に抱いたあの日から、何があっても父親でいよう……そう決めたんだ。他の誰もが敵になったとしても、僕とアイだけは君達の味方でいたい、君達を守りたいって。
だから呼び捨てでも僕の事を嫌っていても、最期の一瞬まで僕は君達の父親だよ。だからもっと、自分らしく居て良いんだよルビー。
───僕は君達家族を、『愛してる』んだから」
ああ……簡単なことだったんだ。僕は既にアイもアクアもルビーも、愛していたんだ。言葉にする勇気が無かった、ただそれだけのことだったんだ。
涙が溢れだした。ルビーだけじゃなく、僕も僕自身を偽っていた事にようやく気付けたんだ。
そしたらルビーも堰を切ったように声を上げて涙を流し、ありのままの『星野ルビー』を見せてくれた。
「違う、違うの!ママの特別がパパなのが嫌だった!私の知らないママを知ってるパパが許せなかった!嫌いだった!」
「アイは凄いからね、仕方ないさ。僕だって君達に嫉妬する時があるんだ。おあいこだね?」
「ずっとずっと……お礼を言いたかった!私達とママの為にお仕事始めてくれて!忙しいのに毎日私達のお世話もしてくれて、嬉しかった!」
「僕は父親だからね、当たり前さ。だからルビーもアクアも、もっと僕達に甘えてほしい」
僕は、本当はこんなに感謝されていた。ちゃんと父親らしいことが出来ていたんだと心が暖かくなる。
手探りばかりの父親だけど、少しは自分が誇らしく思えた。
僕とルビーはしばらく涙を流し続けた。周りから見たら年の離れた兄妹がお互いに抱きしめながら泣いているという奇妙な場面かもしれないけれど、僕達は人目なんて気にならないくらいに抱きしめ合って泣いた。
───僕は今日、本当の意味で『父親』になれた気がした。
◇◆◇◆◇◆
「……ということがあってね」
「そっか、ホントの父親かぁ。良かったねヒカル」
「ルビーはともかく、僕もあんなに泣くとは思わなかったよ。…それくらい、嬉しかった」
「……」
私は嘘吐き。考えるより先にその場に沿った事を言う。
自分でも何が本心で何が嘘なのか分からない。
私は、昔から何かを愛するのが苦手だ。
最初はこんな私にアイドルなんて向いてないと思っていた。
でも社長が私をスカウトした時、『嘘でも愛してるって言って良い』と言ってくれた。
嘘が本当に。
その言葉を聞いて私はアイドルになる事を決めた。
私は誰かを愛したい、愛する対象が欲しかった。
アイドルになれば、ファンを愛せると思った。
心の底から愛してるって言ってみたくて、愛してるって『嘘』を振りまいてきた。
母親になれば子供を愛せると思った。
私はまだ子供達はおろか、ヒカルにも愛してるって言ったことがない。
その言葉を口にした時、もしそれが嘘だと気付いてしまったら……。
そう思うと怖いから。
でもヒカルはその恐怖を乗り越えて、愛してると言えた。
正直ヒカルがとても大きく、羨ましく思えた。
……私にもいつか、言える日が来るといいな。
だから私は嘘を吐く。嘘が本当になる事を信じて。
その代償が、いつか訪れるとしても。
───カミキ宅・外
「……やっと、見つけたわ」