カミキヒカルは2児のパパ (炎上 壱 )
「──でぇ、うちの犬ぅ」
「うんうん」
「ほら、かわいくてぇ。みてみてぇ」
「うんうん、かわいいねぇ」
───だるぅ。
若者特有の共感しあうだけの会話キツぅ……。なんで俺がこんな……
(…いや、とにかくこなすしかない。この交換条件を飲んだのは俺自身、役者の道に戻るかどうかのヒントを見付けて落とし所にするか)
この番組の撮影の流れはこうだ。
『皆さんは各々自由に会話して頂いて構いません。ただ、定点カメラのアングルにだけ気を付けてください。カメラマンが寄った時には出来たらで良いんで、その時してたやり取りを要約した会話をして頂けると助かります』
恋愛リアリティショーの歴史も20年になり、ある程度のノウハウが蓄積されている。
番組としてのエンタメ性を担保しつつ、各々の個性に任せたリアリティの演出方法。
「あの……ディレクター。こんな感じで良いんでしょうか?」
「あー、最初はこんなで良いと思うよ。まぁ次回少し距離詰めた感じで話して貰えると、こっちとしては助かるけどねぇ」
「なるほど…」
「本当にこういう番組って台本ないんだね、どんな話して良いか全然分からない…」
「分かる~」
リアリティショーに台本は無い。だが、演出はある。
ディレクターの話をアドバイスと取るか指示と取るか、それは人それぞれ。
「あたし臆病でガシガシ前に行けないし、あんまりトーク得意じゃないし。きっと埋もれるんだろなぁ」
…確かこの子は、鷲見だったか。カメラも回ってる手前、それっぽくしておくか。
「……なんで君はこの仕事受けたの?」
「うちの事務所の看板の人が仕事断らない主義でね、事務所に来た仕事全部もっていくから……私年中ヒマでさぁ。なんか足掻きたくて、そんな時に鏑木さんが…」
「ああ」
「渡りに船って言うか。私、恋愛とか今までしてこなかったから恋人とか作った事ないし」
「嘘だぁ」
「やだな、嘘じゃないよ。私まだ高1だよ?タレントが皆が皆恋愛してると思ったら大間違い。
君は恋愛に興味ないの?」
…恋愛、ね。前世の『雨宮吾郎』だったらそりゃ何人か付き合った事はあるが、『星野アクア』である今の俺は別に恋愛にさして興味は無い。
(……だが)
「ないわけないじゃん、僕も男だし。
でも僕は過去の恋愛引きずってて…。いや…思えばあれが恋だったのかも分からない。まだ消化しきれてないから…なんとも……」
「ふぅん?複雑なやつだ?
あ!学校の先生好きになったとか?」
学校の先生か、それならまだマシだったかもな。
「わりと近いかも」
「……じゃあ乗り越えないとだね。知ってる?前シーズンのカップル、最後にキスしたんだよ」
「まぁ、一応予習はしたし」
「良い人が居るか不安だったけど…私、君にならキス出来るかも」
「なっ」
き、急に何を言い出すんだ。恋愛をした事が無いと言っていたのにそんな積極的なアプローチを掛けれるものなのか?
そんなことを考えながら鷲見の顔を見ると、その顔はイタズラっぽい笑顔をしていた。
「後ろ、カメラマンさんが撮ってるよ。カメラに視線は送っちゃ駄目、ここはきっと使われるよ」
仲良くしようね、とだけ言うと鷲見は他のメンバーの所へ歩いていった。
(…いい性格してるな、何が臆病だよ)
なるほど、これがリアリティショー。
───夜・星野家
風呂から上がって水でも飲もうとリビングに行くと、ルビーが仁王立ちをして待ち構えていて呼び止められた。
「仮にも私は妹なワケで!私が嫌いなタイプと兄が付き合うのは嫌なワケ!」
急に何を言い出すんだ、今度は何に影響されたのやら。
「なので、お兄ちゃんが付き合うべき女性を私が決めます」
と言ってスイスイとタブレットを操作し始めた。勝手にも程がある。
「私のイチ推しは~…ゆきぽん!多分この子は純粋で良い子だよ!」
……。
「お前は見る目がないからしばらく恋愛すんなよ」
「はぁ!?」
◇◆◇◆◇◆
───いちごプロ・事務所
「ママとお兄ちゃんは収録で忙しい、パパも劇団に行ってる。片や私は……」
今日も今日とてアイドルユニット会議という名の駄弁り会。私がソファで本を読みながら寛いでいると、おもむろにルビーが相談してきた。
「先輩、仕事無いの慣れてるでしょ?普段何して過ごしてたの?」
「顎にジャブ入れて脳揺らすぞコラ」
相変わらず失礼な後輩ね。この子、アイドルである以前に学生の身だってこと忘れてるんじゃないでしょうね。
「暇なら勉強してなさいよ。アイドルなんて売れても食えない上に旬の短い仕事なんだから、良い大学入る為に何かした方が人生にとってプラスよ」
「身も蓋もない……。なんか今出来る事は無いのかな?」
「新人アイドルの仕事ってライブハウスで歌って踊って、たまにメディアの仕事受けたりとかでしょ。持ち曲も無ければユニット名もまだ未定、今の私達に何が出来るってのよ」
「ユニット名まだなのは先輩がゴネるからじゃん!」
だって名前付けたらもうマジでしょ…私はまだアイドルを名乗る踏ん切りも付いてないし、実績の無い自称アイドルなんて他人になんて説明したら良いのやら…
「実績があれば良いのかしら?」
カメラを用意しながら副社長がそう言ってきた。
「今のアイドルカルチャーの中心はネットよ。草の根するにもここが一番コスパが良いし、貴女達はまずネットで名を売る所から始めましょう」
YouTuberだ!とルビーが興奮してる。しかし副社長はネットを甘く見過ぎていないだろうか。ルビーみたいな顔だけの女を晒してもいいとこ登録者数千、私のファン入れても1万程度が関の山だろう。さらに、そこからリアルイベントに動員出来るのはその内の数%とかなのだから結構厳しい。
「素人が仕掛けたらそうでしょうけど、これでもいちごプロはTikTokerやYouTuberを多く抱えるネットに強い事務所でもあるのよ、ノウハウはあるわ。あ、ちなみにアイは例外ね。
丁度さっき協力してくれる人捕まえた所だから、彼に色々教わると良いわ」
じゃ、あとはお願いと副社長が言い終わると、「オマカセ!」という高い声と同時にドアが開く。
入ってきたのは、変なお面を被ったブーメランパンツ1丁のムキムキ男。
へ……
「変質者だーー!!」
「あ!ぴえヨンだ!!」
えっ、誰!?どう見てもただの変質者じゃないの!
「小中学生に大人気!!覆面筋トレ系YouTuberのぴえヨンをご存じない!?ママに次ぐウチの稼ぎ頭だよ!」
覆面筋トレ系ってジャンルがまず初耳!
私は基本的にYouTubeをあんまり見ないから疎いのだが、こんな感じのが子供には人気なのね…。
「ピヨ」
え、何?鳴き声…?
「世の中ってやっぱり何かイビツよね……」
「ぴえヨンになんて口を……。ぴえヨンさん、ビシっと言ってやってください!」
「所詮、ネットってインパクト勝負って言うか……テレビの企画を流用したキャラビジネスって言うか……」
「ボク年収1億ダヨ」
舐めたクチ利いてスンマセンでした……
─────────。
「イイカイ?登録者を稼ぐにはいくつかのテクニックがあるヨ!ナンだと思う?」
登録者を稼ぐ…よく聞くのは毎日投稿だったり元々別分野で稼いだ分の知名度といったものだろうか。
「デモ君達には毎日投稿する根気も知名度も無いヨネ?」
ふざけた見た目してるのに言う事キッツいわねこのムキムキヒヨコは。ルビーも横で「辛辣ぅ~」と言っている。
「ところが手っ取り早く登録者を増やす裏テクがあるんだ!」
そうそう、そういうのを待ってたのよ!やっぱりあるのね裏技的なものが。さすがは副社長推薦の先生ね!
ルビーと一緒に早く教えてとせがむ。
「ソレはね~」
─────────。
気が付けば私とルビーは、あのふざけたお面(目が死んでるver.)を被せられていた。
『ピヨピヨピヨ~!ぴえヨンチャンネルぅうぅ!!』
『ハイ今回はネ!しがらみ案件デス!』テレレレッテレー
『ウチの事務所でアイドルユニット?なんかそういうのヤルらしくて、お前のチャンネルで使えと!』
『最初断ろうと思ったんだケドね!』メラメラ
[仕事に妥協を許さないYouTuberの鑑]
『マァ副社長が言うからさ……』チーン
[権力に弱いぴえヨン]
『というワケで今回の企画!
ぴえヨンブートダンス、1時間ついてこれたら素顔出してヨシ!!』
(きっつ!!)
筋トレ系YouTuber名乗るだけあってしっかりキツい!!このふざけたお面付けて踊れって、殺す気か!
酸欠!!酸素の事ちょっと考えて!!
元々は有名YouTuberとコラボするのが一番手っ取り早いと言われたのでぴえヨンさんのチャンネルに出演する事になった。
企画の段階で寝起きドッキリが案として上がったが、それの真相を知ったルビーが言った。
『私達の初めての仕事だよ』
『嘘は、いやだ』
それでこれかよ!極端すぎる!!
私は走り込みとかしてるから耐えられるけど、ズブの素人のこの子には……
「ははは!」
そう思っていると、隣のルビーは楽しそうな笑い声を出していた。
「きっつ!!きっつ死んじゃう!!あはははは!」
(……っ!)
─────────。
結局あれからきっかり1時間、私達は地獄のブートダンスを踊りきった。当然の如くへばって床に倒れ、もう体がまともに動かせない…。
「はいお見事!着ぐるみ取って自己紹介どうぞ!」
「ハァ…いちごぷろしょぞく……ハァ…ハァ……ほしのるびー……ハァ…自称アイドルです……」ハァ…ハァ…
「はいそっちも!」
「……」ハァ…ハァ…
ああもう!こうなりゃヤケよ!!
「有馬かな!自称アイドルですこんにちは!!」
ぴえヨンさんは「名前は聞き覚えある!」と言った。聞き覚えだけかよ!
精一杯の悪態をつきながら、酸欠で目を回してしまったルビーの介抱をしてやる。
「いや凄い凄い。ホントは編集して1時間やった事にしようと思ってたんだけど、マジでガチったね」
いや実際踊り切るつもりなんて無かったんだけど、この子があんなに頑張ってたら、ね。
「視聴者には伝わらん事だけどさ、やっぱ現場の人間は見てるワケで。
僕は君ら好きよ?」
「……」
悔しいけど、やっぱり誰かから認められるのは嬉しい。ホントに悔しいけど。
「あっ、大事な事聞き忘れてた。2人のユニット名とかあるの?」
「「あー…」」
そういえばそうだった。私もすっかり忘れてたわ。
「もうルビーが好きに決めていいわよ」
「いいの?えっと、じゃあ私達の名前は……
『B小町』!」
えっ、それ大丈夫なの?
◇◆◇◆◇◆
『私……もう『今ガチ』辞めたい』
『『『『ええっ!?』』』』
『こんな途中で!?』
『なんでそんな事言うんだよ!』
『最近ね、学校の男子とかがからかってくるんだ。お前こういう男が好きなんだーとか。
自分の『好き』って気持ちを皆に見せるって、こんなに怖い事ないよ。
始めるまで全然分かってなかった。大勢の人に注目されるって良い事ばかりじゃない……』
『メムも自分のチャンネルでバカやってるからぁ……分かる…。皆私の事バカだと思って……まぁ実際バカなんだけどぉ』
『ほ……本当に辞めちゃうの?』
『俺がいつでも話聞くからさ!ゆきが辞めるなら俺も辞めるからな!』
『ノブくん……』
『そんな事言わないで続けようぜ!』
『……私は──』
[次回予告 ゆきは本当に番組を降板してしまうのか──]
[そして衝撃の展開があの2人に…]
─────────。
「見て見て!記事になってる!私ちょっとは視聴者獲得に貢献出来たかな?」
そーだな。
「で……番組辞めるの?」
黒川がそう尋ねると、鷲見はケロッとしながら契約が残ってるから辞めれないでしょと言った。
「ちょっと自分の気持ちを膨らませて話してるだけ。学校でイジられて悲しかったのはホントだし、辞めたいって思った事もホント」
だって朝イチでやるから眠くて…と言いながら鷲見はあくびをしている。
しばらく番組を一緒にして打ち解けてくると、各々のキャラクターが見えてきた。
上手い奴。
表裏無いけど味がある奴。
番組映えが悪くて出番が少ない奴。
「アっくん、あがったら飯行こうぜ!」
「いや、俺はいい。家に飯あるし」
「えー行こうよ!」
「メっさんが焼き肉奢ってくれるって」
メムは初耳だって顔で「言ってないよぉ!?」と驚いている。
焼き肉……前世のアラサーの体ならいざ知らず、今の10代の若い体には魅力的な提案だった。
「知ってるよ、最近登録者数増えてウハウハなんでしょ?事務所の取り分 5 : 5 なんでしょ?」
「まじですか!うち 8 : 2 ……羨ましいなぁ…」
「…………………………」
───焼肉屋
「おらぁ特上盛り合わせ追加じゃーーい!!思う存分食えやガキ共ぉ!!」
「「「わぁい!!」」」
結局、焼き肉の魅力に抗えずに同行した。父さん達には外で食ってくるとだけ連絡を入れたが、帰ったらルビーが文句言いそうだな。
「アクアさん、カイノミ焼けましたよ」
「自分の分は自分で焼くから気にするなよ。黒川さん、さっきから全然食ってないだろ」
「いえっ!自分精進の身なので!」
曰く、こういう場では絶対トングを手放さないと決めているんだとか。分かってはいたが、超が付く程真面目な人だな。
「だからねー?今求められてるモノってのは、より過激なモノってワケさ。どこまでリスクを取れるかで、選択肢が変わってくるっていうかぁ……」
そんな会話が聞こえてきて、黒川はメモを取り始めた。片手にトングを握り締めたままで。
マジでトング放さねぇのな。
───同日夜・星野家
「はー……焼き肉とは豪勢ですね。可愛い子達を眺めながら食う肉はさぞ美味しかったんでしょうねぇ」
案の定だ。呆れたような羨むような表情をしたルビーが、帰ってきたばかりの俺に詰め寄る。
「いや、ただの付き合いだし」テカテカ
「嘘だ!顔から堪能感が溢れ出てるもん!」
「……出てねぇよ?」フイッ
「目を見て話せぇ!!」
若い体は脂っこいの無限に食っても胃が全然もたれねえ。最高すぎる。
「まぁまぁルビー、落ち着いて。この業界だと付き合いっていうのは凄く大事なんだよ?」
「分かってるけど、お兄ちゃん1人だけ焼き肉はズルくない!?」
「あー私も最近食べてないなぁ。ヒカル、今度ウチで焼き肉しない?」
「それはいいけど、臭い消し結構大変だから手伝ってね?」
はーい、と元気良く母さんが焼き肉の約束を取り付ける。臭い消しも飛散した油の掃除も大変なんだよな、アレ。
「それに番組って放課後に集まるってコンセプトでしょ?いつも収録土日じゃん。やらせだやらせ!」
「別にその位いいだろ…」
むしろこの番組は俺達の学業を優先させてくれてるだけ優良だろう。番組を通じて思った事だが、想像していたより恋リアにやらせは無い。一部の人間はあからさまにやってるけど、大抵の奴は極力自分を良く見せようとする程度。そんなのはリアルでも皆やってる事だ。
「恋愛リアリティショーは今まで見た事無かったから不勉強でさ。色々偏見から入ったワケなんだけどリアルを売りにするだけはある、想像していたよりやらせが少ない。そして思ったよりも各々の人間性をそのまま映す構成になってる」
……。
「どうしたのアクア?何か考え事?」
「やらせが少ないのは良い事じゃないの?お兄ちゃん」
「観てる側からしたらそうだろうけど…。
嘘は、身を守る最大の手段でもあるからさ」
まぁ、杞憂だろうけど。
「……」
──この後、鷲見ゆきと熊野ノブユキのカップリングが番組の中心になってゆく。
そこに嫉妬心を見せるケンゴ。ゆきを巡る三角関係が成立。ゆきというゲームメーカーが機能して持ち前の小悪魔っぷりが番組を盛り上げ、中高生を中心に人気を獲得していった。
「アクたんはいいのぉ?ゆき争奪戦に参加しなくって。売れたいなら私よりあっちに絡むのが正解だと思うよぉ」
「俺はいい、番組が終わるまで安全圏でやり過ごす」
野心がないなぁとメムが溢す。元々俺には自己顕示欲がないからな、そういう役割はあいつらに任せるさ。
「そっちはどうなんだ?いっちょ噛みしに行かないのか?」
「私はこのままおバカ系癒し枠キープ出来ればそれでいいかなぁ、自分のチャンネルにお客の導線引くのが目的だし。アクたんがマジでアプローチしてくるなら話は別だけど?」
あまり期待はするなとだけ言い、会話を切る。メムも同じ事を考えているようだが、俺達より心配なのは……。